- 2017年06月25日 11:15
豊田真由子氏と「超エリート・準エリート」|人の上に立つ「器」
2/2「超エリート」になるための受験勉強が、「器」への弊害となることもある
冒頭に戻って、桜蔭中・高、東大での同級生である田中絵里緒さんが、Facebookで豊田氏を擁護した件。
はじめ、何の情報も入れずにこの文章を読んで、まとまりがないけど「おはなし」としては面白いと思った。
そんな自分にも嫌気がさしていたからこそ、「男の人にモテたい」「いい成績を取ってホメられたい」という二つの願い、そこは絶対譲れないこだわりでした。
頭がいい「だけ」の女性は評価されない。
モテて(こっちが先)、かつ、頭がよくないといけない。
田中さんは、豊田氏が厳しい家庭で育ち、親に背けない鬱屈を、一見奇妙に見えるエピソードの形で晴らしていたと言う。
大人になっても、その鬱屈を自然な形で解消する方法が身につかなかったから、今回の騒動につながったのではないか、と擁護しているように私は思った。
唐突に、東電OL殺人事件をモチーフにした桐野夏生「グロテスク」を思い出した。
厳しすぎる家庭で優等生として育った女性の中には、人生の後半で自分を制御できなくなる人がいる。
「グロテスク」の登場人物も、凡人がうらやむ経歴を持ちながら、売春によって女性としての価値を取り戻そうとした。
田中さんは、受験勉強のために子どもを厳しすぎる環境で育てると、ストレスをおかしな形で晴らすなどの弊害が出るため、よろしくない、と言いたいのだと思う。
「超エリート」になるための受験勉強や選民意識が、むしろ、「器」への弊害となることもあるのだ。
「超エリート」と「準エリート」の違いを見るに、「超エリート」=「最短距離」ではないかと思う。
こうした価値観を持つ親にとって、大学入試に結びつかない、友達との遊びやクラブ活動、試行錯誤や回り道などは、全て「ムダ」に思えるのかもしれない。
だけど、人の上に立つ「器」は、そうした「ムダ」の中でのコミュニケーションや自己コントロールによって、磨かれるのではないか。
実際の人生はムダばかりで、最短距離の理想論では解決できない。
最短距離で走ることを目指した人ほど、「ムダ」に直面したときに、どうしてよいのか分からなくなるのではないか。
蛇足
言いたいことは終わりだが、書いておかないといけないことがある。
田中さんの文章は、あくまで「田中さんの記憶の中での豊田さん」であり、細かい点(たとえば、豊田氏の「ああ、あれでいいなら、あげるよ」との発言)の根拠にするべきではないと思う。
なぜなら、豊田氏はまず秘書への謝罪と、それができる精神状態の回復が先で、(仮に事実でない場合)田中さんに反論できるタイミングは、立場的におそらく無いだろうから。
最後に、豊田氏が行った、秘書への暴言と暴力については、(もし精神を病んでいるなら回復後に)謝罪が必要だと思う。
実際にパワハラを受けた身として、この記事は擁護記事ではなく、パワハラを行う個人の後ろに透けて見える、価値観や教育への問題提起である、と書いておきます。
東大女子を過労死させたり、京大専業主婦をもったいなくさせているのは日本社会
おじさんおばさんという人生の下り坂でも、楽に生きるために
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