- 2017年06月22日 10:00
摂食障害 100人100色の『回復』 / 鈴木眞理×信田さよ子×鶴田桃エ×荻上チキ、NHKハートフォーラムシンポジウム
2/2「摂食障害があったから生き延びた」
荻上 まずは鶴田さん、20代の頃に当事者としてNABAに関わって以来、20年以上にわたり代表を務めていらっしゃいますね。本日これまでの話を含めて、摂食障害について改めてどのように感じてらっしゃいますか?
鶴田 NABAは摂食障害の自助グループです。今日のお話と自分の経験から、摂食障害の症状はごく表面的なことで、本質的な問題は自分が自分と仲良くできない自己否定にあるとあらためて感じて、今ここに座っています。
荻上 本人のさまざまなストレスや葛藤、培ってきたものをどう肯定していくのかがとても重要なのですね。
鈴木 精神科医、カウンセラー、看護師、栄養士など、医療機関での包括的なサポートのメリットも重要ですが、摂食障害はさまざまなストレスが溜まって出てくるものです。一見食事や痩せの問題に見えますが、いわば人生障害です。ですから、治療には、医療関係者以外の人の力も重要になってきます。いい人に出会うとか、仕事を見つけたとか、そうしたことが大切です。
荻上 信田さんはどうですか?
信田 回復に重要なのは「言葉」だと思っています。言葉が貧困な人は貧困な回復しかできない……なんていうと場が固まっちゃたりするけど(笑)。
荻上 自らを客観視する上でも、治療者や周囲の人との繋がりを築く上でも、言葉が重要になるんですね。これまでのお話を踏まえ、改めて摂食障害はストレスが深く関わる病気なのだと感じます。
鈴木 私は以前、ストレスと脳内ホルモンの関連性を研究していました。ネズミにいろいろストレスをかけて、食事や行動を観察します。すると、ネズミにも拒食症や過食症の症状が出るんです。飢餓にして、尻尾をピンチのようなもので挟むストレスを与えると、甘くて脂っこいエサを猛烈に食べるようになり、過食になる。
一方、電気ショックをかけると、ストレスで食事量が減ります。それを透明ガラスを通してみていたネズミは心理ストレスを受けて次第に食べなくなるのです。電気ショックを受けているネズミは徐々に慣れて、食事量は回復しますが、心理ストレスがかかったネズミは回復しません。ネズミでも心理ストレスのほうが重いことがわかります。
荻上 信田さんは先ほどジェンダーの話もされていましたが、摂食障害にはストレス以外にもさまざまな要因があるということなのでしょうか?
信田 ストレスというと、社会に流通しているいろんな意味に受け取られてしまう可能性があるので、私はあまりストレスという言葉を使わないのですが、意味することは同じだと思います。摂食障害当事者の生活というのは、本当に大変な状況なことが多い。その中で食べたり吐いたり、痩せる行為が一種の心理的鎮痛効果をもたらす。シンプルに、そういう大変な状況がきっかけとしてあるんじゃないかと思ってます。
荻上 もともとの生きづらさなどですか?
信田 「生きづらさ」という表現もあまり好きではないんです。たとえば親や家族が喧嘩をしてる。その中で生きる子ども時代ってやっぱり本当に苦しいし、それが自然だと思います。それを「生きづらさ」と言っていいのか疑問なんです。そんな中で人間らしく生きようとしたら、たまたま痩せたり食べたりする行為になってしまった。私はそう考えています。ストレスや生きづらさがおかしいんじゃない。その状況の中で苦しくなるのは自然なことで、「ストレスだから摂食障害になった」という、その認識がおかしいのです。
荻上 鶴田さんはどう思われますか?
