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【佐藤優の眼光紙背】第3回:北朝鮮に対して外務省は「瀬戸際外交」の腹を括れ

 現在、日本の対北朝鮮外交が危機的な状況にある。

 10月2〜4日、盧武鉉韓国大統領が北朝鮮を訪問し、3、4の両日、金正日・朝鮮民主主義人民共和国国防委員会委員長(朝鮮労働党総書記)と会談した。外交の世界では、通常、「お願い」のある方が、相手を訪ねていく。この原則から、考えれば、問題の本質がよく見える。盧武鉉大統領の「お願い」とは、韓国政局を流動化させるために金正日の力を借りることである。

 盧武鉉大統領は12月に大統領選挙を控えている。「ハンナラ党」をはじめとする保守系野党の候補と目されている政治家は基礎票をもっている。これに対して、盧武鉉氏は、ポピュリスト政治家であるので、浮動票に頼らなくてはならない。ポピュリズムが効果を発揮するためには、有権者が政治的に流動化しなくてはならない。そこで、何かシンボルを与えて、有権者を自陣営に引きつけるのである。朝鮮半島の統一というのは、韓国人の琴線に触れる重要なシンボルなのである。

 実は、北朝鮮は、その辺の事情を読んで、既に戦略を組み立てている。北朝鮮情報は日本でなかなか入手できないと言われているが、そうでもない。例えば、北朝鮮政府の事実上のホームページとしての役割を果たしているウエブサイト「ネナラ(朝鮮語で『わが国』の意味)」には日本語版もある(http://www.kcckp.net/ja/)。インテリジェンス(情報)の基礎訓練を受けている人ならば、ここで北朝鮮側が発信する情報を分析すれば、北朝鮮の戦略がわかる。北朝鮮は、毎年元旦に三紙共同社説を発表し、国家戦略を内外に提示する。三紙とは、朝鮮労働党機関紙『労働新聞』、朝鮮人民軍機関紙『朝鮮人民軍』、金日成社会主義青年同盟機関紙『青年前衛』を指す。「ネナラ」に掲載された2007年1月1日の三紙共同社説の日本語訳要旨の中に、<いま、「ハンナラ党」をはじめとする反動保守勢力は、外部勢力を後盾にして売国的・反民族的企図と再執権の野望を遂げようと狂奔している。社会の自主化と民主化、祖国統一を願う南朝鮮の各階層の人民は、反保守大連合を実現し、今年の「大統領選挙」を機に売国的な親米反動保守勢力を決定的に埋葬する闘争をいっそう力強く展開すべきである。>という記述がある。平たい言葉にいい換えれば、「12月の大統領選挙で『ハンナラ党』のような保守勢力が勝利することを、北朝鮮は何としても阻止しようと考えている」ということだ。このシナリオに即して、北朝鮮が盧武鉉氏を呼び込んだのだと筆者は見ている。

 しかし、このゲームの影響は韓国・北朝鮮だけにとどまらない。朝鮮戦争は停戦状態にあるが、当時国間で平和協定(条約)が結ばれていないため、国際法的には戦争状態が継続している。これに終止符を打つと言うことで、アメリカと北朝鮮の交渉が本格的に始まろうとしている。アメリカは、イスラエル・イラン戦争が勃発することを避けるために、北朝鮮からイランに核技術が移転しないように保障をとりつけることを第一義的外交課題としているので、北朝鮮との交渉に乗り気だ。この状況で、平和協定が締結されると、現状が固定される。

 日本として、ここで北朝鮮による邦人拉致問題の解決を声高に唱えないと、いまのこの現状が今後の日朝交渉の出発点になる。これは得策でない。6カ国協議、日米、日中、日露のあらゆる外交交渉で、拉致問題の完全解決を提起し、毎回、そのことを大きく記者会見で発表する。外務省は外国主要紙に拉致問題解決は日本国家と日本国民の総意であるという意見広告を出す。このタイミングで、拉致問題を国際的に再認知させないと、今後の日朝交渉で日本は苦境に立たされる。外務省は「瀬戸際外交」の腹を括り、日本の国益に基づいた主張を毅然と行うべきだ。(2007年10月15日脱稿)



プロフィール:
佐藤優(さとう・まさる)…1960年、東京都生まれ。作家・起訴休職外務事務官。日本の政治・外交問題について、講演・著作活動を通じ、幅広く提言を行っている。
著書に「国家の罠」(新潮社)など。


眼光紙背[がんこうしはい]とは:
「眼光紙背に徹する」で、行間にひそむ深い意味までよく理解すること。
本コラムは、livedoor ニュースが選んだ気鋭の寄稿者が、ユーザが生活や仕事の中で直面する様々な課題に対し、「気付き」となるような情報を提供し、世の中に溢れるニュースの行間を読んで行くシリーズ。

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