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【石坂啓の風速計】 一軒の小さな家の物語

 不慣れなパソコンだが、グーグルマップをみつけたときはおもしろかった。


 上から眺めてグッと近づいていく映像はこれまでも知ってはいたが、街角に立って車で走るように勝手に動くことができる。好きなところで止まって三六〇度グルリと景色を見たり、仰いで空を見たり。絵は撮ったものだけど、車も人も電車もある。


 こんなによそんちを撮っちゃっていいのかという問題は、まずあるだろう。ビルや団地はまだしも、路地に入れば普通の家屋の窓も勝手口も映ってる。見られている方にしたらパソコンの前でのぞいている全員がストーカーみたいな気分だ。しかし私は迷わず、行ってみたかった場所を検索した。


 ハタチまで住んでいた家。名古屋の下町。通っていた幼稚園や銭湯や商店街がかわらずある。私にとってはものすごい「衝撃映像」だ。バス停や信号を確認しながら、子どもの頃の目線で周囲を見渡し、ここだなァとたどりついた昔の家。家はとっくに新しい建物になっていたが、ご近所の店や住宅はもともとのままにあった。


 父はここで建設会社を経営していた。親会社の倒産で家も工場も手放すことになり、引っ越しを余儀なくされた。ご近所にあいさつすることも見送られることもない転居。犬も猫も連れていくことができなかった。


 それまで周囲の大人たちはみんななんとなく善良ないい人たちに見えていたのだが、案外と残酷なものだなァとそのときに思い知った。地域だの親族だのといったつきあいにいまだに幻想が持てずにいるのは、このときの経験が大きい。なつかしいとは思うけど、昔の家の周辺を歩くことはおそらくこの先も二度とないだろう。


 母と一緒にパソコンの中をドライブした。風邪をこじらせひと夏臥せっていた母が、名古屋の街並みを見てシャキッとマウスを手にしたのだ。「そこの矢印はこうすると……」と使い方を教えようとすると、「わかっとる/」と私を妨げる。車に乗っていた母には私の道案内など不要なのだろう。父が生きていたらきっと会話もはずんだことだったろう。


 上京してからの生活の方がはるかに長いというのに、いまでもときどき昔の家の夢を見る。片田舎のたった一軒の小さな家でも物語がある。それでもグーグルの中に探せるからまだいい。家も街も地図から消えてしまった人々の、見るであろう夢を思う。


(9月16日号)


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