鶴田 確かにストレスと聞くと、「誰のせい」「何のせい」と意味づけしやすい印象があります。けれど、私たちが意味している「ストレス」はもっと慢性的なものです。よく摂食障害の方や親御さんが「原因は何でしょう?原因がわかれば対処できるんです」といいますが、かつて摂食障害を経験した私の実感は、「あの頃摂食障害があったから生き延びられた」なんです。10代のころに人生行き詰まって摂食障害になった私の場合、その時に過食、拒食にならなかったら生き残れなかったと思います。
摂食障害の人が育った家庭は、外から見たらとてもいい家族だけど、よく話を聞いてみると、すごく価値観が狭くて、「こうあるべき」というのが強かったり、何か問題が起きていてもそれを無視してしまう「否認」の傾向が多いと感じています。私の家もそうでしたが、父は地域の名士で仕事をがんばり、母も明るく楽しい人と周囲からいわれていました。でも、家の中では、父がしつけと言って、母や姉たちに怒鳴り手を上げていました。幼い私の目からは父も母も幸せそうには見えなかった。そういう両親をみながら「女ってこういうものだ」「男ってこういうものだ」と絶望していったと思います。それから、学校でのいじめや、性被害に遭ったことも打ち明けられる状況じゃなかった。そうした恥の感覚や罪悪感を消すために、「周りの期待に応える良い子」をやってきて、その無理が摂食障害という形で「表れてくれた」と思っています。
でも、「親が悪い」と単純に言いたいわけではなく、今振り返ると、父も母も社会から求められるものや「男らしさ」「女らしさ」の価値観に縛られながら懸命だったと思います。さっきの信田先生の話にもあった「ジェンダー」「セクシュアリティー」は摂食障害のキーワードだと思っています。
荻上 そうした狭い視野の社会的価値観が世代ごとに受け継がれ、プレッシャーが慢性化しているのでしょうか。
鶴田 ええ。本人より上の世代からきているものだと思います。
ゆっくり落ち着きどころを見つければいい
荻上 先ほど、摂食障害の治療は長期的なものだという話がありました。その特徴にはどういったものがあるのでしょうか。
鈴木 1~2年の短期間で完治する人もいると思いますが、平均では5年ほどで身体が落ち着いてきて、10年ほどで本人も納得する程度に社会生活が落ち着きます。「回復」「治癒」という言葉もあまり使いません。それぞれの回復の落ち着きどころ、ポイントが違うからです。どのような状態に「ソフトランディング」できるかが重要です。
なぜ10年かかるかというと、先程申し上げた通り、摂食障害はある意味それまでの人生の積み重ねにおける人生障害です。良くなるためには、人生が変わるか、「ストレス」要因が変わるか、本人がそれを受け止めて、症状に頼らず生きていく術を見つけるか、になります。だとしたら、1~2年では難しい。入退院を繰り返しつつ、身体的に落ち着いてくるまでに数年かかります。身体が落ち着いてから、ようやく自分を客観的に見られるようになる。自分が何をしたかったのか、どうしたいのか、将来何をするのか、見極めるためにトータル10年はかかると思っています。
荻上 これまでの人生で形成されてきた価値観がさまざまな困難を生み出し、症状を出してしまった。それを組み替えるのはどうしても時間がかかる。
鈴木 人生でとびっきり幸運なことが起きるか、本人が対抗できるように実力をつけるかですが、人との出会いやプロセスなど、やはり時間が重要になってくると思います。「時間が薬」ですね。
荻上 信田さんはこの治療の長期化の問題についてはどうお考えですか?
信田 依存症の回復見ていると10年20年は珍しくありません。病気が直線的に回復していくと思わないことも重要です。ただ、途中で亡くなる方もいらっしゃいます。10年単位で見ると言いますが10年後どうなるかわかるわけではありません。自信はないですね。
荻上 長い時間をかけて摂食障害を治療しても、30歳、40歳になったときにまた別な問題を抱えて、また何かしらの症状が出てしまうかもしれない不安もありますよね。
信田 ええ。
荻上 鶴田さんも、当事者として摂食障害とは長く付き合ってきたと思いますが、どう感じますか?
