- 2017年06月07日 14:23
【読書感想】子供の死を祈る親たち
2/2「桂一が風呂に入らなかったり、『飛び降りる』って言ったりすることで、親がどれだけ困るか、分かっていてやったんだろう?」
私がそう尋ねると、桂一は苦笑いを浮かべた。
桂一が、強迫性障害という病気の苦しみを背負っていたことは確かだ。彼自身、ある時点で自分が強迫性障害という病気ではないかと認識し、本を読んだりネットで調べたりして、解決方法を探っていたという。それでも、専門的な治療を受けるなど前向きに取り組むのではなく、抱え込むことを選んだ。
そこには、親に対する強烈なまでの不満があった。
「親に強迫性障害の説明をして、理解してほしいと訴えたこともあります。でもうちの親は『自分たちには、よく分からないから』と言うだけでした。『これ以上、どうしろって言うの!』と逆にキレられたこともあって……。だから、親から『病院に行け』と言われても、腹が立つだけでした。親の言う通りになんかするもんか、と思っていました」
自らを痛めつけることで、両親に不自由な生活を送らせ、苦しめる。まるで命をかけた親との闘いだ。しかしそれは、いわゆる反抗期のような健全な闘いではない。
成人した大人が、健全な生活を送るための能力や意欲を喪失した状態を指す、「セルフ・ネグレクト」という言葉がある。精神疾患の有無にかかわらず、必要な食事をとらない、医療を拒否する、不衛生な環境で生活するなどの状態が当てはまる。桂一もこの、セルフ・ネグレクトの状態にあったと言える。
これは、桂一個人に由来するものではないと私は考えている。過去を紐解いてみれば、両親が感情で桂一を抑圧し、自立を困難にする子育てをしてきたからだ。桂一が強迫性障害を患い、健全な日常生活が送れなくなってからも、医療につなげるなどの現実対応をとらずにきた。これもある意味、ネグレクトの一種である。そして桂一もまた、病気を盾にして「死」をちらつかせ、両親をコントロールし、不自由かつ辛い日々を強いてきた。ネグレクト=虐待の輪が、家庭の中だけでループしているかのようだ。
まさに「虐待の輪」ですよね。
でも、戦争と同じで、一度こういう状況に陥ると、そのループから抜け出すのはすごく難しいのでしょう。
この本のなかで、桂一さんの両親の子育てのさまざまな問題点が指摘されています。
沙織さんという薬物依存になってしまった女性の話のなかで、著者はこう述べています。
彼らの成育歴をたどっていくと、沙織と似通う点があることに気づく。彼等はその成育過程において、「成績優秀であれ」「清廉潔白であれ」「男性(女性)らしくあれ」などと、実に多くの要望を親から突きつけられている。言葉では言わずとも、家庭の中に「負」を許さない空気がある。常に「いい子」であることを、強迫的なまでに求められているのだ。
親は、「子供の将来を思っての、しつけだ」と言うだろう。しかし子供たちは、それが親自身の価値観でしかないことに気づいている。「家族に恥をかかせるな」と、直接的に言われて育っている子供もいる。それでも親に嫌われたくないばかりに、親が喜ぶ振る舞いをせっせとする。沙織の「笑顔」もその一つだ。
実は私の携わる女性たちは、そのような「いい子」の顔を持ちながら、水商売に従事している例がとても多い。おおよそ夜の世界に似つかわしくない女性が、安易に水商売に手を出し、男に笑顔を振りまくことを容易にやってのける。
その指摘は妥当なものだと思うのだけれど、正直、このくらいの「子供への押しつけ」をやっている親は少なくないような気もするんですよね。
もちろん、他所の家庭内のことは、わからないのだけれど。
結局のところ、子育てに「大間違い」はあっても、「正解」はない。
親は親なりに、自分のできることをやっていても、うまくいかないこともある。
「毒親」という概念で、いろんなことが説明できるようになってきたけれど、それが、あまりにも便利に使われすぎているという懸念もあるようです。
すべての本に書いてあることを鵜呑みにしたときには、世の中の大半の親が、毒親にあてはまってしまいます。子育てのさなかに、「毒親になりたくない」」と毒親本を読みあさった結果、どこまでが親のしつけや教育で、どこからが毒親の振る舞いになるのか、かえって混乱してしまった方もいるのではないでしょうか。
毒親の悩みを抱える子供たちにも、一定の弊害が出ているのを感じます。自分にも非があることを棚に上げ、なんでも親のせいにする子供の出現です。「自分の人生がこうなったのは親のせい」という言葉を免罪符に、社会参加することを拒み、親を暴力など凶行で支配して、経済的に依存する子供が増えつづけています。
「毒親」と呼ばれる行為が、すべてあてはまらない親って、存在するのだろうか?
もちろん、程度の差はあるにせよ。
完璧な親も完璧な子供もいないのは当たり前のことなのに、人それぞれ違うはずなのに、どうしても「足りないところ」ばかりを考えてしまう。
これを読んで、「うちはこんなにひどくなくてよかった」と安心するか、「でも、うちにだって同じようなことが起こる可能性はある」と不安になるのか。
僕は後者だったんですよね、取り越し苦労であってほしいけど。

- 作者: 押川剛
- 出版社/メーカー: 新潮社
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