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中国で強権発動の環境保護に地元から悲鳴 湖の水質改善で数千軒が営業停止に - 山口亮子 (ジャーナリスト)

 世界中から観光客を集める雲南省。その中でも風光明媚で外国人も過ごしやすい街として人気なのが大理だ。そんな大理の景観を語るうえで欠かせないのが洱海(アルハイ、じかい)。湖面の海抜が1972メートルと高原に位置し、四方を山に囲まれ、南北に40キロ、東西8キロと中国で7番目に大きい淡水湖だ。満々と水をたたえる湖面に周囲の山が映り込む絶景は、旅人を虜にする。

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洱海(撮影:筆者、2011年)

 ところが近年、この洱海でアオコが大発生している。流域の生活排水や農業用水などが流れ込んだ結果、富栄養化が進み、湖の自浄能力が働かないレベルまで水質汚濁が進んでしまったのだ。これに対し、雲南省大理白族自治州は周囲の旅館や飲食店に一律に自主的に営業を停止するよう要請し、農業・漁業活動を停止させるという強硬策に出た。その対象の広さと厳格さは空前のレベルで、観光をはじめとする現地の産業への影響は甚大だ。人々の権利意識も高まっている中での強権発動に、メディアの報道にも行政のやり方への批判がみられる。

習主席の鶴の一声

 この極端な環境保護政策は2015年1月に習近平国家主席が雲南省を視察し「洱海を絶対に保護しなければならない」と指示したことに端を発している。16年11月には雲南省中国共産党委員会の書記が、保護のための緊急措置を取るよう指示した。17年1月に大理白族自治州は環境保護のための「七大行動」を発表。それに基づき3月31日に客桟と呼ばれる簡易旅館と飲食店についての通告を発表。4月10日から洱海の周辺の数千軒が営業停止となった。

 基準をクリアする汚水処理施設を建設すれば営業再開できるが、多くの店舗や旅館は条件を満たさず、再開がいつになるかは見通せない状況だ。5月中旬時点で2千軒強が営業を停止、洱海周辺で建設途中だった建物5千軒弱が工事を中断、違法建築600軒強が撤去されたと報じられている。観光客でごった返していた街にかつてのにぎやかさはなく、下水処理のために道路を掘り返し配管を埋設する作業が至る所で進められている。

 2016年には4千万人近くの観光客が訪れたとされる一大観光地での大規模な営業停止で、観光への影響が注目される一方、ほかの分野でも相当な影響が出ている。洱海での漁業は禁止。洱海の保護の核心地域の農民はこれまで収入の柱にしていた乳牛の飼育とネギ栽培を禁じられた。水の使用を制限する名目で、井戸もコンクリートでふさがれ、水道水を使わなければならなくなっている。

 

農業に対する制限が厳しいのは、政府が汚染の主因が農業にあると判断しているからだ。5月20日の中央電子台の財経チャンネルでは、「経済半小時(経済30分)」という番組で「大理で洱海の保護戦争が火ぶたを切った(下)」として農業問題を取り上げた。「家畜の飼育、農村での生活と農業生産の三つによる汚染量が洱海全体の汚染負荷の70%ほどを占めており、この三つの面への対処が水質汚濁に対処するカギになる」としている。

 番組では農民の困惑ぶりや、地力の低下で近年、化学肥料と農薬の大量使用がなされていたこと、この1月にアオコが大発生したことが政府の危機感を高めたことなどを伝えている。地域の幹部の苦悩ぶりについても、大理市の鎮才村の中国共産党総支部委員会書記に密着して伝えている。

もの言う民

 農業の禁止に伴い78戸から農地を借りて1畝(ムー、1畝は666.7平方メートル)当たり2200元を支払う必要があるのだが、同意したのはわずかに8戸と伝えた後、農民の以下のような声も紹介している。

 「家人が多く、土地を貸し出してしまったら、我々は何を食べるというのか。1畝がわずかに2200元。受け入れようがない。最低限でも6000元、少なくて5000元だ」

 耕作を続けた場合の収入に比べ補償額が少なすぎるという指摘は、他媒体も伝えており、農民は犠牲を強いられている格好だ。番組は、大理市では土地の政府への貸し付けを13708.86畝で達成し、その達成率は83.2%。726頭の豚の飼育をやめさせ、水産物の養殖をやめる協議を1904.33畝分合意し、すでに1030.33畝を明け渡させたと成果を強調している。

