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- 2011年11月17日 10:57
「過剰な社会保障が負の連鎖を生んだ?」在英ジャーナリストが語る英国暴動の正体
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英国で起きた暴動の様子を語る在英ジャーナリストの小林恭子氏(BLOGOS編集部・安藤健二) 写真一覧
英国と日本では社会を覆う空気感がまったく違う
―小林さんのブログを拝見していると先日英国で起こった暴動に対する認識が現地と日本ではかなり食い違っているように感じました。日本の報道では、高い失業率に不満をもった若者の暴動という側面が全面に出ていましたが、現地ではそもそも"若者の道徳観の欠如"という部分が強調されたようですね。
非常に説明が難しいですが、まず英国には日本にはあまりない感覚があると思います。
最初に非常に大きい話をさせていただくと、イギリスでは第2次大戦後の1950~60年代に可処分所得が増えて、中流階級の層が拡大していきました。その中で、政治家や親という権威を持った存在への敬意(=リスペクト)が薄れていきました。それに伴い、権威を"風刺"するテレビやラジオの番組が続々と放送されました。つまり以前と比べて"ゆったりとした"、"道徳的にルーズな"社会というものが生まれてきたのではないかと思います。
それは60年代以降もずっと続いてきて、現在でも政治家などに代表される権威に対する敬意は減少していますし、社会規範を順守しようとする気持ちも日本と比べたら、やや低い。ですから、例えば店舗にあるものを勝手に盗むことが良いというわけではないのですが、実際にそれをやることに対する心理的ハードルが下がっている。あるいは、デパートやスーパーで、品物がどこにあるかを聞かれた店員があくびしながら応えたりする。顧客サービスに対する取り組み方も違います。社会全体が日本よりももっとゆったりした状態にあるんです。
また、日本なら○時からミーティングということであれば、その時間に合わせてきっちり始まりますけど、英国であれば"ちょっとぐらい良いや"という感じなんですね。そういう規律がしっかりと機能しない、"ルーズでリラックスした"社会状態というのがヨーロッパ全体にあったように思うんです。だから、まず社会に対する意識や空気感が日本とはまったく異なるということを理解する必要があると思います。
加えて1950年代以降は、第2次大戦で減少した労働力を補うためにかつての植民地であるジャマイカなどから多くの移民を受け入れるようになりました。人種についても白人だけではなく様々な人種、価値観の人が入ってきました。価値観も多様で日本と比較すると規範が緩い社会になっているんです。
さらに、これは英国だけではなくヨーロッパ全体にいえることですが、日本と比較すると福祉がしっかりしているんです。高い税金を支払っている分、失業した際や体調を悪くした場合に生活費がある程度支給される。こうした制度が働くことに対する意欲を失わせてしまうケースがあるんです。今回の暴動に参加した人たちの多くは、自分たちに仕事がない、一度刑務所に入った経験がある、自分の両親・祖父母の代から働いていないがそれでも何とか生活できているという層の人々でした。これらは、イギリスで「アンダークラス」と呼ばれている底辺層の人々です。
権威に対するリスペクトが失われた"ルーズでリラックスした"社会の空気感があった。それに加えて、福祉政策によって"働かなくても食べて行ける"、“家族の中で誰も働いた経験がない"といった環境にある人々が存在した。この2つが暴動の前提にあると思います。
いわゆる"アンダークラス"の人々は、社会の中できちんと受け止めてもらえない上にお金を稼ぐこともできない。稼ぐことができなければ、消費活動に参加することも出来ない。そういう風に社会的に"疎外"されていたわけです。
"疎外"といっても、高尚な意味ではなく根本にあるのは"欲しいものが買えない"という単純なものだと思います。"仕事がない“、"親が働いていない"といった理由で欲しいものが買えない。あるいは"いい学校にいけない"、"チャンスが与えられていない"という不満。社会に対して、そういう漠然とした不満、反感を抱えているたちが潜在的にたくさんいたんだと思います。
現地で道を歩いていると、そういう人たちがたむろしていたりするんですね。そして、10年以上前から反社会的行動をする若者たちが問題になっていたんです。具体的には、10~20代ぐらいまでの若者が近所迷惑なことをするわけです。人の家の玄関のベルを押して逃げたりするようなものから路上駐車している車を壊したりですとか、ちょっとした窃盗ですとか。
このような反社会的行動(Anti Social Behavior、 ASB)を取り締まるための「反社会的行動禁止令」(Anti Social Behavior Order=アズボ)が、トニー・ブレア政権の頃、1998年から施行されています。例えば、反社会的行動をした場合、10歳であっても地元紙などに顔写真を公開するといったように。しかし、規制の強化にも関わらずこうした行動はおさまりませんでした。
今回の暴動の直接のきっかけは、トットナムで起きた警察と黒人青年とのトラブルでした。黒人の青年が殺されたことに対する抗議活動の過程で、一部の人が警察車両に火をつけたことで一気に広がったわけです。こうした放火やそれに伴う窃盗がテレビで放映されると、視聴者の中には「うちの近くでもやってる!」と思って暴動に参加する人が出てきます。アンダークラスの人々あるいは中流階級でも不満を持っている人々がフードのついた上着を着て、顔を見えないようにして、いっせいに参加するわけです。
政治的な主張がある暴動であれば、銀行や政府機関などがターゲットになるんですが、今回は自分たちの欲しいものが売っているスーパーであり、スポーツ用品店などが対象になりました。そういったお店に大挙して押しかけて、自分たちが買えないようなものを盗むわけです。
そういう破壊活動というのは、彼らにとってはお祭りのようなものなんです。ストレス解消になりますし、面白い。しかも、暴動の1日目、2日目はそういう活動をしていても捕まらなかった。そうした暴動を想定していなかったので警察の数が足りていなかったんです。10代、20代ぐらいの人たちがfacebookとか携帯で連絡を取り合って、好き勝手なことをやる。誰も止める人がいませんから、それがどんどんエスカレートするわけです。
そこにBBCのようなメディアが来て、目の前で暴動が起きている様子をテレビで流すわけです。報道陣も暴動を止めることはできませんから無法地帯。一方で、その様子をテレビで見た若者たちは、「自分もやってもいいんだ」と思ってしまう。その結果、どんどん広がっていった。基本的にはストレスが発散できて、欲しいものが手に入って、それを制止する人がいないという状況が暴動をどんどんエスカレートさせていったんだと思います。
こうした今回の暴動について、一般の人々は非常に怒りを感じています。例えば、"銀行を救済する政府が悪い"という抗議行動などであれば、ロンドンの中央銀行に出向いて活動するわけです。しかし、今回は地元の商店を襲撃して、自分たちの所属するコミュニティを壊している。監視カメラに、自分たちの子どもが映っているのを見て、親が子どもを警察に自首させるケースもありました。
政治家や学者が主張していたのは、普段社会から疎外されている若者の存在です。この場合、差別ではなくて、"自分の買いたいものが買えない"、"仕事がない"、"消費生活に参加できない"という状態に苛立ちを覚える若者が、その恨みや欲求不満あるいは退屈を紛らわせるようと、面白がって便乗していくような形になってしまった。また、ロンドンの警察はアメリカと違って銃を持っていません。ですから、抑止力として機能せず、初期対応がまずかったことも指摘されています。
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- BLOGOS編集部の独自取材企画



