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米国のパリ協定離脱宣言がもつ教育効果:なぜ自分の利益だけを追求してはいけないか

6月1日、米国トランプ大統領はパリ協定からの離脱を宣言しました。2015年、国連で締約されたパリ協定は、世界各国に温暖化防止のための取り組みを求めるものですが、トランプ大統領にいわせると、これが米国経済にとって大きな悪影響をもたらすといいます。いわば、米国を地球環境より優先させたといえます。

今回の出来事は、トランプ氏の支持者や、トランプ氏との関係改善を望むだけでなく天然ガス輸出に利益をもつプーチン大統領などを除けば、ほぼ世界中から批判の対象になっています。

ただ、そこで敢えてポジティブな意味を見出すとすれば、「『自国第一主義』はどこに問題があるか」、あるいは「なぜ自分の利益だけを追求してはいけないか」を説明するのに、これ以上ない教材を提供してくれたことがあげられます。

自国第一主義の加速

念のために確認すれば、トランプ氏のパリ協定離脱宣言は、これまでになく「米国第一」が鮮明です。

温暖化問題に関して米国は、今回のパリ協定離脱に先立って、2001年に京都議定書から離脱した「前科」があります。当時のブッシュ政権は、既に温室効果ガスの大排出国になっていた中国など開発途上国に削減義務がないことが「不公正」だとして自らの立場を正当化しました

これに対して、中国も削減義務を負っているパリ協定からの離脱において、トランプ大統領はただ「米国にとって不公正」というだけです。

パリ協定離脱に関して、ホワイトハウスは「トランプ氏が温暖化対策そのものを否定したわけでない」と釈明しています。しかし、何が不公正かなのかすら明確にしないままに、ほぼ全世界が参加する枠組みから一方的に離脱を宣言したことは、温暖化対策のためのコスト負担そのものを忌避していると言われても仕方ないでしょう。そこからは、米国の「自国第一主義」が、その方針が「一国主義」と呼ばれたブッシュ政権時代より、増幅していることを見出せます。

パリ協定からの離脱は、米国内で支持がゼロでないからこそ成立します。トランプ大統領の決定は、米国の石油・天然ガス開発だけでなく、自動車(電気自動車を除く)や鉄鋼などの重厚長大型産業からは支持されやすいものです。米国のこれらの関連企業は、省エネ技術を発達させてきた日本やヨーロッパ企業に比べて、温暖化対策にビハインドがある一方で、伝統的に政治資金を通じて米国政界に大きな影響力を持ってきました。その意味で、パリ協定からの離脱は、国内政治の文脈においては、合理性がないわけではありません。

利己心の最大化はなぜ抑えられるべきか

一般論として、「それぞれの国が自国の利益を追求することは当たり前」ということは可能です。これは一見したところ分かりやすいですし、また人間の利己性を考えれば、当然ともいえます。さらに、自分のスランプの原因を外部に求めたがることも、人間的といえるかもしれません。

しかし、個々が自分の利益のみを追求すれば、全体にとって最悪の結果をもたらしがちです。これは経済学では「集合行為のジレンマ」と呼ばれます。

例えば、誰しも税金は払いたくありませんが、公共サービスを受けたくないと思う人もほとんどいません。もし、個々人が「個人の利益」を最大化するために税金を納めなければ、公共サービスは全てなくなり、全体にとって最悪の結果に行き着きます。

国際政治において、「集合行為のジレンマ」が最も象徴的に現れるのが、地球温暖化をはじめとする環境問題です。

どの国にとっても、快適な環境は望ましくても、省エネなどそのためのコスト負担は避けたいところです。そのため、各国にとって一番(自分の利益を最大化させるという意味で)合理的なのは、「自分の国は規制のためのコストを負担せず、他国が温室効果ガスの排出を制限すること」です。しかし、全ての国が「自国の利益」のみを考えれば、地球温暖化は止まりません。それは全人類的に「最悪の結果」といえるでしょう。

