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「表現」の値段

昨日、西島大介氏の「ひらめき☆マンガ学校公開講義〜消えたマンガ原稿67ページ」にゲストとして参加して参りました。会場のTOKYO CULTURE CULTUREという店には、俺は初めて行ったんですけど、お台場にあるオシャレなロフトプラスワンといった感じ。実際、ロフトの元スタッフが独立して経営しているお店だそうです。

第一部は西島さんとさやわかさんが主催している「ひらめき☆マンガ学校」の公開講義で、プロジェクターで生徒の課題作品を見せながら西島さんたちがツッコム、いや、指導していくといった感じで進行。生徒に出した課題も、たとえば「ワンピース」や「NARUTO」のコマ割りを使って自分の絵でまったく違う作品にしてみるなど、生徒の作品が画面に映るたびに場内爆笑に包まれ、「ライブ版・サルまん」といった趣の楽しい授業でした。

俺や伊藤剛氏・泉信行氏は第二部の「消えたマンガ原稿をめぐるパネルディスカッション」に参加。既に俺は楽屋で予告していたのですが、西島氏と大谷氏の『魔法なんて信じない。でも君は信じる』には、個人的に疑問があり、西島さんにはぜひ直接伺いたいことがあると伝えていました。

西島氏の『魔法なんて信じない…』は、版元の不注意で生原稿を紛失され、補償を巡る顛末を西島氏自身がドキュメント・マンガにしたものです。大谷能生氏の解説と併せて、「マンガ表現にとっての生原稿の意味」を問いかける非常におもしろい本だと思います。ただこれは、どこまで行ってもビジネスの問題だろうと俺は思うので、生臭い話をうまく回避して「表現」の問題に持って行ってしまう著者二人の方針には、正直肩すかしを食わされた感がありました。

歴史をさかのぼれば、マンガの生原稿に今のような金銭的価値が発生したのはおそらく1973年のオイルショック以降ですから、せいぜい過去37年くらいのことです。なぜオイルショックなのかと言うと、あのときに発生した紙不足騒動によってマンガ雑誌が大打撃を受け、マンガ雑誌の赤字をカバーするために大手版元がマンガ単行本(コミックス)に力を入れ始めたという経緯があるからです。驚くべきことに、それまでは大手出版社には雑誌連載マンガを単行本として出版するという意識がほとんどありませんでした。

このあたりの話は、中野晴行『マンガ産業論』『マンガ進化論』、拙著『マンガ原稿料はなぜ安いのか?』で触れていますのでお読みになってください。

では、オイルショック以前には、マンガ原稿に金銭的価値はあったかというと、ほとんど無かったのです。もちろん「版下」としての価値はありましたが、一度製版されて雑誌に載ってしまえばマンガ原稿は無用の長物で、せいぜい読者プレゼントに回されるか、年末に出版社の社長が自社のマンガ原稿を集めて焚き火をし、焼き芋を焼く程度の価値しかなかったのです(※註:出版社の社長が暮れにマンガ原稿を焼いていた話は、長谷邦夫先生からの証言をいただいてます)。

今では想像もできないと思いますが、40年前のマンガ原稿の価値とはそのくらいのものでした。オイルショック以降、各社が雑誌連載をそのまま単行本として自社から出版するようになるまでは、本当にこうだったわけです。

マンガ原稿を版元の不注意で紛失して、俗にいう「10倍返し」といわれるペナルティが発生したのも、70年代中盤以降ではないかと思われます。こうした歴史的経緯をi一瞥するだけで、マンガ原稿の価値は状況に伴って短期間に変化したことは確かです。この見地から『魔法なんて信じない…』が書かれたなら、おそらく異なる内容の本になったことでしょう。

イベントで俺は、

「マンガ原稿に本当に価値はあるのか。あるとすれば、それはどのようなもので、どこまで金銭に換算することができるのか?」

という疑問を出したのですけれども、西島さんの答えは要領の得ないものでした。もちろん、俺は西島さんを責めるつもりなどありません。俺自身にも解答があるわけではないですから。おそらく現在の作家・編集者で、こうした疑問を持つ人はまず存在しないだろうと思います。

しかし、原稿が紛失され、はじめて補償を巡ってドタバタする騒ぎは、過去に幾度となく繰り返されて来ましたし、昨日の西島さんの反応を見ても、次に紛失されたら、また同じことを繰り返すのではないか……という危惧を抱いてしまいました。これは、もっとまじめに議論されるべき問題だと思います。

何度も書きますが、俺は原稿紛失に対する補償の問題は、表現の問題ではなくビジネスの問題だと思います。ビジネスであるからには、事前の契約をキチンとして、万一の場合の補償についてもあらかじめ取り決めておくべきだと思うのですが、これまでマンガ界では、いや、これは大きく出版界ではというべきだと思いますが、なぜか曖昧なままにやり過ごしてきました。もちろん曖昧なことのメリットも、あったとは思うんですが、そろそろいい加減、こういうことは改めるべきではないでしょうか。

と、西島さんを抜きにして持論を書くばかりでも仕方がありません。これについて、俺も明快な答えを持ち合わせているわけではありません。そもそも創作物という、値段のつけようがないものに値段をつけて商売をすること自体に、矛盾があるといえばあるわけで、これからも考え続けていきたいと思っています。

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