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- 2017年05月06日 21:00
安倍総理の9条3項改憲の狙いは安保法制合憲化だ! (前半)
2/23. 新3項の「自衛隊」の解釈が不明なまま改憲が強行される
さて、新3項の「自衛隊」の条文解釈が玉虫色のまま改正原案が発議されることはあり得ないとご説明しましたが、間違ってもこれで「なんだ、結局は国民が判断して決めることができるんだ」と安心してはなりません。 安倍政治の下では、「国民の皆さんに改正原案の解釈が明らかにされないままに、国民の皆さんが改憲の国民投票に駆り出される」という法の支配・立憲主義に反する改憲が強行される空前絶後の事態も十分にあり得ます。恐らく、安倍総理はこれを狙っているのだと考えます。
それは、自民党の改正原案の提案者が「安保法制が違憲かどうかは最高裁が決める。新3項は安保法制の合憲・違憲には関知しておらず(それは、1項・2項の解釈のみで決まる)、自衛隊の存在の明記だけを行うものだ」とのみ言い張り、新3項の「自衛隊」の条文解釈を明らかにしないやり方で憲法審査会と本会議の審議・採決を強行することです。
国会の憲法審査会及び本会議の役割は、憲法改正の原案が法的にどのような意味を有するのか、すなわち、「新3項に明記された自衛隊は一体何ができるのか」という条文解釈を明らかにすることにありますから、こうした憲法改正の発議は絶対に許されることではありません。
しかし、現に、後半の「4.」でご説明するように、国会審議の上では完全に違憲立法であることが立証されていた安保法制も「誤魔化し、すり替え、居直り、時間稼ぎ」などの安倍内閣以前には全くあり得なかった卑劣極まる手法による徹底した答弁拒否によって最後は強行採決され、共謀罪など他の法案審議においても、こうした法治国家と議会制民主主義の存立そのものを破壊する空前絶後の暴挙が常態化してしまっています。
そして、もし、こうした改正発議が強行され、それがまかり間違って国民投票でも認められてしまった場合には、憲法の条文解釈上は「新3項の自衛隊は何ができるのか?」は直ちには明らかになりませんが、実際には、次のように、「自衛隊は何ができるのか」について憲法の内容が大きく変わってしまうことが生じます。
一つは、安倍政権は、国民投票の後になって、「9条3項の改正により、安保法制が合憲であることについても国民投票でお墨付きを頂いた」と臆面もなく主張し始めるということです。そして、以前にも増して、安保法制の運用を際限なくエスカレートしていくことになるでしょう。
二つ目は、実は、この新3項が「安保法制の違憲訴訟」における最高裁の判断に悪い影響を与えることになりかねないということです。 つまり、安保法制の違憲訴訟において、最高裁が「安保法制は合憲である」という判決を出したり、あるいは、「安保法制という高度の政治性を有するものについては最高裁は判断をしない」という「統治行為論」に逃げて安保法制を合憲としかねないことです。
まず、違憲訴訟を提起されている安倍政権としては、裁判での訴えにおいて「従来の安倍内閣としての安保法制の合憲論(注:これは「4.」でご説明するように我が国の最高裁が北朝鮮の裁判所のようにならない限り、絶対に認められず違憲判決が下されるものです)」に加えて「新3項の改正によって、もともと合憲であった安保法制の合憲性は新たに担保されることになったのだ」という主張を持ち出してくることになります。
すると、最高裁としては、国民投票の結果として新3項が追加された、すなわち、それが安倍総理及び与党という安保法制を強行した政治権力をその後の国政選挙で支持している国民によって憲法改正をして可決された以上は、安保法制について違憲判決を出しにくくなることが危惧されます。 あるいは、より一層、悪名高い「統治行為論」に逃げ込む判断になりやすいと危惧されるのです。統治行為論は安保法制の憲法判断をしないという手法ですので、安保法制は合憲立法として残ってしまいます。
こうした「違憲立法を誤魔化しの憲法改正で合憲化する」というやり方は、憲法が立脚する法の支配・立憲主義そのものに反します。(ようは、法治国家がやることでは断じてない) 従って、そもそも改正原案の国会審議で自民党の提案者が「新3項は、安保法制の合憲・違憲は関知していない」との条文解釈を示している以上は(もっとも、これすら示さず強行する可能性もありますが)、最高裁としては司法権の存立に懸けて決然として新3項にとらわれることなく1項・2項のみを根拠に安保法制に対し違憲判決を出さなければなりませんが、戦後の最高裁の消極的な姿勢に鑑みるとこれは相当に困難なことではないかと危惧します。
以上、安倍総理が唱え始めた9条3項改憲は、「どちらに転んでも安保法制の合憲化改憲そのものであり、それは憲法9条の規範性そのものを根底から改変する改憲であると同時に、日本が法治国家として自殺行為を犯してしまうものである」ということになるのです。 つまり、安倍総理や与党議員の口車に乗って、この改憲に乗り出すと、後で幾ら後悔しても取り返しの付かない事態が生じるのであり、絶対に阻止しなければなりません。
