- 2017年06月27日 14:07
時間と空間を超える生殖が日常となる現代——日本で求められる法整備とは? / 『生殖医療の衝撃』著者、石原理氏インタビュー
2/2精子バンクの同一提供者から生まれた子どもが150人
――精子バンク・卵子バンクは、インターネット上で登録された提供者のプロフィールを見て、出身国や目の色などを自由に選んで購入できるというものですが、このような「商業化」については批判もあるかと思います。
将来ヒトになるべき細胞である精子や卵子が商取引として扱われることに対して抵抗を持つのは自然な反応だとは思います。しかし、それはどこまでいっても「抵抗感」「不快感」として話さざるをえないものです。運動率の高い精子が少ない人には精子を補充する。ないものを代わりのもので補完するということは、当然の選択であるはずです。
養子をとるのはいいけれど、卵子・精子を買うのはいけないのか。それならば対価を払わず、すべてボランティアで行えばいいのか。特に卵子を採取することは、精子を取ることほど簡単ではありません。毎日注射を打って、麻酔を打って針を刺して採取するわけですから、そうした身体的・時間的負担に対する対価は、むしろ払う方が倫理的には望ましいのではないか、という意見の方が多いです。
ただ、それは金額の程度問題に収斂するものかどうかといった課題があります。例えば極端な話、米国の仕組みでは提供者の学歴や人種などによって卵子の値段が異なり、有名なモデルさんの卵子は何百〜何千万で取引されるという報道もありました。値段がどのように決められ、いくら対価が払われるべきなのか、海外ではさまざまな試みが行われています。
やはり完全無償で行うとなると機能しないのです。イギリスの国営精子バンクもついこの間、閉鎖になりました。その中で、唯一成功しているのはデンマークの精子バンクです。デンマークの取り組みがすごいのは、同じ提供者をずっとキープしていることにあります。HIVなど精子を介して感染するウイルスや重大な遺伝子疾患のリスクがないか定期的に検査を行い、変化がなければその精子を使うという「製品管理」がきちんとされています。精子・卵子の取引がアンダーグラウンドに潜ってしまうよりは、しっかりお金をかけて安全性が管理されているべきだと思います。
――本の中で驚いたのは、精子バンクに登録されている一人のドナーから生まれた子どもの数が、150人にも及んでいる事例があるということです。ある女性が、自分と同じ精子提供者から生まれた子どもが他にもいないかとインターネットで調べたところ、これだけ集まったという話ですが……。
精子バンクのホームページには、それぞれのドナーの精子運動率が記載されています。やはり運動率が高い精子は求める人も多いので、そうなってしまうんですね。そのため、提供される人数を制限している国も多く、日本産科婦人科学会も「同じ精子提供者から生まれた子どもは10人まで」と見解を述べています。とは言え、これだけ世界中あちこちに送られていると、生まれた子どもが全部で何人になっているのか追跡していくのも難しいですね。
この話で忘れてはいけないのは、精子提供者を特定できる子どもたちの母親は、ほとんどシングルかレズビアンカップルだということです。男女のカップル間で子どもができず第三者から精子をもらう人は、多くの場合子どもにその事実を教えません。そのため近年では、子どもが自らの出自を知ることを求める動きが強まり、精子提供を非匿名化する動きが各国で広がりつつあります。イギリス、スウェーデンなどでは非匿名にすることを法律で定めました。オーストラリアに至っては、過去に匿名で提供した人もその名前を公表するように義務付けています。
そんな中、デンマークの仕組みはユニークで、提供者も被提供者も、匿名と非匿名が選べるようになっているんです。身を守るためにどういう法律が適切なのかという考え方のもとに、匿名か非匿名かどちらかに決めるのではなく「両方あり」とする道があるんだなと感心しました。
出自を知ることについて、日本では「誰が親なのか」という議論になりがちです。やはり冒頭で述べたように法的な親子関係を確定する仕組みがあれば、一定の枠組みの中できちんと議論することが可能になるはずです。
遺伝子レベルの生殖医療
