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ホロコーストの謎に挑んだ心理実験 - 岡本浩一(東洋英和女学院大学人間科学部教授)

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「反抗者」が「権威主義者」に

では、どのようなタイプの人間が「権威主義者」となり、行き過ぎた同調や服従を強いるのか? それを研究したのが、ドイツから米国に亡命したテオドール・アドルノたちのグループでした。思想家としても有名なアドルノは、ホロコーストに携わった人々に臨床心理学的な面接を行い、膨大なデータを集めて、「権威主義的パーソナリティ」という人格像を提示しました。この研究を支えたのは、アメリカのユダヤ人協会からの資金援助でした。このアドルノの研究は、後の人格心理学の母胎となります。つまりホロコーストの研究が、実験社会心理学と人格心理学を生み出したといっていいでしょう。

アドルノは、権威主義的人格の特質として、教条主義(ひとつの信条、主義がすべての善悪の判断基準となる)、ファシスト傾向、因習主義(前例、古い価値基準に固執する)、反ユダヤ主義、自民族中心主義、右翼的傾向、形式主義(手続きへのこだわり)を挙げています。たしかに保守的な傾向と権威主義は結びつきやすい。しかし、権威主義の厄介な点は、これらと一見正反対に思えるリベラルや左翼的な立場の人々が、往々にして「権威主義者」となってしまう点にあると私は考えます。イデオロギーという教条の絶対化、トップダウンの組織作り、異分子の排除など、旧ソ連などの共産主義国家は、まさに典型的な権威主義体制でした。

これは企業などでもあてはまります。大企業などで「ワンマン」として君臨している経営者をみると、若い頃には、当時の権威者に異議を唱え、前例を排して多くのイノベーションを行った人も少なくありません。しかし、自分がトップに立つと、自らが「権威者」として、下に強い同調を強いていることにはなかなか気が付けないのです。そのうちに、彼のやり方についていけない部下は会社を去り、ワンマン体制の弊害が表面化する時点では、同調性の高い人しか残っていない、というケースもしばしばです。経営者が何代か続いて「不正会計」に関与してきた東芝などは、その一例でしょう。

 こうしたトップの暴走に対して、よく「コーポレート・ガバナンスの強化」が唱えられますが、社会心理学者として言いたいのは、システムへの過信は禁物だということです。どんな優れたシステムを作っても、人間の集団はしばしば過度の同調、服従に走ってしまう。社会心理学の知見は、その「弱さ」を十分に自覚することの重要性を示しています。

岡本浩一 東洋英和女学院大学人間科学部教授
おかもと こういち 1955年大阪府生まれ。東京大学大学院社会学研究科第一種博士課程を経て、社会学博士。『権威主義の正体』(PHP新書)、『社会心理学ショート・ショート』(新曜社)、『会議を制する心理学』(中公新書ラクレ)など著書多数。

<もっと言ってはいけない脳 と心の正体>
「自分」「心」「生きる意味」―これまでの常識は通用しない

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×安藤寿康 「心」はどこまで遺伝で決まるのか
×大竹文雄 経済学は人を「幸せ」にできるか
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<明日からできる 脳力10大活用術>

●中野信子 サイコパスだけじゃない 危険な脳の扱い方

●一万人の脳画像でわかった 40歳からの脳の鍛え方 加藤俊徳

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●グーグルが本気でマインドフルネスに取り組む理由

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●ホロコーストの謎に挑んだ心理実験 岡本浩一

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●ナショナリズムが「狂気」を生み出す 土佐昌樹

●山内昌之×佐藤優 大日本史⑥ 二・二六事件から日中戦争へ

●特別講義 土地を知れば日本史がわかる 本郷和人

●テロ対策の権威が警告! 北朝鮮危機の本質 ボアズ・ガノール×佐藤優

文藝春秋SPECIAL 2017年夏号

文藝春秋 (2017-05-26)

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