鶴田 「時間がかかっちゃう」って言い方をする人が多いのですが、時間をかけて欲しいと思います。「かかっちゃう」って、否定的な言い方ですよね。むしろ時間をしっかり自分に「かける」、かけてあげて欲しい。親御さんや周囲の方が少しでも早く治ってほしいと思うのも理解できます。でも、摂食障害の人って完璧主義の人が多くて、すごく頑張り過ぎちゃう。それで一気に成果がでたりしますが、反動でガクッと落ちて、具合が悪くなったり症状がでたりする。だから、右肩上がりでぐんぐん良くなるというよりも、三歩進んで二歩下がるくらいがちょうどいいというのが実感です。
なので、NABAでは症状だけを取り上げて、無理に止めようとしないことを大切にしています。ただ、低体重の場合など命に関わる状況の時は別で、そこは先生方や病院に頑張ってもらって、守ってもらえたらと思っています。
荻上 家族や支援者、社会全体がそうした状況を理解し、治療への焦りを減らしてゆく必要がありますね。鈴木さんは、症状の緩和についてどのような意味合いを感じてらっしゃいますか。
鈴木 医者は「病気は治すもの」「身体は健康にするもの」と教育されています。だから拒食症の場合で言えば、まず体重や月経を戻さなければいけない。過食症ならおかしな食べ方をやめて身体にかける負担を軽減しなければいけないと思う。これは医者の基本スタンスです。もちろん親御さんもそれを望んでいると思います。
しかし、摂食障害に限って言えば、そこはあまり強調していません。「治癒」、つまり体と月経の回復は大切ですが、それ以上に大事なのは本人の気持ちと社会でどう自分が生きていくのかということです。以前から私は、重要なのは「どこに落ち着くか」だと思って治療にあたっています。
毎週大酒を飲んで酩酊するサラリーマンもいますよね。それに比べれば過食の子が週に数回自宅で飲み吐きしてすっきりしてちゃんと翌日仕事や学校に行っているっていうのは、十分自己管理ができています。拒食症の子も、月経が来なくてもとりあえず普通に生活できますから、そちらの治療はあとでもいい。
もちろん、骨粗しょう症など深刻な後遺症を引き起こすものは早急に治療が必要ですが、一言に「回復」といってもその人にとっての「落ち着きどころ」は幅が広いのです。ですから、どこまでがあなたの受けられるポイントですか、という視点で向き合っています。
荻上 摂食障害の治療は一般的な治療のイメージと違う所にあるんだという認識を共有する必要があるんですね。意外とそうした違いを認識していない医療当事者もいるんですか?
鈴木 多いですね。やはり医学部教育は体を健康に戻すことを非常に重視しています。私自身、摂食障害に関する講義を大学で受けたことはありません。今でも摂食障害に関してきちんと講義をしている大学は半分もないと思います。取り上げてくださる先生もいるかもしれませんが、こういった点まで指導しているとは思えません。そこは摂食障害学会などで広めていきたいですね。
医療機関にかかろうとして門前払いされた方もいるようですし、そうした患者さんが医者の理解がないことを指摘したり、2度と病院に行かないと言ったりするのはもっともだと思います。摂食障害に関する日本の治療環境は成熟していません。どんどん理解が広まればいいと努力していますが、現時点ではいくら私が頑張ってもすぐには変わりません。なので患者さん自身やご家族が病気に対して賢くなって、医者の見解を指摘したり、イニシアティブをとっていったりしてほしいと思っています。
荻上 信田さんはどういったことを目標に患者の方と関わっているのでしょうか?