逆に、9条3項改憲というこの危機を好機に変えて、違憲の強行という最大の政治犯罪である安倍内閣の解釈変更と安保法制の違憲問題について、強大な国民世論を形成し、安倍総理と与党を痛撃していくことこそ、安倍政権打倒の最強にして最優先の戦略にすることができます。
以下にその戦略をご提案していますので、ぜひご覧下さい。
※ 安倍政権を打倒する政治戦略の実行を!〜「壊憲」インチキの世論化〜
https://goo.gl/xl652H
本論の後半「4.」以降では、この「日本が法治国家として自殺行為を犯すものである」という意味について、「なぜ、安保法制が絶対の違憲であるのか」のご説明と「安保法制により、どのように日本が法治国家として破壊されてしまっており、それが、9条3項改憲によって取り返しの付かない崩壊にまで至るのか」について分かりやすくご説明をします。
※1 安倍総理が主張する自衛隊の存在の明記のための9条3項は以下の点でも法的に不合理な主張となります。
(1) 9条の学会の違憲論は自衛隊の組織・装備の実体が2項の「戦力」に該当しているという評価に基づくものが主流である。仮に、新3項で自衛隊を明記しても第2項のこの評価が変わらない限り自衛隊の違憲論は学説として意義を有することになる。
(2) 「憲法9条の文言は、我が国として国際関係において実力の行使を一切行うことを禁じているように見える」(平成16年政府答弁書、7.1閣議決定等)という9条の文理としての解釈を、国民の生命を守ることを国政の最大の責務として定めた憲法13条等との論理解釈によって乗り越え、我が国に対する外国の武力攻撃が発生した場合にやむを得ず必要最小限の武力を行使する(限定的な個別的自衛権の行使)ことだけは認められそれを担う実力組織の自衛隊が合憲であるという歴代政府の憲法9条解釈は、例えば、「一切の表現の自由はこれを保障する」とある憲法21条の規定を、個人の名誉権を定めた憲法13条との論理解釈で乗り越える解釈などと法的には同じものであり、憲法はもちろんあらゆる法令で当たり前のものである。
(3) 「憲法9条の文言は、我が国として国際関係において実力の行使を一切行うことを禁じているように見える」という9条の文理としての解釈は、肥大かつ暴走しがちな軍事的組織の目的・機能・規模・態様等を制限する強力な法的規範として機能してきた。安倍内閣もこの文理としての解釈を論理的に乗り越えられず「4.」で説明する「昭和47年政府見解の読み替え」という暴挙によって集団的自衛権行使を解禁するに及んでいる。
新3項に自衛隊を明記することによって、新9条全体の文理としての解釈がこれと同じものを維持できるのかは不明であり、軍事的組織の統制規範としての機能が弱まる可能性がある。
(4) 9条2項の戦力の不保持は、米空母カール・ビンソンのような攻撃型空母や戦略爆撃機、大陸弾道弾ミサイルといった攻撃的かつ侵略的な兵器は戦力に該当するため自衛隊はこれを保持できず保持した瞬間に違憲であるという厳然たる実体的な法規範としての意義を有する。つまり、自衛隊が合憲である根拠は2項との関係でも明煌かである。一方で、仮に、自衛隊を新3項に明記しても、(1)で指摘した問題は解決しない。(なお、2項の交戦権の否認との関係の説明は割愛する)
(5) あらゆる政府の憲法解釈に対しては学会や政党からの違憲論があり得る。これに対し、違憲の行政組織、違憲の行政行為などという批判があるから憲法改正をしてそれを封じ込める必要があるというのでは、憲法が人権擁護規範などの意義を失ってしまうことになる。例えば、過去に違憲と学会から批判があった法律とそれに基づく行政の行為が、後に最高裁判決においても違憲とされた例が10余りあるが、もし、憲法改正でこうした法律等を合憲としてしまえば国民の権利救済がなし得ないことになってしまう。
(6) 憲法には行政機関は「内閣」との規定しかなく、防衛省も国交省も海上保安庁も警察庁や総務省も規定がなく、尖閣諸島の警備当たる海上保安官や警察官、消防士の規定もない。自衛隊は、自衛隊法に基づく服務の宣誓により命懸けで職務の遂行に当たると明示で宣誓している唯一の国家公務員であるが、だからと言って、なぜ、自衛隊だけ憲法に明記するのかについて合理的な説明は見出し難い。
※2 安保法制を廃止した後の日米同盟のあり方や弾道ミサイル防衛のあり方などの政策論はこちらをご参照。「専守防衛に基づく安全保障政策論」として、ぜひ拙著P.123以下をご覧下さい。
http://konishi-hiroyuki.jp/wp-content/uploads/karakuri3-3.pdf
「違憲の絶対証明」を含めた拙著の全編は以下でご覧頂けます。
http://konishi-hiroyuki.jp/heiwa-2/
※3 安倍総理の9条3項改憲は9条の破壊のみならず、9条の法的な母とされている全世界の国民が平和的生存権を有することを確認するなどの「憲法前文の平和主義の法理」をも破壊し、日本社会を全く別の社会に変容させるものでもありますが、この問題は別にご説明します。(以下は、ご参考)
http://konishi-hiroyuki.jp/wp-content/uploads/karakuri2-2.pdf



