- 2017年06月19日 09:15
残念な檄文「経産省ペーパー」3つの誤解
2/2■経産省の若手、大丈夫か?
ちなみに、ペーパーの図表では「40歳前半有業者の一日」と「60代前半無業者の一日」の比較図という、ある種の悪意すら感じさせる素敵なページが組まれています。高齢者で無業なら、日中ゴロゴロしていても不思議はないだろうと思うのですが、働き盛りの40代と無職の60代の一日を比べて何を言いたいのかよく理解できません。
さらにペーパーの後半では、高齢者向け医療が、いかに高額で、どれだけ日本経済の負担になっているか、という論証に多くのページが割かれています。冒頭で語られていた「昭和の標準モデル」と「現在の高齢者向け負担の拡大」や「母子世帯の貧困率の高さ」は本来ほぼ無関係なのですが(せいぜい平均寿命が延びたことぐらい)、ここでなぜか一人当たりの実質GDPと生活満足度を同じ折れ線グラフで比較する、という謎な図が再び出てきます。
意味が分かりません。経済産業省の若手、大丈夫なんでしょうか。
■伸び率の比較にはまったく不適切
いうまでもなく、GDPや所得など絶対数に関わる指標は、比較のために一定の年を基準として伸び率を比較することはあり得るわけですが、生活満足度というのは100%が最大の指標であり、ある年を基準として伸び率を比較するのにはまったく不適切な指標です。
何を言いたいのかは理解できます。おそらく「GDPが伸びて私たちは豊かにはなったけれど、果たしてそれは幸せなのだろうか」と言いたいのでしょう。この図表を見て作成者の意図は読み解れますが、使われている根拠を見て深い幻滅感を覚えます。
なお、生活満足度調査については、ぶっちゃけ昔から横ばいで、グラフのどこをどう読んでも「日本人は敗戦後からこんにちまで50年以上、社会に大きな不満もなくおおむね満足している」ということになります。
※国民生活に関する世論調査 現在の生活に対する満足度(時系列)
http://survey.gov-online.go.jp/h26/h26-life/zh/z04.html
※国民生活に関する世論調査 現在の生活の各面での満足度(時系列)
http://survey.gov-online.go.jp/h28/h28-life/zh/z03san.html
そこへもってきて、「一人当たりGDPが幸福度に与える影響は世界的に低下している可能性」というスライドが出てきているものですから、暗澹たる気分になります。おおむね幸福で長らく横ばいだった指標を、中国、インド、東南アジア圏など急速に経済成長している地域に牽引された世界経済のGDPの伸びで割って、「ほら、GDPあたりの満足度は減少しているでしょう」と解説されても困惑する以外ありません。
こうした雑な議論を経て、最後にはこう総括しています。
一律に年齢で「高齢者=弱者」とみなす社会保障をやめ、働ける限り貢献する社会へ
いや、もう高齢者は働ける限り働いてますから……。いまの社会保障の議論、見ていないんじゃないですかね。ここで3つめの「社会保障などの将来予測のおかしさ」という誤解の話になります。もちろん「時代遅れの制度を抜本的に変えよう」という提案は賛成なのです。子どもの出生や教育にお金を使っていくのも素晴らしい提案なのですが、根本的に変えていくにあたって、政策の財源はどうするのか、本当にそれに見合う価値が社会的に生み出せるのかといった議論はどうするのか、という話はどこかでしていかなければなりません。
■高齢者向け予算のカットが意味すること
「高齢者を年齢で定義するな」というのもその通りなのですが、その高齢者の支援を切ったとして、そこで苦労するのは高齢者の家族であり、勤労世帯です。年老いた親が家で動けなかったり、ボケて大変だったりしたとして、「そんなものは俺は知らん」と言える家族はいるでしょうか。親の介護のために仕事を辞めざるをえない、という人もたくさんいる世の中で、高齢者向けの予算をカットすれば、そういう高齢者を支える家族を貧困の連鎖に突き落とすことになりかねません。
資料の前段で、母子家庭の貧困について語っておきながら、高齢者問題で勤労世帯が貧困に陥ることに目をつむるという論調からは、「日本の衰退によって減りゆく社会的富をどう配分すべきか」という難問を惹起させられます。母子家庭や出生率の向上、教育投資は、いずれも日本の将来を支える若者に活力を与えるから進めるべき。一方で、高齢者はもう富を生まないのだから古い昭和の遺物として削除する――。なぜそういう考えになるのだろうか、と思うわけです。
とまあ、ペーパーの内容は稚拙なのですが、こうしたペーパーが出てくるほどの「閉塞感」とは何なのでしょうか。私たちが日本で暮らし、生きていくにあたって、こんな先行きの暗い、つまらない社会で本当に良いのでしょうか。
目を転じれば、猛烈な経済発展を遂げた中国ではキャッシュレス社会に移行し、都市圏で貨幣やコインを使っている人はめっきり見なくなりました。あるいは、東南アジア各国では固定回線を敷かずすべてがモバイルでのコミュニケーションとなって、日本以上に場所にとらわれない先進的な通信環境を実現しています。学術面においても、先端研究の論文で日本は後塵を拝するようになっています。このペーパーが指摘するように、研究者の年齢構成がいびつな故に、若い研究者は予算が行き渡らず汲々としています。
■過去の知見は役に立たない
おそらく、このペーパーの主眼は、衰亡する日本の中で何をなすべきかという退廃的な議論ではなく、ブレイクスルーを惹起するような建設的な議論を増やしたい、ということなのでしょう。たしかに根拠となる各種データはクソですが、このまま新しい何かを実現できなければ日本はヤバいという気持ちにはなります。
裏を返せば、そういうペーパーが、よりによって既得権益の象徴でもある霞が関の経済産業省から出てきたというのは皮肉なことです。まるで幕末に浅学の藩士が藩の財政を憂いて檄文を書いているかのようです。私たち外野から見れば、歴史的使命を終えた経産省こそ用無しなのだから早々に解体するべきと思うところですが、このような若さに裏打ちされた勢いが見られる文書が出るというのは素晴らしいことです。
いま必要なことは、右肩上がりの時代の常識を捨て、現在のような右肩「下がり」の時代に適した制度と思想を構築することです。そのときには、積極的にヒトとカネを投入すべき分野と、先を見切って縮小・撤退を断行すべき分野を、判断することが求められます。このペーパーに書かれているように、高齢者よりも若い人、子供を産める現役世代にリソースを割き、日本社会を持続的なものにしていく必要はあるのでしょう。
人類は歴史上、そのような急激な人口減少下の社会構造の変容・問題を経験したことがありません。その意味では、日本は過去の知見が役に立たないフロンティアに立っていると考えて、思い切った議論を先導していってほしいと思います。煽動ではありません。先導です。
(投資家・作家 山本 一郎)
- PRESIDENT Online
- プレジデント社の新メディアサイト。



