- 2017年05月10日 16:35
福島における甲状腺がんをめぐる議論を考える――福島の子どもをほんとうに守るために - 服部美咲 / フリーライター
2/2福島の小児甲状腺がん患者は「多発見」
ではなぜ、福島において146人もの小児甲状腺がんが発見されたのだろうか。
まず、甲状腺がんはほかの多くのがんと比べると進行が遅く、小さな甲状腺がんならば生涯健康に影響を与えないことで知られている。また、ごく稀に進行した場合でも、症状が出てから治療をしたとしても予後は良く、死に至ることは滅多にない。
よく比較される例として、甲状腺がん検診を乳がん検診とセットで安価に行えるプログラムを運用した結果、運用前に比べて20年足らずの間に甲状腺がん患者が15倍以上と爆発的に増加し、それに伴って甲状腺がんの治療を多く行った韓国では、しかし甲状腺がんによる死亡率はまったく変化しなかった。(図:韓国における甲状腺検査とがん発見率および死亡率の推移グラフ)
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(’Korea’s Throid-Cancer’ “Epidemic”―Screening and Overdiagnosis Hyeong Sik Ahn, M.D.,et al. )
したがって、この小さな甲状腺がんを潜在的に抱えて生きている人は、実は予想以上に多いと考えられるが、症状がまったく出ない人々は甲状腺がんを疑って診察を受けないため、これまではこれらの人々が甲状腺がんの診断を受けることはなかった。もし全地域全年齢の人々を対象に大規模な甲状腺悉皆検査を実施したとすれば、症状のない人たちにも驚くほど多くの甲状腺がんが見つかってしまうことだろう、というのがほとんどの専門家が一致している現在の見解である。今福島県で起きているのは、この、いわば「多発見」とも表現できる現象と考えられる。
福島の小児甲状腺がんを考えるために重要な二つのキーワードがある。「過剰診断」と「スクリーニング効果」である。
無症状のうちに見つかる小さな甲状腺がんは、患者の健康に生涯にわたって悪影響を与えない場合がある。こうした、いわゆる「無実のがん」が次々に見つかっているという考え方があり、この「無実のがん」に対して、「必要以上の診断を行っている」という意味から、「過剰診断」と呼ばれる。
一方、きわめて稀だが甲状腺がんが進行した場合、なんらかの症状が出て治療することになる。福島の甲状腺検査では、このような「将来的に症状が出て治療するとしても、今のところは症状が出ていない」というごく初期の甲状腺がんを見つけている可能性もある。これは「前倒し診断」あるいは「狭義のスクリーニング効果」と呼ばれ、前述の「過剰診断」とあわせて「(広義の)スクリーニング効果」と呼ばれる。
先に挙げた国際原子力機関と国連科学委員会の見解は、「事故後の福島で見つかった甲状腺がんは『過剰診断』と『スクリーニング効果』による可能性が高い」とも言い換えられる。つまり、福島で起きていることは、「多発」(がんの発症そのものが事故前より増えている)ではなく、「多発見」(もともとあった、もしくはいずれ現れるがんを多く発見している)と呼ぶべき現象なのである。仮に、ほかの都道府県で同じように甲状腺検査を行えば、同じような割合で甲状腺がんが見つかる可能性が高い。
甲状腺大規模検査のメリット・デメリット
いずれ治療すべき甲状腺がんを前倒しで見つけているとすれば、早期発見・早期治療というメリットがある。一方で、過剰診断で見つかる小さな甲状腺がんは、放っておいても生涯健康に影響をもたらさない可能性が高い。
ところが、一般的ながん治療の定石として、がんが見つかった場合はその性格にかかわらず、がんの大きさで一律に判断して手術し取り除くことになるため、甲状腺を切除した場合、甲状腺ホルモンを補充するための投薬を一生続けなくてはならない。また、一度がんの告知を受けると、将来生命保険加入の条件が厳しくなるなどの社会的な不利益を被る場合もある。
検査を続け、スクリーニング効果で甲状腺がんを発見し続けることのデメリットはこれだけではない。現在、甲状腺大規模検査が行われているのは福島だけであるため、検査を続けることで、広義のスクリーニング効果により、福島だけで甲状腺がんと診断される数が記録され続け、その数が発表されるたびに大々的に発信され、これが深刻な風評被害につながるという懸念の声もある。
