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警察官が被害者に「処女ですか?」と聞く必要はない

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 私はこれまで、数冊の性暴力に関する法律家のガイドブックを読んできたが、今までこの判例の検討は見たことがない。現代の性暴力の裁判に取り組む上で、重要な判例と言えるかどうか不明である。少なくとも支援者の議論では「処女膜損傷」の有無に重点は置かれていない。あえて現代的な観点で、この判例についてコメントするならば、「処女性を重んじる」という性差別的な偏見の強い判例であると言える。

(3)「強姦致傷」には診断書が必要

 実際に「処女膜損傷」を理由にした「強姦致傷」で訴えるならば、医師による診断が必要になる。その際には、加害者の暴力が処女膜を損傷したという因果関係を明らかにしなければならない。つまり、被害者の証言だけで、「処女の被害者であるから、強姦ではなく強姦致傷である」と認められるわけではないのである。したがって、警察官が性暴力被害者に「処女ですか?」と尋ねる不可避の理由はない。

 そもそも、性暴力の場合に、性器が傷つくことは、処女であってもなくても有り得ることである。だから、警察官は一律に「もし、痛みや出血があれば医師の診断を受けることができますが」と申し出ればいいのである。処女膜であれ、そのほかの性器の部分であれ、損傷があれば「強姦致傷」になるのである。(ただし、外陰部の損傷の診断は、非常に難しいこともこれまでの法医学の研究からはわかっているようだ*3。)

 また、仮に、性体験の有無を聞く必要が証拠の採取や捜査上、警察官や医師に生じた場合は、慎重な姿勢が必要であることも指摘されている。

(前略)見ず知らずの医療者や警察官などが、たとえ、診察上、あるいは、捜査上、それぞれに必要であったとしても、これまでの性体験の有無や直近の同意のある性交について、なんの前置きもなく、あまりにも唐突に聞いてしまうことがあるかもしれない。これは、被害に遭ったという者にかなりの心理的負担を強いると考えられ、場合によっては、相当程度傷つけることにもなりかねない。したがって、まず、なぜそのような質問をするのか、きちんと説明をすることが重要である。例えば、「外陰部に傷が見つかったり体液が検出されたり感染症の結果が陽性だったりした場合に、いつ、誰からの物かを考えないといけないので、今からお尋ねすることについて教えてください」などと伝えると、被害者も多少の心の準備ができると考えられる。

高瀬泉「法医学者からみた性暴力対応の現状」(『性暴力と刑事司法』、p.133)

 以上のような配慮があれば、性体験について聞かれた被害者の印象はまったく違うものになるだろう。できる限り、このような質問は避けるべきであるだろうが、もし、することになれば、質問者の心構えが必要になる。この質問の仕方が、被害者に「処女ですか?」と聞くのとはまったく違うということは一目瞭然である。(残念ながら、警察官だけではなく、医師もこうした配慮のある質問をできる人は少ないと考えられる。性暴力被害者を取り巻く厳しい環境は、司法の問題が大きいはもちろんだが、医療の問題も大きい)

(4)レイプシールド法の必要性

 ここまで見てきた通り、性暴力被害者に、性体験の有無を聞くことはできる限り避けるべきである。しかし、現状の刑事司法制度では、裁判においても被害者は事件以外の性体験について質問されることがある。そこで、米国にはレイプシールド法が制定され、被害者に過去の性体験について質問することが禁止された。以下のように解説されている。

この制度は、主尋問および反対尋問において、被害者が被告人やその他の者との関係で有した過去の性的行動に関する証拠について、その許容性を制限する者である。多くの州は、被告人との間の過去の性遍歴を証拠として利用することを制限し、その結果、それは非公開または裁判官室での審理でなければあ認められないとし、また、同意の証明などの一定の目的のためにのみ許容されるとされた。各州はまた、被告人以外の第三者との間の過去の性遍歴を証拠として利用することを厳しく制限しようとした。その結果、それは非公開での審理でなければ認められないとし、また、同意の証明などの特定の場合にのみ許容されるとされた。特定の場合とは、性液の同一性、隠れた動機、過去の不実の告発の証明といった目的である場合が含まれる。いくつかの州は、同意や信用性を証明するために、性遍歴を証拠として利用することを禁止した。

斎藤豊治「アメリカにおける性刑法の改革」(『性暴力と刑事司法」、pp.171-172)

 以上のように、レイプシールド法の制定によって、性暴力被害者に過去の性体験を聞くことは厳しく制限されることになった。日本でも、導入を求める声がある。警察官だけでなく、医者、弁護士、裁判官、検察官に対しても、性暴力被害者に過去の性体験を聞くことに対する批判が、国際的にも高まっているということである。

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*1:付け加えておくと、この刑法改正案はこれまで専門家会議を重ね、慎重に進めらてきており、今国会で重点的に審議されるはずであったが、共謀罪のために後回しにされた。

*2:私は非親告罪化には慎重な姿勢をとっている。性暴力被害者の支援活動に関わっていて、切実なのは被害者の「孤立」と「困窮」である。もちろん裁判を望む被害者もいるが、一部の性暴力問題に取り組む弁護士の「全ての被害者は裁判したいと思っている」というのは、経験的に嘘だと知っている。「それどころではない」「そんなことしたくない」と思っている被害者もたくさんいる。

*3:高瀬、pp.135-137.

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