信田 早く確実に健康を目指す一般的な医療と私たちのようなカウンセリングの現場では、摂食障害の回復のイメージは異なると思います。そうしたことを理解されている医療機関が少ないと聞いて愕然としました。こうした現状を踏まえるとカウンセラーの担う役割がより重要になって来ると思います。ただ、臨床心理の分野でも摂食障害は敬遠されがちなんです。心理療法の効果もないし、よく分からないからと。
鈴木先生のご指摘通り、こうした中では当事者や家族がもっと利口になっていくことが大事だと思います。以前はカウンセラーが医者に患者さんの薬の処方について口を出すと嫌がられたりしましたが、今の30代40代前半の医者はそういうことにも抵抗が少なくて、摂食障害についても何か指摘をすると「あ、教えてくれてありがとう」という方も結構増えています。
医学部教育にも変化が起きていて、当事者主権みたいなものが精神科医療の中でも出てきたようなのでとても期待しています。患者さんは、そういう医者を探すのもひとつの手ですね。
10年は長いと絶望される方もいらっしゃるかもしれませんが、私はその中身を見てほしいと思っています。グループやカウンセリングも結構楽しいんですよ。そうじゃないとカウンセリングにお金なんか払いませんからね。私、さっきからふざけたこと言ってますけど、いつもの癖でサービスしちゃうんですよ、ウケるように(笑)。
カウンセリングって、1時間なら1時間の間に笑える瞬間がないとあまり意味がないんです。ただ困っていることを相談するのではなく、そこで何か得るもの、楽しいことがあって、そうやって過ごしていたら10年経ってた。そんな風でいてほしい。10年かかるっていうと、苦しいのが10年続くように誤解されていて残念です。
鶴田 そもそも摂食障害って、どこからが病気でどこからが治っているのかすごく曖昧です。食べるのが好きで体型もふくよかな子が、自分の体型を好きで何も困ってないと言ったら問題じゃないですし、症状から抜け出すことに関しても、週に1回、むしろきちんと「こんなストレスがあったら食べてやろう吐いてやろう」と目的が明確であれば、それはそれでもう肯定していることにもなる。症状ばかり見ると「瘦せた、食べた、食べない」みたいな話になってしまって、見落とされるものがあると思います。
摂食障害という奇抜な症状だけを見ていると「それを直してあげなくちゃ」という話になるけど、治す人―治される人っていう硬直した関係性を離れてみると、摂食障害の背景にある生きづらさは、現代を生きている多くの女性が共感できることだと思っています。男性もいますけどね。親御さんや援助職の方には、ぜひそういう視点も持っていただきたいと思っています。
必要なのは安心感
荻上 自助グループでは、回復や活動の目的などは調整されているのですか?
鶴田 NABAでは「摂食障害の回復のゴール」みたいなものを設定することはしていません。今日の話でも繰り返し出たことですが、それは本当に人それぞれなんです。ただ、そうはいっても、長くNABAで活動してきて感じるのは、摂食障害の仲間たちは、どうするべきか、どうするべきじゃないか、という「べき」の価値観にとらわれているということです。そこからはなれて、今自分が楽になるために「どうしたいか」、「どうしたくないか」を中心にすること。よく、治療者の方なんかが「客観性を大事にしましょう」って言いますけど、摂食障害の人に必要なのは、客観よりも先ずは主観、自分の今の感覚や感情を素直に大事にしてあげられるようになることだと思っています。そういう土台をしっかり作ったうえで、じゃあ今の自分に何ができるかできないか、選択していけるようになることが成長だと思います。完璧にやろうとするんじゃなく“いいかげんに”まず出来ることをやってみる。それから、やってみてダメだった時、そのことを話せる人や場所が頭に浮ぶことが大切です。
つながる場は必ずしも自助じゃなくていいんです。ただ、自助には安心感があります。元気な振りをするんじゃなく、具合の悪いままでも一緒にいられる。仲間の顔を見て、一人じゃないと思えたり、何よりホッとできるっていうことが自助グループならではの素晴らしさだと思います。自助グループっていうと自分が何を話すかが大事だと誤解されがちですけど、まず大事なのは、話すよりも聞くことです。自分には厳しくても、そうやって仲間の話に共感することで、仲間の体を借りながら自分に共感し、自分を肯定できるようになっていく。
荻上 回復という目標に向かって何かをするというより、自助やカウンセリングで接点作り、その中で当事者がどこかで肩の力を抜いて過ごせるようになるといいですね。
