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山口代表「解散総選挙、いつあっても」

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■人道的な国家像を積極的に推し進めたい

【塩田】今は歴史の中でどんな時代と受け止めていますか。

【山口】未曾有の高齢化・少子化が進む時代です。人口構造の大きな変化の下で、高くなった生活水準を維持し、極端な低下を招かないようにしなければなりません。いずれこの構造がもう少しノーマルなものに変化していきますが、長い時間がかかります。大きな視野、長い目で対応していくことが大事です。他方、資源も乏しく、領土も小さい日本が国際社会の中で共存していけるように、尊敬を集め、範を示していける国にしていかなければならないと思います。人道的な国家像、国柄を積極的に推し進めていきたい。

【塩田】政治家としてこれだけは達成しておきたいという目標は。

【山口】個人として長年、対人地雷の除去活動に取り組んできました。当選まもない頃、カンボジアやベトナムに行ったとき、ベトナム戦争や内戦で、地雷に被災する人が大変多かった。日本の技術で何とか取り除けないかと思い立ちましたが、誰も関心がないし、実際に手をつける人がいなかった。1期6年の参議院議員になって腰を落ち着けて取り組めると思ったとき、地雷の製造保有を禁止するオタワ条約ができました。ですが、実際には地雷の除去作業は誰もやっていない。日本の建設機材を活用・応用して除去機をつくろうということで予算を設けてもらった。対人地雷に限って、人道的な機材だから武器の対象から外して、日本で開発した地雷除去機を輸出できるようにした。日本のメーカーが熱意に共感して、開発に力を入れてくれた。カンボジアで除去が進み、アフリカのアンゴラ、モザンビーク、南米のニカラグア、コロンビアなどの地雷汚染国に対する日本の支援を広げています。ライフワークとして続けていきたいと思っています。

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山口那津男(やまぐち・なつお)
公明党代表
1952(昭和27)年7月、茨城県那珂郡那珂湊町(現在のひたちなか市)で生まれ、日立市で育った(64歳)。父は日立市天気相談所長、母は小学校教員。茨城県立水戸第一高、東京大学法学部卒。79年に司法試験に合格し、82年に東京弁護士会に弁護士登録。88年に日本弁護士連合会に出向する。90年2月の総選挙に旧東京10区から公明党公認で出馬して当選(以後、衆議院議員2期)。94年12月、公明党解党で新進党の結党に参加する。96年10月と2000年6月の総選挙で連続落選し、5年のブランクを経て01年7月の参院選で東京都選挙区(当時は定数4)から公明党公認で出馬して当選し、政界復帰を遂げた(現在、参議院議員当選3回)。04年に公明党参議院政策審議会長、08年に党政務調査会長に。09年9月、総選挙で落選した太田昭宏代表(後に国土交通相)の後任の代表となる(現在、5期目)。趣味は音楽鑑賞とカラオケ。中学時代はトロンボーンの奏者。1女2男の父。

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(作家・評論家 塩田 潮)

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