――本書の中で石原さんは「21世紀の生殖医療は遺伝子領域に踏み込みつつある」とおっしゃっていましたが、たとえばどのような医療があるのでしょうか。
分かりやすいのは、着床前診断と着床前スクリーニングです。着床前診断について、日本では障害者団体が非常に大きく反対をしたため導入が遅れたのですが、その結果、慎重に審議が行われていることはとても良いことだと思っています。長期にわたる検討により、どのような疾患に対して着床前診断を行うことが合理的なのかという問題は、現時点でほぼ解決しました。適用となる疾患はほとんどが流産の原因となる染色体構造異常や、明らかに重篤な病態に限られています。中には「デザイナーズベビーにつながる」という批判もありますが、疾患とは関係のない、知能や身体的特徴などについては当然、対象外となることは言うまでもありません。むしろ実際に遺伝性疾患や習慣流産のような深刻なケースが起きている中で、このような場合において着床前診断を行うことは許容すべきです。
ただ、しばしば混合されがちなのは着床前スクリーニングというもので、こちらについてはまだ有効かどうかという結論が出ていません。着床前スクリーニングは染色体数に問題がないことを確認できた胚のみを移植するという手法で、要するに妊娠率を上げるための検査なんです。流産は減りますが、これだけで必ず妊娠するわけでは決してありません。その事実を医療者は患者さんにきちんと伝え、現時点の技術でどれだけのことが分かるのか、その都度分かりやすく説明していくべきです。
――遺伝子解析の爆発的な技術的進歩により、短時間かつ低コストでのゲノム解析が可能となりつつある中で、生殖医療と遺伝子解析を巡る倫理的問題については今後も議論が続いていくと思います。
実は着床前診断も着床前スクリーニングも、今や方法論としては全ゲノム解析に限りなく近づいています。なぜなら、特定のゲノム配列のみを調べるより、一気に全部を調べる方が必然的に安上がりだからです。将来的には、誰もが簡単に自分の全ゲノム解析情報を知れるようになるかもしれません。
しかし重要なのは、遺伝子解析をすればすべてが分かるわけではないということです。確かに、昨今の技術的進歩により特定の疾患の原因遺伝子が同定されましたが、発見されたのはほんの一部にすぎません。「遺伝子を解読すればその人の知能やあらゆる発病リスクが分かる」という思い込みのもと、根拠に乏しい不安感や忌避感を抱いている方が多いのですが、残念ながら科学はそれほど進歩していないのです。
ただ、今や遺伝子解析は私たちにとって非常に重要で不可避な技術であることは間違いありません。あらゆる遺伝性疾患を理解する上で、遺伝子解析をすることによる利益はものすごく大きいです。あまり知られていませんが、すでにガンなどの治療などにおいて遺伝子解析はさんざん行われています。このことをきちんと知っておく必要があります。
日本で遺伝子というとすぐ、遺伝性の病気の話になるわけですが、そもそも感染症以外はある意味でみんな遺伝性の病気です。遺伝子上に潜在的に持っている病気が発病しているだけなので、それで区別をするという考え方自体が、およそ顔や形で差別しているのと同じレベルの話になってしまいます。
時間の問題で、いずれは糖尿病や高血圧、リウマチ、膠原病関係などのありふれた病気においても、遺伝子解析ぬきに治療方針を決定することはできなくなると予測されます。その中で、遺伝子解析にどのような応用が可能なのか、利益と不利益はどちらが大きいのか、冷静に考えていかなくてはいけません。
(取材日:2016年12月26日)
画像を見る石原理(いしはら・おさむ)
生殖医療
1954年東京生まれ。群馬大学医学部卒業。東京大学医学部産婦人科、英国ロンドン大学ハマースミス病院などを経て、埼玉医科大学医学部産科・婦人科教授。学生・医師の教育と生殖医療、生殖医学研究に携わりながら、医療・家族・性のあり方について研究とフィールドワークを行う。また、生殖補助医療監視国際委員会(ICMART)のメンバーとして、生殖医療に関連する国際統計の収集・分析・定期報告に従事している。著書に『生殖革命』(ちくま新書)、『生殖医療と家族のかたち』(平凡社新書)、『講義録産科婦人科学』(メジカルビュー社)、『生殖医療の衝撃』(講談社現代新書)などがあるほか、共著書や論文多数。



