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Vol.312 不真正な無過失補償制度には反対すべき

この記事は月刊『集中』2011年11月号「経営に活かす法律の知恵袋」連載第27回に掲載されたものです。
井上弁護士事務所 弁護士
井上 清成
2011年11月10日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

1.厚労省検討会のリスク


厚生労働省では、この8月より「医療の質の向上に資する無過失補償制度等のあり方に関する検討会」での議論が進められている。検討会の趣旨は「患者・家族(遺族)の救済及び医療関係者の負担軽減の観点から、医療の質の向上に資する無過失補償制度等のあり方や課題について、幅広く検討を行う」というものらしい。

一見すると、無過失補償制度を保険診療全般に広く導入することを意図するものとして、好ましく思えるであろう。しかし、議論の進め方を見ると、この検討会は一歩誤れば、保険診療全般において医療崩壊を引き起こしかねないリスクをはらんでいる。非常に危険な検討会として、注視しなければならない。

リスクは二つある。

一つは、この検討会ではまずもって「医療事故の原因究明及び再発防止の仕組みの在り方」を議論したいらしい。隠れた「医療事故調査委員会」の議論といってよいと思う。その実は、すでに葬られたはずの「医療安全調査委員会」構想のひそかな復権にほかならない。

もう一つのリスクが、本稿の主題である不真正な無過失補償制度の導入である。一般には無過失補償制度は、患者救済にとっても、医療者への訴訟・紛争の抑止にとっても好ましいものと思われているが、検討会における無過失補償制度はそのような好ましい真正な制度ではない。訴訟・紛争を誘発する不真正な無過失補償制度のようである。

もしも本当にそのような制度の導入ならば、断固として反対すべきであろう。

2.無過失補償の「良い」「悪い」


無過失補償制度と通称されるものには二つの種類がある。「良い」無過失補償制度と「悪い」無過失補償制度とでも称し得よう。良い制度とは、訴訟や紛争を抑止するものである。これに対し、悪い制度とは、訴訟や紛争を誘発するものにほかならない。現行制度上は、保険診療全般に無過失補償制度がないので、良いとも悪いともいえない状況であろう。

つまり、悪い無過失補償制度を導入することは、現行制度よりも一層、訴訟や紛争を頻発させることになる。良い無過失補償制度を導入できずに、悪い無過失補償制度を導入するくらいならば、むしろ現行制度のままの方がよい。

ちなみに、悪い無過失補償制度を小さく生んで、良い無過失補償制度に大きく育てることは不可能である。悪いと良いは、原理的に見て、そのような連続延長線上のものではない。それにそもそも、悪い無過失補償制度を保険診療全般に誕生させた途端に、医療崩壊が引き起こされるので、大きく育てる余地すらなくなるであろう。

3.無過失補償の「真正」「不真正」


そもそも無過失補償制度とは、過失・無過失をまったく問うことなく、損害・損失に対して補償を行う制度である。これを真正な無過失補償制度と称してよい。

これに対し、過失の場合は除外して、無過失の場合にのみ補償を行う制度も、広く無過失補償と通称される。法技術的にはそこにも二通りの方式があろう。被害者(損失者)への補償の要否を決める最初の段階から過失・無過失を検討し、過失ならば損害賠償(医賠責なども含む)に振り分け、無過失ならば無過失補償に振り分けるという方式が一つあり得る。もう一つは、被害者(損失者)への補償の段階では因果関係や結果回避可能性のみを検討し、過失・無過失は検討しない。

しかし、補償を被害者(損失者)に実行した後に、初めて過失・無過失を検討し、過失のある場合には、実行した補償分を今度は医療者(医賠責も含む)に対し求償(無過失補償制度でいったんは立て替え、その後に立て替え分の精算を求めるようなもの)するという方式である。この二つ目の方式の典型が、産科医療補償制度といってよい。いずれにしても、これら二つの方式を包括して、不真正な無過失補償制度と称してよいであろう。

不真正な無過失補償制度は、訴訟や紛争を誘発する結果を招きがちであり、悪い無過失補償制度として分類できる。

4.検討会は「悪い」制度を目指すのか?


真正な無過失補償制度は、患者全面救済と訴訟・紛争抑止を目指し、あえて過失・無過失を問わずに補償を行うものといってよい。もちろん、医療事故の原因究明(正しくは、原因分析)と再発防止はしなければならないが、無過失補償とはまったくリンクさせずに行う。この7月に日本医師会が公表した「医療事故調査制度の創設に向けた基本的提言について」は、それ自体として不十分ではあるが、基本的には、真正な無過失補償制度を指向するので一定の評価に値する。

しかし、厚労省検討会の無過失補償制度は、明らかに不真正な無過失補償制度を指向しているように思う。確かに、制度の中に一体として、補償と原因究明・再発防止と求償(求償はひと言では「損害賠償との」調整と言い換えてもよい)を組み込むのが、名実ともに不真正な無過失補償と称し得る。けれども、たとえ無過失補償制度と原因究明制度・再発防止制度とを別個の制度とし、形式上は別々のものとしたとしても、それら制度間を関連付けてリンクさせたとしたならば、実質はやはり不真正な無過失補償制度といえよう。

厚労省検討会は、そこへ向かいかねない。もし本当にそうだとしたら、厚労省検討会は、悪い無過失補償制度を目指していることになってしまう。注視しなければならないゆえんである。

5.「真正」「完全」な無過失補償へ


現時点では理想論の領域にとどまるかもしれないが、本来は、真正かつ完全な無過失補償を目指していくべきだと思う。「完全な」とは、「不完全な」に対するものであり、補償額を完全にするということである。

分かりやすく言えば、医師免責を伴う補償ということになろう。法的技術を駆使すれば、財源不足もネックにならずに実現可能なものではあるが、詰めの研究・議論は緒に就いたばかりである。

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