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10年前のmp3に似てる書デジ

3省が集まって電子書籍について議論している。電子書籍のフォーマットについて世の中的にはePubでまとまりつつあるが、SONYとAppleではDRMが違い保護されたコンテンツについての互換性がない。どの端末もDRMのかかっていないPDFは読めるが、文字の大きさに応じて流し込みを変えることはできない。日本語処理ではルビ、禁則、縦中横の扱い等に課題があるし、マンガを美しく表示するにはベクタグラフィクスも欲しい。

そういう意味じゃ電子書籍の規格が分断していることによる問題は確かにあるけれども、役所が乗り出したところで音楽の時のように特許の藪が絡んだDRMの一本化までは望むべくもなく、実際のところ何をどう統一しようとしているのかが見えない。理論上はDECEのようなDRM相互運用性の枠組みを応用すれば、電子書籍でも本棚ポータビリティを実現できる可能性はあり、出版社による協力の必要な領域ではあるのだが。
総務省、文部科学省、経済産業省の3省が電子書籍の規格統一に乗り出した。3月17日に共同で「デジタル・ネットワーク社会における出版物の利活用の推進に関する懇談会」を開催。出版業界の代表者らを集め、電子書籍をめぐる問題について意見を聞いた。今後も議論を続け、6月までに意見を取りまとめたい考えだ。
電子書籍の規格統一へ政府が意欲、出版業界の代表らを集めて懇談会を開催:ニュース - CNET Japan
実は現時点でトップシェアのAmazonだけ今のところMobipocketで独自路線をいくが、Kindleだけでなく各プラットフォーム向けにリーダーを出しているし、MobipocketもePubも同じWebベースの技術なので中身もコンセプトも大して変わらず、遠からず実質的には合流するのではないか。ePubは音楽に於けるmp3のような存在になりつつある。

こう書くと「日本は囲い込み志向で標準化に弱く云々」という議論になりがちだが、IDPFの策定しているePubがシェア半数も持たないデファクト標準に過ぎないのに対し、日本企業が推進してきたBBeBやXMDFはIEC TC100で国際標準となっている。携帯電話の出荷台数を考えると、KindleやSONY Readerよりもケータイに載ってるXMDFリーダの方がインストールベースは大きいかもしれない。使われているかは別として。

だいたいKindle自体ベソスがSONYのLIBRIeに刺激されたといわれているし、確かに5年前のLIBRIeと現在のKindleのデザインはあまりに似ている。Kindleはコンテンツのラインナップと戦略的な価格設定、ケータイ網を使った同期で一気にトップシェアへ躍り出たが、台数ベースではiPhoneやら近々出るiPadが出るのだろう。しかし、電子ペーパーで書籍の代替を目指す電子ブックと、iPhoneとMacの間をいくiPadは異なるカテゴリーのデバイスとも考えられる。

わたしはiPhoneとKindleを持っておりiPadを買うか悩んでいるが、それは新しいもの好きだからであり、本を読む道具としてはあまり期待していない。もちろんWebや動画をみる道具としてiPadに期待しているし、KindleアプリをいれてKindleでの蔵書を読めるようにしておくだろう。Kindleには辞書としてNOADしか入っていないがiPhoneにはSOEDを入れている。これがiPadでも動くと非常にありがたい。しかしIPS液晶とはいえ長時間の読書で目が疲れないかとか気になる。SONY ReaderやKindleを使っていても、e-Inkの電子ペーパーは素晴らしいデバイスだと感心している。閑話休題。

電子書籍の相互運用性は原則として民民で市場を通じて勝負をつければいいのであって、フォーマット共通化で役所が前に出て何ができるのか。ePubをはじめとした国際規格に対して日本語対応改善にかかる標準化活動の経費の面倒をみてくれるとか、そういう地味な支援には意味がある。オバマ政権が始めているように政府のレポートをPDFだけでなくePubやMobipocketで配っても面白い。国立国会図書館への電子納本も進めるべきだ。教科書のコンテンツを電子化しようとすれば、漢文の組版やら外字の扱いやらePubじゃ手の出ない様々な問題が残っており、積みあがった日本語組版の課題を整理する絶好の機会ではある。にしても「電子書籍の規格統一へ政府が意欲」ではミスリーディングも甚だしい。

