- 2011年11月17日 12:00
株式非公開のすすめ
企業が不明朗会計などの不祥事を摘発されると、とたんに株価が急落して話題になる。製品が優秀で国際競争力が充分であっても、経営体質が問題にされて、会社の存立そのものが揺らぐような事態になるのだから、経営者の責任は重いと言わなければならない。それはその通りなのだが、最近の株価動向を見ていると、株価は本当に企業を評価する物差しになっているのか、疑問を感じることが多くなってきた。
株式投資とは、本来は多くの人が企業の目的に賛同して経営に参加し、利益が上ればそれを分かち合うことが基本だった。株式を市場に上場して、広く一般の人々が買えるようにしたのもその延長で、企業は直接に不特定多数の人々から資金を集められるというメリットもあった。しかし今や、そんな建前とは別な思惑で取引される株の方が圧倒的に多いだろう。
言わずと知れたことだが、株の売買は、株価の上下で利ざやをかせぐギャンブルになった。外国人投資家も入っているから、日本株の評価も公正とは思えない。ニューヨークの株価をなぞって上下している間に、異常な安値圏に落とされた上、さらに暴落などと脅されている。そのうち安値にしておいて敵対的買収などが始まらないかと心配になる。
株式会社は株式公開が義務ではない。日本でもロッテ、サントリー、出光、竹中工務店などの有名企業が株を非公開にしている。ファスナーで世界制覇しているYKKも同様である。株を市場で売らなくても、希望者がいれば会社の承認のもとに株を売ることはいくらでもできるし、金融機関からの融資にも何の問題もない。不安定な株主がいないことは会社を安定させ、経営者は社外の雑音を気にしないで経営に専念できる。
株を東証第一部に上場するというのは、これまでは会社の「出世コース」だった。潤沢な資金が調達でき、会社の知名度が上り、創業にかかわった人たちは株価上昇による莫大な利益を手にした。その他、株価分割といった「錬金術」で驚くべき財をなして有名になった人もいた。
しかし、投機資本が荒れ狂う現在の株式市場に会社の評価を任せておいていいものだろうか。企業の社会的役割と責任を自覚し、自社の経営に自信のある経営者なら、この際、株式市場から撤退するという選択肢もあるのではなかろうか。小さな株式会社を二つ作った経験しかない私だが、もしも自分の会社が大きくなっていたとしても、そんなふうに考えるのではないかと思っている。



