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ある弁護士に刻まれた「法廷」の記憶

 「なにとぞ、この法廷が『沈黙の犯罪』を防止できるように」

 かつて平和と人道と正義を求める一人の勇気ある哲学者の、この願いが、世界を震撼させる「法廷」を生み出しました。ベトナム戦争中の1967年、同戦争における米国と同盟国の戦争犯罪を、「人類の良心」の下に民衆が裁いた、こり「法廷」は、やがて米、欧州での反戦運動に大きな影響を与えただけでなく、その後の国内国際民衆法廷のモデルとなりました。

 この「法廷」はその哲学者、バートランド・ラッセルの名から、「ラッセル法廷」として、歴史にその名を刻むことになります。

 この「法廷」に日本からただ一人、ベトナム戦犯日本委員会事務局長として、設立会議から法廷メンバーに参加したのが、森川金壽弁護士でした。人権派弁護士として活躍され、横浜事件再審弁護団長も務められた同弁護士には、生前、何回も取材させて頂いたり、座談会を企画させて頂いたりして、度々お話しを聞く機会がありましたが、「ラッセル法廷」の模様も、鮮明に記憶されており、貴重な歴史的証言者でもありました。

 この設立会議席上、あいさつを冒頭の言葉で締めくくり、退場していく93歳の老ラッセルの姿を森川弁護士は、著書「権力に対する抵抗の記録」で紹介したうえで、こう感動的につづっています。

 「この孤高の老哲学者の名声と威望がなかったら、この前代未聞の戦争犯罪法廷の試みは成功しなかったであろう。世界は好機に最適の人物に恵まれた」

 当時、超大国アメリカ合衆国を裁くということが、どれほどドラスチックで困難なことであったのかを、森川弁護士はここで回想する形で、現代に伝えています。各国政府のみならず、それまでの多くのラッセルの支持者・支援者が、大国の影に脅え、彼の試みに尻込みしてしまいます。

 しかし、四面楚歌の中、ラッセルはたじろぎませんでした。1966年7月、北爆で撃墜された米パイロット捕虜について、北ベトナムが戦犯として裁くという態度を示したのに対し、米政府が憂慮の念を示した時も、彼はこう断言しました。

 「米パイロットは兵器で何千人もの人命を奪う野蛮な犯罪を犯している。彼らを裁判にかけ、責める権利をベトナムは十分持っている」

 ラッセルとは、そういう人物でした。そして、思想家ジャン・ポール・サルトルらフランス勢の応援を得て、彼の勇気ある挑戦は実現していきます。

 実は、この「法廷」で、日本は「共犯者」として裁かれました。結果は8対3の評決で「有罪」。この共犯をめぐる論議についても、森川弁護士は貴重な記録を残しています。共犯成立の一つの焦点は、「派兵」でした。

 「日本は一兵も派兵していないではないか」

 共犯性を否定する、こんな意見もメンバーから出されたと言います。しかし、判決理由の結論は、次のようなものでした。

 「日本政府が用い得たはずの、さまざまな抵抗の方法を考えるならば、特別の責任を強調してよい」

 「派兵」即共犯、かつ米軍の戦争犯罪行為への無批判、抑止回避といった不作為も共犯。これが「ラッセル法廷」という人道的民衆法廷の判断基準であったこと、その基準に照らして、「有罪」とされた「前科」があったこと、そしてその「前科」に照らして、その後の日本は、どう裁かれてもおかしくないのか――。

 森川弁護士がわれわれに伝え残し、突きつけているテーマです。

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