鶴田 そうですね。また、家族への支援というのもすごく大事です。特に身近にいて負担も繋がりも強いお母さんが「自分の子育てが失敗した」とか「この子を早く治してあげなくちゃ」と自分を責めて焦っているのを見ると、まずお母さんが助かって欲しいと思います。
鈴木 その通りです。私も、「EATファミリーサポートの会」という家族会を運営していますが、こちらの目的は子どもの治療ではなく、親が疲弊しないようサポートすることです。ご両親の多くはすごく真面目で、いい親御さん。子どものために何かしてあげたいというパワーを持っています。だからいろいろ考えて頑張る。だけどお子さんの時期によって、その支援が良い時と、毒になる時がある。それをちょっとお伝えして、適切な時期に適切なサポートが出来るように、なるべくエネルギーを温存して、出すべき時に出せるようにアドバイスしています。
また、母親自身の問題で親に余裕がないこともあるので、その時は親御さんのカウンセリングなどもお手伝いします。
信田 母親も苦しんでいるんですよ。ひどい夫婦関係で浮気されたり暴力振るわれたり、子どもについても「お前のせいだ」と言われたり。私なんか時々、父親何やってんだ!って腹立っちゃうことがあります。その上子どもには「あんたのせいでこうなった」なんていわれたりする。
だから本当に母親へのサポートは重要です。でも、摂食障害の娘を持つ母親って、ちょっと鈍感というか、すごいパワーがあってあんまりへこたれないので、そこまで心配してないです。せっかくのパワーが娘のために上手く働かなかったりするので、そこだけ調整してうまく娘さんのために使ってあげて欲しいですね。
鶴田 それから、家族の話になるとお母さんのことばっかりになりますけど、お父さんの変化も実は重要だと思います。お父さんの立場の方には、娘に直接何かをすることよりも、一言でいいから妻に「ありがとう」とか「お疲れさま」とかねぎらいの言葉をかけて欲しいです。それから家事も積極的にやってほしい。そういう夫婦関係の変化ってかならず子どもにも伝わります。
信田 私は月1で摂食障害の子どもを持つ父親向けのグループ(MG)をやっていますが、参加者のほとんどが、まるで免罪符のように、奥さんから行くように言われて来ていfるといいます。私はその人たちに宿題を出すんです。奥さんに対して「ほんとうによくやってるね」と、ねぎらいの言葉を掛けましょうと。1ヶ月に1回でいいから言ってくださいと。1か月後に聞くと宿題を実行できた人は3割もいない。息子や娘に「学校行け」とか言っといて、自分は宿題やってこないのかって!思ったりするんですよね。(会場:拍手)
彼らの妻が来談しているので、彼女たちに「夫は少しは変わりましたか?」と聞くと「奇妙なことに最近、お茶碗だけ洗うんです。でも茶碗洗えばいいだろうって顔してるから腹が立つんですよ」って言うんです(笑)。「そういうときはありがとうってひとこと言ってください」って言うんですけど(笑)。MGに参加すると信田からあれを言えこれをしろと言われるけど、口で言うのは嫌だから、とりあえず黙って茶碗洗えばいいだろう、って茶碗洗ってる感じなんでしょうかね(会場:笑)
鈴木 一応父親側の弁護もしておきますね。確かにお困りなのは母親の比率が高いですが、一般的に父親も本当によく頑張ってます。ご夫婦で病院に来られる方もいらっしゃいますし、やはり経済権を握っているお父様が動くと治りも早い。そうやって努力されている父親もいらっしゃいますので、決して父親が悪いということではないです。
荻上 時間も迫ってきたので最後にお三人方に、摂食障害支援の今後についてひと言ずついただきたいと思います。
鈴木 医師、当事者、経験者、カウンセラーなどが一堂に会する企画は少ないので、非常に貴重な機会でした。今後こうした機会が増え、意見交換をする場が増えるといいと思います。
鶴田 今回、全国の仲間から「行きたいけど遠すぎて無理」という連絡がたくさんありました。NHK厚生文化事業団さんには、今日の様な充実したイベントをぜひ継続して全国で開いて欲しいと思っています。
信田 やはりこうした関係者が集まる機会は非常に貴重なので、有意義でした。こうした枠を超えた繋がりを強めていくことで、その時々に必要な対策につながるのではないでしょうか。ぜひ今後もこうした機会を設けていけたらと思います。
荻上 こうした議論がメディアにも積極的に反映され、社会での認知に繋がればいいですね。皆様、本日はありがとうございました。
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