- 2017年06月20日 10:06
行動経済学が教える 損しない感情コントロール術 - 友野典男(経済学者)
3/3理性がないと、カモられる
成熟した資本主義社会では、必需品は十分足りている。そこで企業は必ずしも必要ではないものを、あの手この手で売ろうとする。よくある売り込み方法はシステム1に売ることだ。それに対してはシステム2を十分に働かせて、本当に必要なのか、今買うべきなのかをきちんと検討するほうがよい。
ただし、いつでも考えればよいのではない。困った人を助ける場合には、システム1に頼ったほうがよいこともある。川で子どもが?れているような時、子どもを助けた人のインタビューを見ると、よく考えずに咄嗟に飛び込んでいることがわかる。こんな場合には、システム1にしたがう方がよい。
人類は何万年、何十万年の間、食料が豊富とはいえず、野獣などに襲われる恐れのある環境で、数十人から百人ぐらいの仲間と集団生活を営んできた。人は、そういった世界で生存して、子孫を残すことに適応している。つまり、そこではシステム1で直感的に判断し行動することで十分だったわけだ。
目の前に美味しそうなものがあれば飛びついて食べる。怖いと思うものや場所には近寄らない。仲間が困っていたら助ける。それらはすべてシステム1の判断にしたがっていても問題はおこらない。そこには、限定品やお得セールもないし、脅迫じみたやり方でものを売ろうとすることもない。詐欺師もいないし、他人の貢献にただ乗りしようとする人もおそらくいない。自動車もコンピュータもインターネットもSNSも存在しない。
もしかしたら、人類が進化してきたこのような環境では、システム1だけに頼って生きても、十分な暮らしを営むことができたかもしれない。そのような生活の方が、複雑で生き馬の目を抜くような現代社会で生きるより、ずっと幸福だった可能性もある。残念ながら、現代社会ではシステム1だけでは満足のいく生活はできない。システム2を十分に働かせる必要があるわけだ。
では、システム1が引き起こしやすい認知や判断のバイアスをなくし、売り込みや宣伝文句の誘惑に負けないようにすることはできるのだろうか。システム2の出番であるが、システム2をどのように働かせればよいのだろうか。残念ながら、システム1の間違いやバイアスを完全になくすような特効薬は存在しないのであるが、軽減する方法はある。簡単に見ておこう。
第1に、「バイアスは誰にでもある普通のことだ」と考えることである。自分がバイアスを持っているからといって知的に劣っているのでもなく、恥ずかしいことでもない。バイアスは誰にでもあり、自分だけ特別なわけではないのだ。だからといって安心してバイアスを見過ごすのではなく、人間誰しもが持っている弱点の1つだと捉えればよい。
第2に、どんなバイアスがあるのか知ることである。ここでは損失回避性とそれから派生するサンクコスト効果しか取り上げなかったが、どんなバイアスがあり、どんな間違った判断をしやすいのかを知っておくことは、バイアスを防ぐための重要な一歩である。
第3に、外部者や第三者の意見を参考にすることである。人の判断にはシステム1、すなわち感情がきわめて大きな影響を及ぼす。しかし意思決定の当事者ではない第三者や外部者は、意思決定にまつわる感情の影響が全くないか、小さくて済む。そこで、当該の意思決定問題とは無関係な人に、判断の良し悪しを判定してもらうことは、バイアスのかかった判断を免れる有力な方法なのである。その際には、判定結果を確実にフィードバックしてもらわなければならない。
第4に、判断から実行までの間に意識的に時間をおくことである。そしてその間に自分の決定をもういちど見直すことが重要である。なぜなら、時間をおくことで、当初持っていた感情が薄まるからである。怒りや不機嫌、後悔、がっかり、あるいは浮かれた気分や高揚感、さらにひらめきや第六感など、われわれの意思決定に大きな影響を及ぼす直感・感情は、ふつうは時間が経てば薄くなる。その間に以前の判断や決定を再検討すれば、当初はバイアスがかかっていた判断を見直すことができよう。
第5に、専門知識を身につけること、特に数学や統計の知識を得ることが大事である。統計学の知識があれば、相関と因果の混同などの初歩的な誤りを犯し、因果関係を無理矢理考え出すこともなくなる。初歩レベルでよいので、経済学や自然科学の知識もなるべく身につけておきたい。
本稿は拙著「ワークスタイルの行動経済学」および『感情と勘定の経済学』(潮出版社)を参考にした。
友野典男 経済学者
ともの のりお 1954年埼玉県生まれ。早稲田大学大学院経済学研究科博士後期課程退学。明治大学情報コミュニケーション学部教授。専攻は行動経済学、ミクロ経済学。著書に『行動経済学』(光文社新書)、『感情と勘定の経済学』(潮出版社)など。
<もっと言ってはいけない脳 と心の正体>
「自分」「心」「生きる意味」―これまでの常識は通用しない●言ってはいけない新幸福論 橘玲
×安藤寿康 「心」はどこまで遺伝で決まるのか
×大竹文雄 経済学は人を「幸せ」にできるか
×池谷裕二 脳の「無意識」を鍛えろ
<明日からできる 脳力10大活用術>
●中野信子 サイコパスだけじゃない 危険な脳の扱い方
●一万人の脳画像でわかった 40歳からの脳の鍛え方 加藤俊徳
●脳科学的に正しい「もの忘れ」予防術 澤田誠
●「やる気脳」で中年の危機を脱出せよ 澤口俊之
●やる気を引き出す「最強ルーティン」をつくる 堀田秀吾
●「うつ」になる前に 5分でストレス自己採点 夏目誠
●宇宙飛行士に学ぶストレス対処法 緒方克彦
●メンタル・トレーニングがスポーツを変えた 生島淳
●テンションが上がる心理学 妹尾武治
●行動経済学が教える 損しない感情コントロール術 友野典男
●「感情」が鍵を握る モチベーションを高める経営学 入山章栄
●通勤中にもできるマインドフルネス実践講座 川野泰周
●グーグルが本気でマインドフルネスに取り組む理由
●アドラー心理学でうつと戦う 岸見一郎
●なんで勉強するの? 「勉強の哲学」VS.「七回読み勉強法」 千葉雅也×山口真由
●進化論から考える「心」の誕生 長谷川眞理子
●日本人よ、「びくびく」生きるのはもうやめよう 山岸俊男
●ホロコーストの謎に挑んだ心理実験 岡本浩一
●腸と脳の密接な関係 福土審
●性戦略とヒトの進化 坂口菊恵
●実は合理的!?ゲーム理論で解くトランプ戦略 吉野太喜
●ポスト・トランプ時代の政治 堀内進之介
●ナショナリズムが「狂気」を生み出す 土佐昌樹
●山内昌之×佐藤優 大日本史⑥ 二・二六事件から日中戦争へ
●特別講義 土地を知れば日本史がわかる 本郷和人
●テロ対策の権威が警告! 北朝鮮危機の本質 ボアズ・ガノール×佐藤優
- 文藝春秋SPECIAL 2017夏
- もっと言ってはいけない脳と心の正体




