記事

パリ協定離脱、トランプが愛する炭鉱の行く末は? - 山本隆三 (常葉大学経営学部教授)

1/2

 6月1日に行われたパリ協定離脱に関するスピーチの中で、トランプ大統領が触れたピッツバーグを、日本の新聞も取り上げていた。例えば、朝日新聞の天声人語は次のように書いている『「私はピッツバーグで選ばれたのであって、パリではない」。かつて石炭や鉄鋼で栄え、今は寂れる地域の代表格として大統領は都市の名をあげた』。

私が米国に住んでいた時

 働いていた街はピッツバーグだった。ミシシッピー河の上流に当たるオハイオ河に合流する2つの川を持ち、はしけを利用した物流が容易であったため、鉄鉱石と石炭を利用する製鉄所が川沿いに建設され鉄鋼の街として発展したが、1970年代から80年代前半に製鉄業は衰退した。朝日の記者が、寂れる地域の代表格としてトランプ大統領が名前をあげたと勝手に解釈したのは、このためだろう。だが、この解釈は間違いだ。大統領が名前をあげたのは、寂れる地域の代表としてではない。

炭鉱労働者に感謝するトランプ大統領

 ピッツバーグは、20年以上前に既に寂れる地域の代表格ではなくなっていた。鉄鋼の街から教育、医療、人工知能などのハイテクに変身した街として、米国では有名になっていた。2009年にはオバマ前大統領が、「21世紀の経済に向け新しい産業と雇用をいかに作り出すか、ピッツバーグは際立った事例だ」とスピーチの中で述べたほどだ。いま、東部のシリコンバレーと報道されることもある。

 米国最大の鉄鋼会社USスチールの本社は依然ピッツバーグにあり、街があるペンシルバニア州の石炭生産量は年間5000万トンと、日本の最盛期の生産量と同じだが、市で最大の雇用主はピッツバーグ大学医療センターであり、USスチールの雇用数は上位10社から陥落している。昨年の米国で住みやすい街のランキングでは、9位になっているように、雇用でも、環境でも問題はなく、米国で有数の良い街になっている。

 トランプ大統領がピッツバーグ市民のため選ばれたと述べたのは、ペンシルバニア州など6州の勝敗が、大統領選時民主党から共和党に移動したことに感謝したためだ。フロリダ州を除けば、ラストベルト(錆びついた地帯)と呼ばれる地帯だが、5州での共和党の勝利がなければトランプ大統領の誕生はなかった。特に、ペンシルバニア、オハイオ両州のアパラチア炭田で働く炭鉱労働者をはじめとする石炭産業従事者の票は両州の勝敗を左右した。この両州で勝利したことがトランプ大統領誕生を決定的にした(『トランプ大統領誕生で得をする日本企業は?』)。

 炭鉱関係の票は、圧倒的にトランプに投じられた。東部アパラチア炭田の中心ウエストバージニア州のミンゴ郡のトランプ票はクリントンの6倍だった。西部パウダーリバー炭田の中心地ワイオミング州キャンベル郡のトランプ票はクリントンの12倍だった。

 トランプ大統領は、このため最初の議会演説では炭鉱労働者への感謝を口にし、今回のスピーチでは「私の愛する炭鉱労働者」と述べたほどだ。石炭産業の労働者に感謝し、石炭産業復活を謳うトランプ大統領だが、パリ協定離脱により米国の石炭産業は復活するのだろうか。また、エネルギー政策はどうなっていくのだろうか。5月31日付け日経新聞が報道したように、電力はガスと再エネの2強時代になっていくのだろうか。

トランプ大統領に嫌われたパリ協定

 パリ協定離脱のスピーチでは、トランプ大統領は、協定は不公平であり米国経済と雇用にはマイナスの影響を与えるとして、パリ協定により米国が被る影響について具体的な数値をあげた。2025年までの雇用減270万人、2040年までの産業への生産面の影響はエネルギー多消費型産業の紙パ12%減、セメント23%減、鉄鋼38%減、エネルギー資源では、石炭86%減、天然ガス31%減、国内総生産額(GDP)への影響は3兆ドル減、家計収入は7000ドル減。 

 大統領が取り上げた数値の根拠となっているレポートはコンサルタント会社が共和党系団体の依頼を受け作成したものであり、費用便益分析を行っていないなどの批判を受けている。大統領がこの大きなマイナスの数字を信じていれば、選挙公約で約束していたパリ協定離脱の決断を何度も先延ばしすることもなかったのではとも思えるので、大統領自身も半信半疑の数字かもしれない。

 大統領がスピーチの中で何度か触れたのは、パリ協定は米国にとり不公平ということだった。協定では、米国、日本、EUなどの先進国、地域は温室効果ガスの削減目標を絶対値で示している。例えば、米国は2005年比2025年に26%から28%減、日本は2013年比2030年26%減、EUは1990年比2030年に40%減がパリ協定上の目標だ。

 一方、中国、インドなどの途上国は、目標を単位GDP当たりの排出量においており、今後もGDPは成長すると予想されることから、排出数量を増加させることになる。依然として大きな経済成長とエネルギー消費を必要とする途上国は先進国とは異なる目標設定を用いている。パリ協定では目標は各国が設定するので、このような設定を行うことは問題ではないが、トランプ大統領は公平ではないと気に入らないようだ。

 トランプ大統領が気に入らなかった点は、もう一つある。先進国による途上国の温暖化対策への援助資金だ。先進国は一部の途上国と共に官民協力の下、緑の気候基金に資金拠出を行うことを約束している。既に、43カ国、103億ドルの資金拠出が約束されており、オバマ大統領の時代に約束された米国の負担額30億ドルの資金拠出は開始されていた。この拠出は直ちに停止された。ちなみに、日本は米国に次ぐ15億ドルの資金拠出を約束している。

あわせて読みたい

「パリ協定」の記事一覧へ

トピックス

ランキング

  1. 1

    ドラゴンボールが儲かり続ける訳

    fujipon

  2. 2

    ひろゆき氏がテラハ問題に言及

    ABEMA TIMES

  3. 3

    コロナ対策成功は事実 医師指摘

    中村ゆきつぐ

  4. 4

    コロナとN国で紅白歌合戦ピンチ

    渡邉裕二

  5. 5

    五輪中止は決定済み? 記事に驚き

    天木直人

  6. 6

    上場企業レナウン倒産に業界激震

    大関暁夫

  7. 7

    ブルーインパルス飛行批判に落胆

    かさこ

  8. 8

    箕輪氏 セクハラ疑惑で「暴言」

    文春オンライン

  9. 9

    長嶋茂雄に激怒 元選手語る事件

    幻冬舎plus

  10. 10

    ロイホ大量閉店 コロナの厄介さ

    PRESIDENT Online

ランキング一覧

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。