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(6/3追記)前川元次官はなぜ暴走しているのか?経歴から読み解く

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(6/3追記あり)

ども宇佐美です。
今回は最近噂の元文科省次官の前川喜平さんの話です。

さて官僚(に限ったことではないかもしれませんが)がどのような仕事をしてきたかを見るには、その経歴をみればおおよそ予測がつきます。そんなわけで前川さんの経歴を見て見ますと圧倒的に教育畑が長いことが見て取れます。

  • 1979年4月 - 東京大学法学部卒業、文部省入省
  • 1986年9月 - 宮城県教育委員会行政課長
  • 1989年2月 - 在フランス大使館一等書記官
  • 1992年3月 - 文部省官房政策課政策調査官
  • 1993年4月 - 官房政策課政策企画官
  • 1994年6月 - 与謝野馨大臣秘書官事務取扱
  • 1995年10月 - 教育助成局財務課教育財務企画室長
  • 1997年7月 - 文化庁文化部宗務課長
  • 1998年7月 - 高等局主任視学官兼中央省庁等改革推進本部事務局参事官
  • 2000年6月 - 文部省教育助成局教職員課長
  • 2001年1月 - 文部科学省初等中等教育局教職員課長
  • 2001年7月 - 初等中等教育局財務課長
  • 2004年7月 - 初等中等教育局初等中等教育企画課長
  •  ???  大臣官房総務課副長、総務課長(6/3追記)
  • 2010年7月 - 大臣官房総括審議官
  • 2012年1月 - 官房長
  • 2013年7月 - 初等中等教育局長
  • 2014年7月 - 文部科学審議官(文教担当)
  • 2016年6月 - 文部科学事務次官
    2017年1月20日 - 文部科学次官退任
  • 2017年3月 - 就職先あっせんの口利きが発覚して停職相当の懲戒処分が下る

青文字にしたポストは直接的に教育を主管するポストですが、1995年以降は全体調整を担当する官房総括審議官と官房長にいた時期と文化庁にいた一年以外はほぼ一貫して教育畑の枢要ポストを努めていたことが見て取れます。特に初等中等教育局が長く、おそらく省内では「初等中等教育行政のドン」と呼ばれる立ち位置だったと推測されます。

他方以下は文科省の組織図ですが、一連の加計学園の国家戦略特区関連の事案は主として大学制度を担当する、高等教育局が扱う案件であったことから、前川氏の主戦場とはすれ違っています。

リンク先を見る

個々の省庁の官僚組織というのは、次官がトップダウンで物事をきめるというよりもボトムアップの議論が政策決定にあたって重視されますから、おそらく今回の加計学園の事案でも前川氏は前面に立って物事を判断するような立場ではなく、むしろ高等教育局長の判断を尊重して決裁するような立場だった思われます。そうした立場の前川氏が今回加計学園の問題について声高に政権を批判するのは、かつてエネルギー政策をほぼ担当したことがない古賀茂明氏が原発政策をだしに経産省を糾弾した構図とやや似ています。

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