世界にタダ乗りする米国

パリ協定からの離脱は、全体にとってだけでなく、米国にとっても不利益をもたらします。それは信頼や認知度の低下という不利益です。

全体の取り組みによって得られる利益を享受しながら、全体のためのコストを負担せず、自分の利益だけを追求する者はフリーライダー(タダ乗り)と呼ばれます。フリーライダーが蔓延すれば、全体の努力が無に帰す恐れがあります。

そのため、「集合行為のジレンマ」の考え方を打ち出したオルソンによると、フリーライダーを生まないようにするためには、何らかの強制と、お互いの監視が不可欠になります。地球温暖化問題に関していえば、パリ協定で各国に課される排出削減の目標と、その実施に関する定期的な報告が、それにあたります。

今回の決定で、米国は温暖化防止のためのコストの分担を拒絶しました(独自の取り組みの成果を期待できるなら、そもそもグローバルな取り決めは必要ない)。しかし、その一方で、各国が温暖化防止のための取り組みを進めれば、その成果を米国も享受することになります。つまり、トランプ大統領はパリ協定からの離脱を宣言することで、温暖化問題において「米国がフリーライダーになる」と宣言したに等しいのです。

極小の貧困国ならまだしも、名誉ある地位にある国が、全体を維持するためのコスト負担(それがどの程度の割合かはともかく)を拒絶しながらも、自分の利益のみを得たいというのであれば、トラブルメーカーとみなされても文句はいえません。少なくとも、外部からの評価でいえば、トランプ大統領が好んで口にする「米国をもう一度『偉大な国』にする」という言葉の実現は、今回の決定だけでも、何歩も後退したといえるでしょう。

米国のタダ乗りは中国の存在感を高める

いかに大きな力を持っていようとも、その立場に相応しい振る舞いをしないリーダーは、大きな力を持っているがゆえになおさら、フォロワーからの信頼を得にくくなります。現状の米国は、まさにそれです。そして、そのことは、既にロイター通信などで取り上げられているように、結果的に中国の利益にもなり得ます

中国は、開発途上国として、京都議定書では温室効果ガスの削減義務を免除されていましたが、パリ協定では削減義務を負っています。中国の歴代政権は、環境、人権、貿易・投資など、欧米諸国主導の国際的な取り決めやルール作りに批判的な立場を貫いてきました。しかし、習近平体制のもとで中国は、むしろグローバルな課題設定やルール作りに積極的に関与することで、国際的な指導力を伸ばす方針に転じています

さらに、パリ協定では開発途上国が温室効果ガス排出削減を進めやすくするための技術協力なども定められており、(その技術水準は先進国ほどでないにせよ)中国はこの分野でも海外進出の加速を図っています。この分野から米国企業が消えれば、その間口は、さらに広がるとみられます。

こうしてみた時、パリ協定から米国が離脱することは、中国にとって、環境分野における存在感を高める機会が転がり込んできたことを意味します。言い換えると、今回の決定は、中国の目からみて、いわば大きな「敵失」と映ることでしょう。中国が国際的な認知度や指導力を高めることを、我が事のように喜ぶほど、トランプ氏が博愛主義者とは思えません。

「得して損する」選択

これらに鑑みれば、トランプ氏のパリ協定離脱宣言は、極めて狭い意味での「国益」を優先させた結果、世界全体にとっての損失となるだけでなく、米国自身の長期的な利益をも損なうものといえます。

損して得とれ」という古い格言があります。短期的にはマイナスとなるような仕事でも、それを元に信頼を培ったり、経験値を高めることで、長期的なプラスに繋げればよいという考え方です。

少なくとも今回の場合、トランプ氏はこれとは正反対に「得して損する」という選択をしたと言わざるを得ません。これは、短視眼的な「自国第一主義」が、かえってその国にとって長期的な利益を損ないがちであることを、端的に示す例といえるでしょう。このように「なぜ自分の利益だけを追求してはいけないか」をこれ以上なく説明しやすい教材を提供することを意図していたとするなら、トランプ氏はまさに「偉大な」教育者とさえいえるのかもしれません。

※Yahoo!ニュースからの転載

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