- 2017年07月01日 15:06
百田尚樹、香山リカと相次ぐ講演会中止事件の波紋
1/2 6月10日に予定されていた一橋大での百田尚樹さんの講演会が中止になった騒動については、私が一橋大の卒業生だということもあって関心を持って調べており、21日に行われた同大の学内集会にも参加した。そしてその帰路、27日に予定されていた香山リカさんの講演会が中止になったとのニュースに接した。
ふたつの中止事件が関連していることは明らかだ。しかも、これを放置しておくと深刻な事態に陥りかねないことを予感させる。ここできちんと社会的議論を起こさないと言論をめぐる危ない状況が一気に広がる恐れがあると思う。
私が編集している月刊『創』は、差別表現やコミック規制問題など「言論と規制」をめぐる事件をたびたび取り上げてきただけでなく、例えば映画『靖国』『ザ・コーヴ』などの上映中止事件をめぐって公開討論や自主上映を行うなど、積極的にコミットもしてきた。
その中で感じるのは、この10年ほど、講演会や集会に会場を提供している自治体や大学が、めんどうになることを恐れて少し脅迫を受けただけで集会を中止してしまうという萎縮状況がどんどん拡大していることだ。
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6月21日、一橋大のキャンパスに入って目についたのは「一橋大学教職員・学生にたいするウェブ/SNS上のヘイト発言に抗議する」という同大の教職員組合のタテ看だった。百田尚樹さんの講演会中止が6月2日に発表され、東京新聞、産経新聞、毎日新聞などが報じて大きな社会問題となり、さらに百田さん自身が産経デジタルや『週刊新潮』で中止に抗議する手記を発表。騒動は大きく拡大した。
それを経て、今何が起きているかというと、百田さんが「実行委メンバーをノイローゼに追い込んだ『言論弾圧団体』」(週刊新潮6月22日号)と名指しした人権団体メンバーなどへの激しい攻撃が続いているのだ。
騒動の詳しい経緯については『創』次号8月号に書く予定だが、問題なのは、その百田さんの手記にいろいろな誤解や事実誤認があり、それを受けた人たちが、名指しされた団体「反レイシズム情報センター」(ARIC)の代表である同大大学院生などを一斉に攻撃していることだ。どうして誤解が生じたかというと、講演会の主催者だったKODAIRA祭実行員会と百田さんのやりとりには間にイベント会社が入っており、講演中止に至った説明の細部が必ずしも正確に伝えられていないようなのだ。
例えば、講演会に反対していたのは一橋大の学生、院生、教員など様々なメンバーで、幾つかのグループがあった。そして、そのなかで明確に講演会中止を要求に掲げていたのは、ARICとは別のグループだった。百田さんの手記を読むとARICだけが標的にされているのだが、なぜそうなったかというと、同団体が反レイシズムを掲げ、代表が、ネトウヨの標的である「在日」の人だったからだろう。つまり敵として「わかりやすかった」のだ。
講演会に反対する一橋大学生・院生などと実行委員会が一堂に会して話し合いを行ったのは5月12日だが、百田さんが手記の中で実行委員会に「脅し」がかけられたと書いているのもこの時の話だろう。ARICが「われわれと別の団体の男が講演会で暴れるかもしれないと言っている。負傷者が出たらどうするんだ?」とヤクザまがいの恫喝をかけたとされているのだが、それに続けて百田さんはこう書いている。
《これは直接的ではないにしろ、ほとんど恐喝です。やくざ映画などで親分が「わしは何もしないけど、うちの若い者の中には血の気の多い奴もいるのでな」というセリフに似ています。》
百田さんは、ARICメンバーが、身内の関係者が暴れたらどうするんだ、と語ったといって紹介しているのだが、実際には話し合いの中で「暴れるかもしれない」男として想定されていたのは、百田さんのシンパとして講演会に来るかもしれないネトウヨの人たちのことだったらしい。つまり一橋大関係者にとっては、講演会にネトウヨがやってきて、それに反対する人たちとの間で負傷者が出るような混乱になることを恐れていたというのが実情のようだ。そのために警備態勢をどうするかが大きな問題になったことが、中止の大きな理由だった。百田さんの説明では、実行員会に外部から「サヨク」や「在日」が脅しをかけて講演会を中止させたという構図になっているのだが、それもそう単純な話ではない。
細かい経緯の説明を省いて単純化して言うと、私はこの一橋大騒動でKODAIRA祭実行員会は「二度にわたって虎の尾を踏んでしまった」と思っている。最初は、百田さんを招いて大学公認の講演会を同大学の象徴である兼松行動で行うという企画を立ちあげてしまったこと。どう考えても反発の声が学内から起こるのは必至なのに、それを明らかに過小評価していた。例えば昨年、早稲田大学のサークル「人物研究会」が早稲田祭に在特会の元会長・桜井誠さんを招いてシンポジウムを企画し、結局猛反発にあって登壇中止になった事件があった(都知事選についてのシンポジウムで、櫻井さんは当日になって登壇を断られたが、他の元候補によってイベント自体は実施)。そうしたこれまでのいろいろな経緯を十分に知っていれば、今回も起こるであろう反発を過小評価せずにすんだのではないかと思う。
講演会に対する予想を超える反発に驚いて困惑し、もう一度虎の尾を踏んだというのは、彼らが悩んだ末に講演会中止という決定を行ったことだ。そのことによって起こる逆のリアクションも、過去のいろいろな経緯を知っているなら十分予測しえたと思う。
百田さんが書いているように、実行委員会メンバーに「ノイローゼ状態になった者や、泣き出す女子学生までいたようです」というのは事実らしい。もともと実行委員会は大学1~2年生で構成されており、今までそんな状況に至った経験はなかったのだろう。
例えば差別表現をめぐる過去の「糾弾」の事例や、言論表現の自由とそれに対する抗議との社会的折り合いをどうつけるかというのは、前述したように、もう何十年も前から議論されてきた深刻で大きなテーマだ。そういう経緯を踏まえて言えば、講演会そのものを中止するというのは、できるだけ避けるべき選択だったと思う。ただ実行委員会の学生たちが追いつめられたこともわかるし、ヘイトスピーチについては言論表現の自由とは切り離して考えるべきだという社会的ルールが日本で成立したという事情もあって、今回の騒動をどう見るかというのは、簡単ではない。



