- 2017年06月12日 10:06
ルポ : 百田尚樹講演会中止騒動の真相 …「言論の自由」をめぐる論争から私たちは何を学ぶか
2/3「言論弾圧」はあったのか …産経新聞報道に困惑する人たち
その反対派と学園祭実行委員会との話し合いはどのような顛末になったのか。
これについては、一橋大学の学内紙である「一橋新聞(いっきょうしんぶん)」が簡潔にレポートしているので、まずはそちらを参照されたい。
こちらでも、ARICと「有志の会」、さらに教員という3つの方向から反対運動が行われてきて、最後まで学園祭実行委員会と打開案を協議していたのがARICというのがわかる。つまり、ARICの圧力に負けて講演会が中止に追い込まれたというのは、かなり偏った事実で、とても「全内幕」とは言えないというのがわかる。
ARICと学園祭実行委員会は、学園祭に反差別ルールを制定するということで、二回の話し合い(5/12・5/22)で決定した。
なお、百田後援会の無条件中止を求める「有志の会」は、この話し合いの第二回目には呼ばれず、結局、学園祭実行委員会はARICの案に乗ったということである。
一橋新聞の担当者は、筆者の取材に答えて、この話し合いでは「差別のないKODAIRA祭をつくろうという意見では、学園祭実行委員会と反対派と全員意見は一致していた」と語っている。
ところが、このあと一転する。
まずは、学園祭実行委員会の代表はこの話し合いで決まった内容を持ち帰ったが、この反差別ルールの制定について学園祭実行委員会側で同意が得られなかったとして、同意を撤回。その後、追いかけるようにして、インターネット上で中止を発表した(6/2)。
この中止に至る判断は結局なんだったのか。それについては、筆者が取材した学園祭実行委員会側は「学校の外部からの意見などが原因ではない」と断言している。
一部報道やネット上の真偽不明な情報によると、「一部の政治家」や「左翼団体」が圧力を加えたという話が流布しているのだが、これについても否定している。
また一橋大学の広報も筆者の取材に、「そのような話は聞いていない」と答え、またサンケイ新聞の百田氏の「ノイローゼになった学生や、泣き出す女子大生もいたようだ」との発言も「実際に具体的な圧力があれば学校側も対処に乗り出すが、今のところ聞いていない。(百田氏のコメントには)正直、困惑している」との回答だった。
なお、学園祭実行委員会には複数の方にお話しを聞いたが、この報道に関しては、「そんな話は聞いていない」「大げさすぎ」という声が複数寄せられた。
大学自治のなかの決断
しかし、取材に協力してくれた反対派やその他の関係者からは、やはり電話やメールなどでの外部からの批判はあり、それにナーバスになっていたのは事実ではないかという声も寄せられている。
一橋大学の学園祭は二つある。ひとつが秋の「本祭」である「一橋祭」、もうひとつが今回のKODAIRA祭だ。もともと小平にキャンパスがあったころの名残りであるこの初夏の学園祭は、伝統的に学部の1-2年生が企画運営することになっているそうだ。つまり、今回の百田尚樹講演会の担当者や学園祭実行委員会は、20歳そこらの若者なのである。さすがに、批判の声に平然としていろというのは無理だろう。
しかし、どうやらその外部の声よりも、むしろ厳しい形になったのは、学内の反対運動だったのである。
なぜなら、もともと学園祭は学校の自治の中で行われることが前提となっていて、そもそも外部のみならず教職員でさえ踏み込めないというのが、この学園祭をはじめとする学生の活動のポリシーなのだ。一橋大学のみならず、学生の自治をめぐる戦いはもう半世紀も続ている風習でもある。
よって、彼らにとって、学外から聞こえてくる反対の声にしろ、さらには「言論弾圧」だと言う講演会賛成派や、言論の自由の原則論から学生を支持する声すらも、それは自治の論理からすれば、聞き流される種類のものだということになる。
「三者構成自治」という言葉を、この取材を進めるなかで何度も聞いてきた。
この聞きなれない言葉は、一橋大学の中で長年議論されてきた、学校の運営は、学生・教員・職員(経営)という三者がつくるものであるという論理である。そうすると、この枠外のもの以外は自治を阻害することがあるということになる。今回の外部からの反対意見にしろ、賛成意見にしろ、それらは一括して彼らの理屈からいえば論外ということになる。
学園祭実行委員会にとって、その論理から言えば、同じ学生や教員や学校からの意見以外は、理屈的には「ご意見拝聴しました」という程度にしかならない。実際、実行委員会側が強く「外部からの意見が判断材料ではない」というのはこれが理由である。
決定的だった警備問題 …「プロ活動家による恫喝」(百田氏)はあったのか?
さらに決定的だったのは、警備の問題である。
百田氏の先の「全内幕」によれば、反対派と実行委員会側との話し合いの中で、「われわれと別の団体の男が講演会で暴れるかもしれないと言っている。負傷者が出たらどうするんだ?」という恫喝めいたセリフがあったというが、この席に同席していた中立派も含む複数の関係者はこのへんの事情を、たしかにそういう話題は出たが、恫喝するようなものではなかったと証言している。
「この席で、むしろ議論にあがっていたのは、百田氏の講演をきっかけにヘイトクライムが起きるのではないかということで、それは百田氏支持の右側の人たちの暴発を恐れてのことでした。もちろん反対派の反対運動も起きるだろうということは話に出ましたが、警備は右左問わずにおこるだろう事態に備えてという意味でした」
(オブザーバーの一人の証言)
ARICの代表の梁氏も、ヘイトクライムを誘発するような発言をしている人の講演会なので、マイノリティに何がおきるかわからないので警備をしたほうがよいという話だったと筆者に語っている。
そこで、実行委員会はこれに同意して、学校側の協力を得て警備体制を準備したが、そのうちに学園祭が行われる西キャンパスエリアを封鎖し、荷物検査までするという話にまでなってしまったようだ。もともと学園祭は道路を挟んだ東キャンパスが会場だが、西キャンパスでもいくつかのイベントは行われることになっていた。ところが、自由な校風の一橋大学は、この西キャンパスに近所の親と子供たちなども入るのを自由にしているようなところだった。さらには学園祭とは関係がない生徒や教職員まで締め出して荷物検査するということになってしまったため、これまでの学内の反対運動とあわせみて、結局は中止を決断したということらしい。
これが「プロ活動家」による「圧力」の末の「言論弾圧」かどうかは、この経緯を読んだ人ならばおのずとわかるだろう。
これが結論である。



