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ホロコーストの謎に挑んだ心理実験 - 岡本浩一(東洋英和女学院大学人間科学部教授)

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アイヒマン実験の衝撃

1961年、イェール大学でミルグラムが行ったのが「服従実験」です。この実験では「学習についての実験」という名目で被験者(20歳から50歳の男性)を集めます。被験者は一人が「先生役」、一人が「生徒役」になり、生徒は学習室で椅子に固定され、間違えると手首につけられた電極から、電気ショックを与えられます。先生は別室にいて(生徒の姿は見えず、声は聞こえる)、生徒が誤答すると、実験者に促されて、電気ショックのスイッチを入れるのです。

先生役の前には、15ボルトから450ボルトまで、30個のスイッチが並んでおり、315ボルト以上は、「極度のショック」「危険:激烈なショック」と記されていて、最後の2つ(435ボルト以上)には「×××」と書かれていました。

実は、この実験の生徒役はサクラで、シナリオに沿って叫び声を上げたり、300ボルト以上になると、壁を叩いて抗議するように指示されていました(最後には「生徒」は完全に無反応になる)。

本当の被験者は先生役でした。実験者から「実験を続けてください」「続ける以外に選択肢はないのです」などの指示を受け、電気ショックを与える「仕事」を拒否するかどうかが実験のポイントだったのです。

さて、いったいどのくらいの「先生」が最後の450ボルトまで電圧を上げてしまったでしょうか。ミルグラムが事前に調査した心理学者などの予想は、200ボルトに到達する前にほとんどの被験者(先生役)がスイッチを押すのを拒否するだろう、というものがほとんどでした。

先生役の多くはためらい、発汗や舌のもつれなど心理的葛藤を示しましたが(ひきつけを起こすなど、後に治療を必要とした被験者もいました)、実際にはなんと40人中26人、65%が最後のスイッチを押してしまったのです。

どうして、これほど人間は命令に弱いのか? ミルグラムはさまざまな条件を変えて、服従が起きる原因を解明しようとしました。最初の実験ではランダムに被験者を選びましたが、知能の高い人などをふるい分けたりしても、服従を弱める条件はあまり見つかりませんでした。たとえば、「『生徒』は心臓が悪い」といった情報を事前に与えた場合でも、服従の度合いは大きく低下しなかったのです。

この実験で衝撃的だったのは、非人道的というべき命令に、ごく普通のアメリカ人たちの多く(約三分の二)が服従をしてしまったことでした。つまり「ドイツ特殊論」は否定され、服従はもっと普遍的な事態であることが示されたのです。

この実験は、別名「アイヒマン実験」とも呼ばれました。実験と同じ年、絶滅収容所にユダヤ人を輸送する責任者だったアドルフ・アイヒマンの裁判が始まりますが、世界を震撼させたのは、アイヒマンが異常性格者というよりむしろ凡庸な小官吏だったことでした。つまりホロコーストを実行したのはいわば「普通の市民」だったことが、裁判でも明らかになっていったのです。

中止された〝危険な実験〟

そして、もうひとつ大きなショックを与えた実験が、1971年、スタンフォード大学でジンバルドーが行った「監獄実験」でした。

これは大学の地下実験室を改造して、模擬的な刑務所をつくり、被験者(男子大学生の応募者から、心身ともに安定している、精神的成熟度が高いなどの条件で選抜)をくじで看守役と囚人役に分ける、というものでした。人間は与えられた役割によって、どれだけ行動を支配されてしまうのかを検証しようとしたのです。

この実験はたいへん大掛かりなもので、囚人役は本物のパトカーで連行され(市警察が協力)、手錠をかけられて、脱衣、取り調べ、指紋採取など、実際の囚人と同じ厳しい処遇を受けます。そして、下着なしでスモック状の囚人服を着せられ、足には鉄の鎖が巻かれました。