 先の発言をした農民は、のちに書記の説得により強硬な態度を軟化させたと番組は伝える。とはいえ今回の七大行動で農業だけでなく観光業、建設業でも働き口がなくなっているだけに、生活の糧を奪われる側の必死さと行政側の対応の苦しさが否が応でも伝わってくる内容となっている。

 水環境への負荷が相対的に少ないとみられている観光業界からの現状への不満も盛んに伝えられている。広東省に拠点を置く南方メディアグループの経済誌「21世紀経済報道」では4月6日、「洱海の環境保護で千軒を超す旅館はどのような態度をとるか」と題し、周辺住民の話として以下のように伝えている。

 「洱海の上流には多くの浄水場がある。直接汚染を放出しているわけではないが、流れをせき止めて水を使うのは洱海の流動性を悪化させ、自浄能力を急速に低下させている。同時に、ゴルフ場と不動産開発のプロジェクトも洱海の生態環境に影響をもたらしている」

 続けて、政府の「洱海保護には皆責任がある」とするスローガンを引用したうえで、こう指摘する。

 「汚染源がこれほど多いのに、観光業の経営者が先に(規制の)対象とされたことに、民宿や観光業者は怒りが収まらない。政府がバランスを取って対処し、環境保護の工程の設計をおろそかにしないように彼らは希望している」

 財新メディアグループの週刊誌「財新週刊」は、5月8日号のカバーストーリーに洱海の保護活動を選んだ。そこに掲載された現地の写真がネット上に掲載されており、今の大理の置かれた状況が一目瞭然なのでぜひ見て頂きたい。

政府の無策・愚策の指摘も

 カバーストーリーの中の「緊急措置的保護の副作用」の項では、政策の矛盾をついている。旅館や飲食店が営業を再開するには汚染対策の証明も含め、様々な証明書が必要になるが、前々から担当の政府部門に申請をしていたのにいつまでたっても発行してくれず、営業停止に追い込まれたという旅館の主人の話。排水の浄化対策のために小型の汚水処理設備を設け汚水を一定レベルに浄化すれば営業できると政府から聞いていたのに、結局一律に営業停止を求められ、このままではせっかく投資して新設した設備がだめになってしまうという話など。

 「洱海周辺の住民の暮らしを立てる手段はずっと政策が変わるにつれて変化してきた。数十年前、この辺りの人の多くは農業と漁業に頼っており、のちに都市化が進むにつれて少なからぬ村民が建設業に身を投じ、左官や塗装工になった。(中略)洱海のすぐ西側の才村では建設業に携わる村民は80%以上を占めるが、今彼らは新たに生計を立てるための技能を学ばなければならないという窮状に陥っている」としている。

 伝統的に洱海で続けられてきた鵜飼まで禁止されたことを報じ、一律に規制を適用する政府のやり方に疑問を呈するのは、新興のメディア「北京時間」だ。「北京時間」は2016年にアンチウイルスソフトの開発会社「奇虎360」(本社北京市)と北京新メディアグループが共同出資して立ち上げたもの。5月18日に「洱海の汚染対策は『史上最も厳しい』 70%の旅館が閉まり、無形文化財の鵜飼が消える」という記事を掲載した。

 100年以上の伝統を持ち、雲南省の無形文化遺産に登録されている鵜飼まで禁止され、鵜の数を減らして飼育は続けているものの、鵜を2年も水に入れることができていないという飼育者の話を紹介している。

 政府が環境保護政策に反する措置をとっていたとも指摘している。「大理の経済発展と環境政策について整理していて、養殖を禁じ、エンジン付きの船を禁じ、農地を湖に返し、いけすを原状回復し、工業企業を移転させるなど多くの環境保護政策をとると同時に、『海東地区』を開発していたことが分かった」と伝える。

 海東地区の開発は03年に提起され、11年には建設をスピードアップ、上海の浦東になぞらえ「大理の浦東地区」を建設すると公言していた。専門家から環境への配慮が必要との指摘もあったが、七大行動の開始まで見直しはなかったという。

 保護政策の不行き届きについては、幹部が責任を問われる事態にもなっている。新華社と並ぶ通信社の中国新聞社の「中国新聞網」は5月24日、22人の幹部が責任を問われていると報じた。「大理は洱海の保護事業の推進に尽力しなかった幹部22人の責任を問うている。(中略)幹部7人を立件し調べている」

 「空前の厳格さ」とされる保護活動は、政府による壮大な社会実験ともいえる。経済発展の追求と環境保護、人々の権利意識の高まりという三つの課題に、同時に対処しなければならないからだ。洱海の保護活動に大揺れの大理は、現代中国の縮図だといえる。

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