自分がKindleを使っていて痛感するのは、今後は本棚ポータビリティやら読書記録のプライバシーをどうするかだ。本棚ポータビリティは僕の造語だが、だいぶ多くの本をKindleで買ってしまったため自分の蔵書へアクセスするために今後もKindleなりKindleアプリの動くプラットフォームにロックインされてしまっている。つまり来夏とかにKindleよりずっと魅力的なSONY Readerが登場したとしても、これまで買った本を無駄にしないためには次のKindleなり、Kindleアプリの動くiPadしか選べない。大きなiTunesライブラリを抱えているが故にWalkmanの方が音が良くても簡単には移行できないのと同じ問題だ。

もうひとつ読書記録のプライバシーは先週スタンフォード大学の図書館長の講演で聞いて知ったのだが、図書館は利用者への貸出履歴を重大なプライバシーとして厳重に管理しているらしいのだが、同じことをAmazonに期待できるかという問題だ。Amazonは利用者がどの本を読んでいるかページ単位で把握しているが、そのデータは何に使われ、何には使われないのか約款を読んでいる利用者がどれだけいるのだろうか。逆に同じ本を持っている友達、近いページを読んでいる友達と繋がれば、これまでになく濃い読書コミュニティを形成できる可能性もあるけれども。ライフログとしての読書履歴をどう管理するかの議論はまだ煮詰まっていない。

書き手としては他にも参入コストが下がって店頭など物理的な制約が取っ払われる中で、コンテンツの対価は下がっていくだろうし、それを補うような書籍をプロモーションと割り切る著者も増えるだろうし、世知辛い世の中になるなという懸念もある。とはいえWeb登場時にも似たような議論はあったが、ネット系の媒体で書いていても原稿料の水準は紙の時代と比べたってそう悪くはなっていないから、どこまで原稿料が市場圧力を受けるかは読み切れない。とはいえ初版部数なり在庫のリスクがなくなった場合に、時間をかけて作家を育てるよりはネットで受けているものを再生産するケータイ小説の類が増えるだろうか。

個人的には英語の勉強も兼ねて和書よりも洋書を読もうとするようになったかな。翻訳より原著が安くて早いからね。これまで目が飛び出るような為替レートで大きな街にしかない洋書屋から買わなきゃならなかったのが、Amazonでぽちっとなした瞬間に無線経由でKindleにプリロードされるのは中毒になる。しかも紙の本と違って嵩張らずビジュアルに訴えないせいもあって積読が増える。もったいないくらい洋書を買ってしまって収拾がつかない。

日本で普段から洋書を読む層がどれくらいいるかは分からないけれども、国内の消費市場も雇用市場も厳しくなる中で、普段から英語で勉強しようって層は増えると思うんだよね。最近はもう朝はBBCのポッドキャスト、それが終わったらIT Conversations、手持無沙汰になるとKindleで"Googled"とか読むとか、そういう生活を送って、日本語文筆家の私にとっては出版もメディアもフラット化してしまうと苦しいぞと考えさせられた。国内出版市場が本格的に縮小する前に、記事やブログも英語で書くことを目指すべきかも知れない。

娯楽としてのコンテンツには地域市場が残り続けるけれども、今以上に智のフラット化は覚悟すべきだろう。それは出版社にとって試練だが、昔から数千部しか出ない学術書なんて大して儲かっていなかった。電子書籍やオンディマンド出版によるサンクコストや在庫リスクの低減は、古き良き出版文化や多様性を守り抜く上で、寧ろ福音となる可能性もあるのではないか。

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