一方、看守役はいくつかの注意事項(暴力の禁止など)以外は特別な指示を受けていなかったのですが、次第に命令調の言動が増え、口頭による侮辱を多用、やがて自発的に囚人役に罰則を与え、最後には禁止された暴力をも使用するようになったのです。

もちろん囚人役は単にくじによって決められただけで、何も悪いことはしていません。それは被験者たちも理解していたのですが、実験が進むにつれ、囚人役は無気力、自尊心の低下、無条件の服従が目立ち、看守役の攻撃性は増していきました。そして、囚人役の中で、精神の変調を示す者があらわれ、二週間の予定の実験は、六日目で中止を余儀なくされたのです。

こんな危険な実験は現在では倫理的にとうてい許されません。しかし、こうした実験が行われたこと自体が、ホロコーストのショックの大きさ、その原因、背景の解明が迫られていたことを示唆しています。

ちなみにミルグラムは東欧からのユダヤ移民二世で、彼の研究をハーバード大学で指導したのが「同調実験」のアッシュでした。またミルグラムとジンバルドーは、ニューヨーク市ブロンクス区にある、同じ高校の同級生でした。彼らの問題関心、知的風土の共通性がうかがえます。

生存に必要な能力

ミルグラム、ジンバルドーらが示した同調、服従は「権威主義的行動」ということができます。「権威」とは特段に優れた能力、技能を持つ人が自然に発する影響力ですが、「権威主義」とはそうした裏付けなしに、権威をいわば偽装して圧迫、支配を及ぼそうとするものです。そして権威主義的支配を支えるのが同調、服従だといえます。

支配と同調はコインの裏表です。この「権威主義的行動」が暴走すると、いかに悲惨な事態を招くかは、「服従実験」「監獄実験」が明らかにしている通りです。

しかし、私は服従、同調などの「権威主義的行動」をなくすことは不可能だと考えています。なぜか? それは同調、服従が人間の生存に必要な能力でもあるからです。

動物としての人間の最大の武器は集団行動です。そのときに最も重要なのはコミュニケーション能力。言語もそのために発達したと言っていいでしょう。

そして同調、服従など「場の空気を読む」能力もそのひとつです。集団を管理することは、同時に従わないメンバーを排除することでもあります。ことにかつての部族社会や農村、ギルドなどの共同体は、むしろ権威主義的傾向が強い集団の方が生き残りやすかったのでしょう。

こうした部族的な集団は、数十人、多くて百数十人という小規模なものでした。まさに運命共同体で、リーダーの判断が誤っていれば、集団自体がなくなってしまう。逆に言えば、その集団以外には被害は拡大しなかったと考えられます。

しかし近代になり、国家や企業など、一万人を超える大集団が形成されると、リーダー(たち)の判断が誤っていたときの被害、リスクが飛躍的に増大します。その極点がホロコーストの悲劇だったのではないでしょうか。

また近代に入って生まれた、新しい社会集団が「モブ」(群衆)です。社会心理学的に「モブ」と「グループ」は異なる存在です。グループは成員ひとりひとりの名前、属性などを互いに知っている、記名性の集団ですが、「モブ」は、隣にいる人が誰かもわからない匿名の存在にほかなりません。そして「モブ」の方が過度の同調などの暴走を起こしやすいのです。

 したがって、行き過ぎた同調、服従が生じないよう、チェックする必要があるのですが、それはとても難しい。たとえば、「いじめ」問題を考えてみましょう。長年にわたり、様々な対策が講じられてきましたが、なかなか解決できない。それは「いじめ」の根底にあるのが、まさに同調性の問題だからです。

 「いじめる側の論理」を分析すると、そこには、集団への同調性が低いとみなした人間の排除、制裁、つまり主観的には「正義感情」に基づいていることが少なくありません。それは「集団の維持」という人間の生存条件と強く結びついているために、「いじめ」の被害を軽減することはできても、「いじめ」をなくすことはおそらく不可能でしょう。

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