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「修行3年を研修3カ月に」すし大学の挑戦

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■「修行3年」を「研修3カ月」に

【丹羽】自走式に至るまでには課題はありましたか?

【中野里】はじめはやはり温度差がありました。店長たちと、その下にいる主任や一般社員との間、あるいはアルバイト・パートさんとの間の温度差ですね。これは今でも、温度差があって当たり前なのか、それともそこも底上げが必要なのかは悩んでいるところです。店長と全く同じレベルは難しいのはもちろんなのですが、情報共有をどのように図るか、など――全員を巻き込むとなると人数が多くなりますからね……。

とはいえ、まずは、この玉寿司大学を通じて、体系だった教育をしっかりと行っていきたいとは思っています。従来現場で3年かかっていた修行を、3カ月の研修でものにできるようにするということですね。そのために、例えば、職人の包丁さばきを映像に撮り、新人と何が違うのかを科学的に比較するといったことにも取り組んで行きます。

【丹羽】なるほど。対象はあくまで新入社員なのでしょうか?

【中野里】まずは新入社員ですが、その後は中途採用の方や、いま働いている職人さんにもその範囲は広げていきたいと思います。調理技術だけでなく、玉寿司の歴史・理念や接客のあり方なども学べる場にしていきたいなと。大学を通じて、そういった取り組みを継続していくことで、先ほどの温度差も小さくなっていくのではないか・自走する組織に近づいていくはずだという狙いがあります。ただ、いずれにしても組織全体に大学の効果が行き渡るのはおそらく10年くらいかかるでしょうし、そのつもりで私も腰を据えて取り組むつもりです。

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経営理念

実は玉寿司では、取引のあるビール会社さんにも協力してもらって各店舗に覆面調査も行っています。その活動を通じて、玉寿司としての品質が各店舗で確保されている面もあるのですが、さらなる技術と品質の向上を目指すために、この大学を生かしたいなとも考えています。現場としても、3カ月で理論的に裏付けされた技術が磨かれた新人を迎え入れるわけですから、先輩としてもちゃんと勉強しておかないと逆転されちゃうよ、なんて話していたりもしますね(笑)

【丹羽】なるほど(笑)。それにしてもミステリーショッパー(覆面調査員)を、ビール会社からというのはうまい方法ですね。

【中野里】相談してみたところ、快く協力してくれまして。もう3年になりますね。

■会社と築地の「物語」を伝え、共有する

【丹羽】先ほど理念の共有というお話もありましたが、玉寿司大学以外にもユニークな取り組みをされているとか。

【中野里】はい。実は2月に「こと~築地寿司物語~」という舞台公演をやりました。私の祖母――戦後の混乱のなか寿司職人として玉寿司の2代目を担った女性ですが、彼女の生涯を描いたものです。豪華なキャストやスタッフ(編注:主演は鳳恵弥さん。他に佐伯日菜子さん、元AKB48で現NMB48メンバーの市川美織さんなどが出演。音楽はTM NETWORKの木根尚登さんが担当)にも恵まれ、おかげさまで1600人以上の方にお越しいただきました。

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(左上、左下)2017年2月に築地ブディストホールで上演された、舞台「こと」。中野里社長の祖母、ことさんを描いた内容で、キャスト、音楽など豪華メンバーが参加した。(右)「こと」のパンフレット

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舞台「こと」の原作となった『築地玉寿司90年―暖簾4代の物語』(時事通信社)。中野里社長はこの本にサインを頼まれると、必ず「一貫」と書くという。すしを数える「一貫」と「一貫した姿勢」の意味だ。

【丹羽】これはすごいですね。

【中野里】玉寿司の歴史を……というよりも、今いろいろと揺れている築地の原点を、命がけで築きあげた人々を描きたかったということもあります。実際、当時の店は空襲で焼け、祖父は戦死したところからの再出発でしたので。彼女は子どもたちの足かせになることをさけるため、国からの支援も受けずにわずかな私財をなげうってゼロから事業を再建しました。そのいきさつを知っているので、僕もリーマンショック後の時代を同じように、M&Aなどに頼ることなく、のれんと社員を守りながら乗り越えることができたのだと思っています。

【丹羽】源流、物語を共有されることは大切ですね。著名な心理学者である河合隼雄氏も「神話」の重要性を指摘しています。

【中野里】そうですね。ただ社史を年表で見るとか、講演で聴かされるというよりも、共感してもらいやすいと思います。もともと時事通信社から出していただいていた祖母の伝記を元にしたものなのですが、舞台プロデューサー、演出の方からも大いに共感していただいて舞台化が進みました。

