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給食を無理やり食べさせる 飽食の時代に考えること 食べることができることへの感謝

20代の女性教員が食べきれなかった給食、しかも古くなったものを生徒に無理やり食べさせたということが報じられていました。
教員が児童にカビ生えたパン食べさせる 福島」(NHK2017年6月17日)

「問題がわかったのは福島県鏡石町の町立第一小学校で、学校や教育委員会によりますと、おととしから去年にかけて、当時1年生の担任だった20代の女性教員が、食べ残されてカビが生えたパンや古くなった牛乳を複数の児童に無理やり食べさせていたということです。」

 おなかを壊さなかったのか、体調に異変がなかったのか非常に不安を感じさせる記事です。

 今の時代に無理やり食べさせるなどということが未だにあるということに、まず驚きを感じます。
 私の子どもの頃には、とにかく食べなさいとか、食べ終わるまで昼休みなしだ、みたいなことも平気で行われていた時代でした。

 それが問題だとして新聞報道されることもありません。体罰自体が普通にあり、今のように体罰=懲戒処分ということはありませんでした。

 私がこの記事を読んで思ったのは、この教師は一体、どういう動機に基づいていたのかなということです。
 無理やり食べさせるのは論外であり、何の教育効果もないことは明らかなのですが、他方で、今の子どもたちは飽食の時代に育ち、昔と比べればハングリーではありません。一部の虐待を伴うような家庭はともかく、普通の家庭ではある意味では常に満たされた状態です。

 このままでいいんだろうか…、とその教師が思ったのかどうかはわかりませんが、私は現状が良いとは全く思いません。

 給食は、みなで同じものを食べることに教育的な意味もあるとされています。
 嫌いなものであっても、給食であれば食べられるようにもなったりします。友達とかみんなで食べることの効果です。

 その中で食べることができること、そして、食物を育ててくれたり、調理をしてくれる人たちへの感謝の気持ちであったりという意味で、食べられることの意味も考えたいものです。他の生命の犠牲の上に自分の命があるという食物連鎖の持つ意味も段々と実感していってもらいたい。
 そのような中で好き嫌いをなくしていく、それが理想です。

感謝の中で楽しい食事でありたいものです


リンク先を見る 以前(今もなのかもしれませんが)問題になった、給食費、払ってんだから、「いただきます」は不要だなどとクレームを言う親(こんな親に育てられた子がかわいそう)、給食費を払えるのに払わない親とかいろいろな問題がありますが、私は給食費は無償化すべきであり、それが当然だと思います。

 その意味では税金で賄われている(今でも税金からの補助あり)ことについては、当然という態度で構わないということです。まさに権利なのですから。

 ここで義務(責任)というと国家に対してのものと歪曲されてしまったり、高額納税している人へ媚びへつらえみたいになりかねず、それは間違いです。
 しかし、それと作ってくれた人、お米を育ててくれた人に対する感謝の念は別です。カネ払っているんだから当然だということではありません。

 みんなが誰もがおいしく、感謝して給食を楽しめる、そうなって欲しいものです。

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