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「渡仏15年」辻仁成が東京に戻らない理由

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■パリより東京のほうが怖いのでは?

――世界的に移民に対して厳しい視線が向けられている時代ですし、2015年の同時多発テロで大勢の死傷者が出たパリは、幾度となくテロのターゲットにもなっています。そうした住環境に対する不安はありませんか?

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【辻】それはあまり関係ないです。テロはピンポイントでしか起きませんけど、核ミサイルの危険にさらされた日本のほうが怖いという感覚を欧州人は持っていますよ。ミサイルが怖くて韓国でのコンサートをキャンセルしたミュージシャンが話題になっていました。大地震も来るかもしれませんし、怖さはどこも同じじゃないですか? 皆さんパリというと「テロの危険」とおっしゃるんだけど、フランス人は、テロがあったあともそのカフェに行くぐらい、自由に対する強い意志がある。そういうのを見ていると、この国は大丈夫だなと思います。

――仕事の場としてはいかがですか? パリのほうが創作活動に向いているのでしょうか?

【辻】いやぁ、もう撤退できないだけで(笑)。僕自身はシングルファーザーになった時点で日本に戻ろうと思ったんですけど。息子と話し合って、「今は全部は変えられない」って彼が言うので、「そうだね、学校を出るまでパリでがんばろう」って話をしています。フランスの大学に行ってくれたら、学費がタダなんです。高校、中学、小学校と学費は全部無料です。給食費しかかからない。子どもの教育や文化は社会的に保障されているんです。

――立ち入った質問なのですが、辻さんはどのような種類のビザで15年という長い期間、パリに居住されていらっしゃるのでしょうか?

【辻】数年前に10年間有効の居住者カード(carte de résident)を取得しました。僕は映画監督や小説家が所属するフランスの職能団体に入っています。10年カードは自動更新なので、真面目に生活をしていれば自動的にパリで暮らすことができます。政権が代わればわかりませんが、マクロン政権下では大丈夫でしょう。

日本も含め、ビザの問題は非常に複雑で大変です。弁護士さんとこの15年、一緒に頑張ってきました。しかし、右傾化する欧州で今後日本人が生活をしていくのは簡単じゃないでしょう。それだけの覚悟と目的がしっかりないとやっていけないかもしれませんね。

■シングルファーザーになったことに感謝している

――Twitterやレシピ本などで、辻さんのおいしそうな料理の写真を目にする機会が増えました。主夫として子育てもしながら、映画作り、小説の執筆、海外に暮らす日本人の物語を集めたWebマガジン「Design Stories」の主宰など、創作活動も精力的に行われています。シングルファーザーになって、働き方の部分で変わったことはありますか?

【辻】仕事部屋を食堂に移したくらいですかね。息子はよく食べるので、メニューは煮込み料理が多いんです。グツグツグツ……という音を聞きながら仕事をしていて、吹きこぼれそうになったときなんかは、すぐお鍋を見られるので一石二鳥です(笑)。

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dancyu 2017年6月号に登場。息子のために作ったドライカレー弁当のレシピを公開中。

シングルファーザーになってよかったなと思うことが1つあって。生きることへの励みができたんですよ。今までの自分は仕事の虫だったけれど、“息子ファースト”に変わったんです。仕事場を食堂に変えて、子育て中心に全部シフトして。そうしたら、仕事にも張り合いが生まれました。

この『TOKYOデシベル』という映画も子育てをしながら撮ったんです。現場にはいつも息子がついてきて、お弁当の買い出しなどを手伝ってくれました。彼自身も勉強になるし、僕も励みになる。だから、(日本での)仕事は全部夏に集中するんですよ。『TOKYOデシベル』の撮影も夏、その前に撮った映画の撮影も夏、舞台も夏、コンサートも夏。息子の夏休みが2カ月あるので、連れてきて一緒に回ります。

――食堂で料理をしながら仕事というのはちょっと意外です。勝手なイメージですが、小説を執筆されるときは何事にも邪魔されず、集中できる環境が必要なのかなと思っていました。

【辻】人によるでしょうね。僕も昔はそうだったけど、今は子どもを育てていくことがすごく大事だと思っているので。子供を託されたわけですから、せめてこの子をきちんと育てることをやってみようかなって、それも自分の使命なんだろうなって。だから、今はこのシングルファーザーという仕事を与えられて感謝しているというか、やり遂げてみようかなっていう気持ちになっています。

■世界一うまいフレンチトースト

――映画『TOKYOデシベル』は、一人で娘を育てる大学教授が主人公です。原作小説の主人公は独身男性でしたが、ご自身の生活の変化が作品に反映されているのでしょうか?

【辻】映画はたまたまなんです。原作に出てきた主人公の友だちの子どもの設定を変えただけで。でも、言われてみたら確かにそうですね。自分の生活と近いことを書くほうがリアリティはありますからね。

そういえば、この映画の現場で、フライパンを焦がすシーンを撮影しながら、みんなで「これ、何かのシーンに似てるな……『クレイマー、クレイマー』(※)じゃん!」って言ってたことを思い出しました。

※『クレイマー、クレイマー』:1979年の米映画。家庭を顧みなかった主人公が、妻に出て行かれたことで、家事や育児に奮闘し、息子との絆を深めていく。

――有名な、フレンチトーストを作るシーンですね。

【辻】このあいだ、息子と一緒にフレンチトーストを作ったんですけど、おいしいんですよ、うちのフレンチトースト。厚切りのパンに、卵をひたひたに浸すんです。中まで全部、卵を入れちゃう。

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辻家のフレンチトースト(辻仁成さんのInstagramより)

――フランスでは、「フレンチトースト」のことを何て言うんですか? フレンチトーストではないですよね。

【辻】「パンペルデュ」と言います。ペルデュは「失う」という意味です。要するに、硬くなってもう食べられないパン、失われてしまったパンを復活させる目的で始まった、捨てなきゃいけないようなパンを再利用するために生まれた料理なんですよ。

――日本の若い女性たちが、パンの再利用の料理のためにお店で行列を作っていると思うと、なんだかちょっとおかしいですね……(笑)。

【辻】そうなの?

――はい、フレンチトースト、今すごく人気なんです。

【辻】そうなんだ。たぶんね、僕のフレンチトーストは世界一うまいと思いますよ。ブリオッシュで作るんですけど、ほんとうまいから! ぜひ「dancyu」さんにもそう言っておいてください(笑)。

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辻 仁成(つじ・じんせい)
1959年、東京都生まれ。1980年ロックバンド「ECHOES」のボーカリストとしてデビュー。バンド解散後はソロ活動へ。1989年『ピアニシモ』ですばる文学賞、 1997年『海峡の光』で芥川賞、1999年『白仏』で仏フェミナ賞・外国小説賞を受賞。 多数の著書を持ち、世界各国で翻訳されている。 映画監督としては1999年、劇場公開初作品となる『千年旅人』を第56回ヴェネツィア国際映画祭・批評家週間に出品。『TOKYOデシベル』は9本目の監督作。現在、詩人、ミュージシャン、映画監督、演出家として多岐にわたり活躍。Webマガジン「Desig stoties」を主宰。http://www.designstoriesinc.com/

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(ライター 新田 理恵)

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