また、「無実のがん」であるという知識の有無にかかわらず、ガンの告知を受けることそのものが患者に大きな精神的ショックを与える。国立がんセンターによると、がん告知を受けた患者は、往々にしてそのストレスにより適応障害や気分障害(うつ状態)、せん妄(幻覚や不眠など)という状態に陥る。また、家族も不安や自責などの精神状態に陥ることがある。
とりわけ福島の場合、自分の子供が甲状腺がんと告知された場合、母親が「自分のせいだ」と深く落ち込み、精神的に深刻な不調をきたすケースがある。実際、医師を目指す医学生が研修で相互に甲状腺検査をしたときに甲状腺がんが発見される場合も多く、甲状腺がんのほとんどが「無実」であることを十分に知っている医学生ですら、強いショックを受けるという。
「治療を受けるべき甲状腺がんを前倒しで発見できる」というごく稀なケースがある(この場合でも、将来症状が出てから治療すれば予後は良い)というメリットと比較した場合の、検査を受ける子供や母親が被るデメリットの多さを受けて、現状の検査体制を見直すべきであるという意見を持つ専門医も多い。
「私は子供を守りたい」
先日、福島市内で農家を営む30代の母親から相談を受けた。「風評被害も大変だけれど、健康でさえいれば、いずれ商売は持ち直せると信じています。でも、ただひとつだけ心配なのは甲状腺がん。テレビをつけると、甲状腺がんが増えたとかまた見つかったとか、しょっちゅうアナウンサーが怖い顔で言っている。一般人は、がんと聞くだけでどきっとします。テレビは子供も見るから、『自分がいつかがんで死んじゃうかも』と刷り込まれてしまうような気がして、それも心配です。私は、子供だけは守りたいんです」
冒頭の鎌田論考だけではなく、年に数回、県民健康調査が開かれるなど、ことあるごとに、報道ステーション(2016年3月11日放送の特集番組)、岩波「科学」(注4)(注5)、月刊宝島(注6)、東京新聞(注7)(注8)、朝日新聞(注9)、毎日新聞(注10)、あるいはハフィントンポストをはじめとする各種WEBメディアなどがこぞって「福島の子供に甲状腺がんが見つかった」と煽動的に報じる。その多くが根拠とするのは、国連科学委員会が「重大な欠陥がある」とした岡山大学津田敏秀教授による1編の論文である。彼らは、チェルノブイリと同じようなことが福島でも起こると騒ぎ立てる。
(注4)2016年11月号岩波「科学」:「福島県における甲状腺検査の諸問題」
(注5)2016年8月号岩波「科学」:「甲状腺がん172人の現実」
(注6)2014年11月号「宝島」
(注7)2015年10月9日朝刊「甲状腺がんや疑い『全国平均より高率』」
(注8)2016年10月30日東京新聞朝刊白石草氏インタビュー
(注9)2016年12月28日朝刊福島県版「小児甲状腺がん、民間基金が療養費『県外でも重症例』」
(注10)2017年3月24日特集ワイド記事東京夕刊「原発事故後に甲状腺がんになった145人の子供たち 支援いつ打ち切られるか…」
一方、福島では被災3県では突出して震災関連死が多く、復興庁の発表によれば、2016年9月現在、岩手の460人、宮城の922人に対して2086人である。その原因として避難生活下でのストレスなどによる生活習慣病も多いものの、自殺者が多いことも特徴である。福島に住むことで実際に放射線からの健康影響を受けることはないのにもかかわらず、こういった煽情的な報道が繰り返されることによる精神的ストレスを軽視すべきではない。さらに、子供やその家族には、ここまで見てきたような検査によるストレスが加わっている。
甲状腺がんへの不安を煽る報道は「福島の子供を守る」という文言のもとでなされることが多い。しかしながら、こういった極度のストレスが子供に与え続けているストレスを「問題ではない」とするような、いわば新しい「安全神話」が、今なお福島の子供たちを苛み続けている。本当に子供を守るために今必要なこととは、この6年で世界の専門家たちが一丸となって積み上げてきた科学的な知識を学び、勇気を出して検査の必要性を再度天秤にかけてみることなのではないだろうか。(文責/服部美咲)