■社員の高齢化にどう対応するか

【丹羽】そういった価値観が共有されているからこその、極めて低い離職率なのですね。

【中野里】そうですね。玉寿司よりも高い報酬を提示されて、いったんはよそに移った職人さんも、「やっぱり玉寿司の方が良かった」と戻ってこられる方も結構おられますね。

一方で、長く働いていただけるということは、どうしても高齢化が進むということでもあります。玉寿司でも、定年を迎える社員が増えてきており、退職金の比率も高まっていますね。また、現在勤務している社員の中でも、体調を崩す人も増えていますし、当然生産性も落ちてきます。これは日本全般に言えることですが、人手不足・財政負担ともなりますね。

【丹羽】具体的に何か対策を打たれていますか?

【中野里】毎日今までのようには働けない。けれども自分の技術を生かして、寿司を握り続けたい、という人には雇用契約を変え、週3回の勤務でお願いしているケースもあります。もちろん、ファンがついている方など、われわれとしてはその方の能力を見極めてから、ということにはなりますが。

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【丹羽】人材の育成にも力を入れておられるわけですが、そこに加わる人材の確保については、何か工夫されていることはありますか?

【中野里】寿司職人の求人といえばスポーツ新聞に3行広告を出すといった形が一般的だったのですが、私はそれを全て止めました。インターネットなど、カラー写真を交え、職場の雰囲気がよく伝わる形の広告に切り替えたのです。結果として採用率が40倍になったこともありました。飲食業界全般に人手不足が叫ばれていますが、玉寿司は実はほとんど困っていないのです。今回作った玉寿司大学も、新卒採用にはプラスに作用すると思いますし、技術コンクールの存在は、腕を磨きたい職人にもアピールできているはずです。

■高校生の採用のため、マンガ冊子を制作

新人の職人の採用にあたっては、全国およそ80の水産高校に「マンガ」を配布しています。寿司職人になりたいという学生さんは、ちょっと面白い、変わった方も多いのですが、彼らを確実に一本釣りしていきたいという思いからです。「江戸前寿司の職人がいる寿司屋は100年たっても生き残る」。そうした考えを先代から受け継ぎました。職人がやりがいを持って働ける環境作りはこれからも一貫して押し進めていきたいですね。

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(左)水産高校の学生たちに配っているパンフレット(右)パンフレットはマンガ仕立てで築地玉寿司について分かりやすく紹介されている

【丹羽】離職率の低さのみならず、人材不足にも悩まされていないというのは、同業の方のみならず、一般企業の方からも学ぶべき点が多くあると思いました。本日はお忙しい中、ありがとうございました。

■最後に

エグゼクティブコーチングを切り口に、さまざまな業種・企業の取り組みを見てきた本連載。「相談に訪れた時点で、問題の多くは解決している」という言い方もできる。たとえ悩みがあっても、それをこのような公開の場に赤裸々に提供し、解決・示唆を得る過程を公開しよう、という決断がある時点で、その経営者の姿勢は非常に前向きで、問題の解決に一歩を踏み出していると言えるからだ。

エグゼクティブコーチングはその歩みに並走し、当事者では気付かない道筋を示す存在だということも、連載を通じて読者にも体験いただけたのではないかと思う。エグゼクティブコーチングのセッションを誌上で再現してきた本連載は、今回でいったん最終回を迎える。改めて取材に協力いただいた経営者の皆さんに感謝し、連載を締めくくりたい。

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エグゼクティブコーチ 丹羽真理(Ideal Leaders株式会社 CHO)
国際基督教大学卒業、英国サセックス大学大学院修了後、野村総合研究所に入社。エグゼクティブコーチングと戦略コンサルティングを融合した新規事業IDELEAに参画。2015年4月、人と社会を大切にする会社を増やすために、コンサルティング会社、Ideal Leaders株式会社を設立し、CHO (Chief Happiness Officer) に就任。上場企業の役員・ビジネスリーダーをクライアントとしたエグゼクティブコーチングの実績多数。社員のハピネス向上をミッションとするリーダー「CHO」を日本で広めることを目標としている。

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(Ideal Leaders CHO 丹羽 真理、玉寿司 代表取締役社長 中野里 陽平 構成=まつもとあつし)

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