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「勉強の哲学」vs.「七回読み勉強法」 - 千葉雅也(哲学者)×山口真由(元財務官僚)

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欲望年表で「こだわり」を探そう

千葉:精神分析めいたことをいうと、「七回読み」は、テクストからまず意味をはぎ取り、自分に丸ごと転写することで、そのテクストへの理解を深めていく方法ですから、山口さんは家族や結婚、親子関係についても、同じ欲望に衝き動かされているのかもしれませんね。

今、山口さんの口から「不必要に細かい話」が出てきたことに驚きました。山口さんが、ハーバードで発見した「こだわり」こそ、まさにぼくが『勉強の哲学』で、「自分ならではの享楽的こだわり」と名づけたものです。「勉強」とは新しい言葉の習得だと先にいいましたが、その言葉と出会う過程で、必ず「自分ならではの享楽的こだわり」が現れてきます。そして、それはひとがこれまでの人生で出会った他者との間に生起した「出来事」と深いかかわりを持っています。何が「こだわり」や「出来事」になるかは、勉強をはじめてみないことにはわからないし、常に変化しています。

たとえば、ぼくは高校生のとき、親から弁護士になれと勧められました。まったくその気にはならなかったのですが、ぼくの哲学は、すごく相対主義的で、哲学でも社会学でも数学でも、それぞれの立場を行き来して、どの味方にもなりたいし、なれると思っています。それって実は、結局、どんな立場の人間でも弁護できる、という弁護士の理念型に一致しています。今なら「弁護士になったら」という親の勧めも、ぼくの人生の「出来事」の一つだと考えることができます。でも、それは親に勧められたから、そうなったという「必然」や「運命」ではありません。

現在の「こだわり」を生み出している「出来事」として、何を見出すかは、今の自分次第で変えられるのです。でも、何が「こだわり」や「出来事」になるのかは、無意識に問い尋ねなければなりません。『勉強の哲学』では、それらを無意識から浮かび上がらせる方法として、「欲望年表」という自己分析法を紹介しています。読者のためにぼくの「欲望年表」のごく一部を『勉強の哲学』から引用しておきましょう。

1994 中学卒業、宇都宮高校入学
美術の課題で、地元の美術館の展覧会についてレポートを書く。
高校一年か二年で、ドゥルーズとガタリのことを知る。『コンサイス20世紀思想事典』を読んだ。
1995 阪神淡路大震災、地下鉄サリン事件、『新世紀エヴァンゲリオン』
高校二年のときに、自宅にインターネットが入り、深夜の匿名チャットにハマる

といった具合です。

この「欲望年表」から、「こだわり」やそれを生み出す「出来事」が何なのかを探っていくのです。たとえば、ぼくはドゥルーズというフランスの哲学者を研究していますが、美術からドゥルーズに興味が拡がったのは、高校二年のときに出会ったインターネットがきっかけです。また、この年表によって、ドゥルーズは自由に雑草のように広がる関係を「リゾーム」という概念で表現しましたが、ぼくのなかでは、それとチャットで見知らぬ人とつながる体験は、どうやらつながっていることがわかりました。

長々と「自分ならではの享楽的こだわり」について語ってきましたが、なぜ、それが勉強にとって非常に重要かというと、それがないと勉強はきりがなくなってしまうからです。なぜ、そうなるか。それはあるテーマについて勉強を始めると、決して到達できない究極の真理を求めていったり、一つのテーマから他のテーマに際限なく目移りしてしまうことがよく起こるからです。

このことに気づくと、勉強を成立させるには、その「有限化」が必要なことがわかります。「有限化」とは、勉強の範囲を絞り、仮の結論に至ったら、勉強を「中断」することです。でも、どこで「有限化」したらいいのか。そのとき頼りになるのが「自分ならではの享楽的こだわり」なのです。それが勉強を際限ないものとせず、仮に「中断」しながら進めていく助けになってくれます。そして、「欲望年表」による自己分析は、この「こだわり」を探る手がかりを与えてくれるでしょう。

今日はお互いの勉強論を交わすうちに、期せずして互いの「欲望年表」を語ることになりましたね。

山口:それを通じて、それぞれの「こだわり」を再発見することができたように思います。

ちば まさや 1978年栃木県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科超域文化科学専攻表象文化論コース博士課程修了。博士(学術)。現在は立命館大学大学院先端総合学術研究科准教授。著書に『動きすぎてはいけない』(河出書房新社)など。

やまぐち まゆ 1983年北海道生まれ。2006年、東京大学法学部を首席で卒業し、財務省に入省。09〜15年、弁護士事務所勤務。現在は、東京大学大学院法学政治学研究科博士課程に在籍。著書に『ハーバードで喝采された日本の「強み」』(扶桑社)など。

<もっと言ってはいけない脳 と心の正体>
「自分」「心」「生きる意味」―これまでの常識は通用しない

●言ってはいけない新幸福論 橘玲

×安藤寿康 「心」はどこまで遺伝で決まるのか
×大竹文雄 経済学は人を「幸せ」にできるか
×池谷裕二 脳の「無意識」を鍛えろ

<明日からできる 脳力10大活用術>

●中野信子 サイコパスだけじゃない 危険な脳の扱い方

●一万人の脳画像でわかった 四〇歳からの脳の鍛え方 加藤俊徳

●脳科学的に正しい「もの忘れ」予防術 澤田誠

●「やる気脳」で中年の危機を脱出せよ 澤口俊之

●やる気を引き出す「最強ルーティン」をつくる 堀田秀吾

●「うつ」になる前に 5分でストレス自己採点 夏目誠

●宇宙飛行士に学ぶストレス対処法 緒方克彦 

●メンタル・トレーニングがスポーツを変えた 生島淳

●テンションが上がる心理学 妹尾武治 

●行動経済学が教える 損しない感情コントロール術 友野典男

●「感情」が鍵を握る モチベーションを高める経営学 入山章栄

●通勤中にもできるマインドフルネス実践講座 川野泰周

●グーグルが本気でマインドフルネスに取り組む理由

●アドラー心理学でうつと戦う 岸見一郎

●なんで勉強するの? 「勉強の哲学」VS.「七回読み勉強法」 千葉雅也×山口真由

●進化論から考える「心」の誕生 長谷川眞理子

●日本人よ、「びくびく」生きるのはもうやめよう 山岸俊男

●ホロコーストの謎に挑んだ心理実験 岡本浩一

●腸と脳の密接な関係 福土審

●性戦略とヒトの進化 坂口菊恵

●実は合理的!?ゲーム理論で解くトランプ戦略 吉野太喜

●ポスト・トランプ時代の政治 堀内進之介

●ナショナリズムが「狂気」を生み出す 土佐昌樹

●山内昌之×佐藤優 大日本史⑥ 二・二六事件から日中戦争へ

●特別講義 土地を知れば日本史がわかる 本郷和人

●テロ対策の権威が警告! 北朝鮮危機の本質 ボアズ・ガノール×佐藤優

文藝春秋SPECIAL 2017年夏号

文藝春秋 (2017-05-26)

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