- 2017年04月29日 20:50
トランプ、英EU離脱派、ルペンの「ナショナリスト連合」の先にある世界:ナポレオン戦争が示すもの(六辻彰二)
1/24月23日、フランスで大統領選挙が行われ、極右政党・国民戦線のルペン候補が2位につけて決戦投票に進みました。5月7日に行われる決戦投票次第で、極右大統領がフランスに誕生する公算は消えていません。
フランスに限らず、各国ではナショナリズムが高まっています。これに対して、米国のトランプ大統領は、BREXIT支持派やルペン氏など、各国のナショナリストを支持する姿勢を隠しません。
「ナショナリスト連合」とも呼べる、この陣営の形成は、同じような志向を持つ者同士ということで、一見したところは不思議でもありません。しかし、この陣営の各国は、同じ志向を持つがゆえに、つまりいずれもが「自国第一」であるがゆえに、かえってバラバラになりやすいといえます。
現代の状況が、1929年の世界恐慌後にナチスをはじめとする全体主義体制が生まれた第二次世界大戦前になぞらえられることは、もはや珍しくありません。特に、ナショナリズムと民主主義の関係をみる場合には、二度の世界大戦の時期と比較することは有益だと思います。オルテガの『大衆の反逆』(1933)やアレントの『全体主義の起源』(1951)が、今日ほどリアリティをもって読まれる時代も少ないと思います。
しかし、歴史を振り返ると、現代の状況には、そのさらに100年前の、18世紀末から19世紀初頭にかけてのヨーロッパとの共通性を見出せます。特に、「ナショナリスト連合」が主流になった場合、世界がどこに向かうかに関して、ナポレオン時代のヨーロッパは示唆的です。そこには、世界を束ねようとする大きな力に抵抗するなかで、各国で広がったナショナリズムが、当初はお互いに協力しながらも、やがて対決に至ったパターンを見出せます。
求められ、拒まれた「英雄」
1789年に発生したフランス革命の後の混乱のなかで登場したナポレオンは、力による安定をもたらした一方、「フランス革命の理念を普及させる」ことを大義に、ヨーロッパ全土を制圧しました。1802年にはヨーロッパの精神的中心地だったローマを含むイタリアが占領され、1806年にはローマ・カトリック教会の守護者であった神聖ローマ帝国が崩壊。
ヨーロッパ全土を占領していったナポレオンは各地で、中世さながらの、貴族による封建的な支配に直面していた人々から熱烈に歓迎されました。天才ベートーベンがナポレオンに献上するために「英雄」という曲を作ったこと(後にナポレオンが皇帝に即位したため、ベートーベンは楽譜を破り捨てたといわれる)や、ドイツ哲学界の巨人ヘーゲルが馬に乗って進むナポレオンを目撃して、友人への手紙に「世界精神が馬を進めるのをみた」と興奮気味に記したことは、ナポレオンが単なる軍事的覇者としてではなく、フランス革命の「自由・平等・博愛」の精神を体現した英雄、自分たちを古い軛(くびき)から解放してくれる救世主としてみなされていたことを物語ります。
フランス革命で打ち出された、自由・平等・博愛の精神をテキスト化した人権宣言は、国境や文化を超える、普遍的な価値を持つもの、いわば世界標準を提供したといえます。古い因習や階級間の格差などに抑圧されていた多くの人々にとって、フランス革命は「個人が自らの一生を選び取る」福音であり、それをヨーロッパ中にもたらしたナポレオンは「全ての人間の解放」の象徴ですらあったといえるでしょう。
しかし、一時代を築いたナポレオン帝国は、1814年にあっけなく崩壊。最終的にナポレオンを打ち破ったのは、「革命の輸出」を恐れた英国とロシアを中心とする同盟軍でした。ただし、それ以前の段階からナポレオンを悩ませていたのは、ドイツ、イタリア、スペインなどで相次いだ反乱でした。
これらの国の人々は、一度はナポレオンを「人間の解放」の象徴とみなし、その支配を歓迎しました。しかし、その後で実際に発生したのは、「フランスによる占領」でした。そのなかで人権思想を全面的に受け入れることは、ただの「フランスかぶれ」に過ぎず、ローカルなもの、固有のものを無視して世界標準を強制されることへの不満が、各地の人々の間にナショナリズムを呼び起こしたのです。つまり、「国境を超えるうねり」への反動が、ナショナリズムを増幅させたといえます。
グローバル化に対する左右の挟撃
現代に眼を転じると、世界中でナショナリズムが高まる状況は、もはや覆いようもありません。冷戦終結後の世界には、対テロ戦争の始まり(2001年)による愛国心の鼓舞、世界金融危機(2008年)による国家への期待の増幅、シリア難民の発生(2011年)に代表される移民・難民の急増による危機感の高まりなど、ナショナリズムが高まるいくつかの転機がありました。
しかし、それ以前の1990年代から、既に各国にはナショナリズムが高まる土壌ができつつありました。その背景としては、冷戦終結後の世界を覆ったグローバル化が挙げられます。
グローバル化のもと、ヒト、モノ、カネが国境を越えて自由に移動する「大競争」の時代を迎えるなか、「自由競争」が奨励されてきました。しかし、規制を廃し、スタートラインを揃えることは、チャンスに恵まれない者にチャンスを提供する一方で、往々にして、もともと強い者、優位にある者にとって有利なゲームにもなりがちです。言い換えると、世界中にチャンスが広がるなか、大企業ほど利益をあげやすくなったといえます。
それは、世界中で人々のライフスタイルが特定の企業の影響を受けやすくなったことも意味しました。1993年、米国の社会学者G.リッツァは『マクドナルド化する社会』を著し、効率的な企業活動のもとで各地の固有性が失われ、世界が平準化する様相を指摘しました。2000年、パリ近郊で「フランスらしさを奪う」マクドナルドの店舗がスローフード運動家J.ボブに襲撃され、その冤罪運動が各地に広がったことは、国境を越えて波及してくるものに対する、素朴な拒絶反応が胎動し始めたものだったといえます。
フランスに限らず、ヨーロッパでは反グローバリズム運動が1990年代から盛んです。そこでの主な標的は、自由競争で優位に立ち、グローバル・スタンダードの名の下に、消費や就労のスタイルにまで一律の基準を適用しようとする大企業、とりわけマクドナルドやマイクロソフトに代表される米国企業でした。
反グローバリズムは自由貿易に批判的で、環境保護や人権尊重を軸とするため、伝統的な区分けでいえば、いわゆる「左派」あるいは「リベラル」とみなされがちです。しかし、グローバル・スタンダードという名の世界標準は、ローカルなもの、固有のものを排除する圧力ともなるため、それに抗する反グローバリズムは「右派」あるいは「ナショナル」の立場にも通底します。実際、フランスなどでの反グローバリズム運動には、農業団体などの保守勢力も含まれます。
つまり、「国境を越えるうねり」であるグローバル化は、リベラル派の反発だけでなく、各国でナショナリズムの胎動を促したといえます。世界標準への反動がナショナリズムの台頭を招いたことが、ナポレオン時代のヨーロッパを想起させるというのは、この点においてなのです。
この観点からみれば、トランプ大統領やルペン候補が、左右の大政党に失望したそれぞれの支持者の票を集めて台頭したことは、不思議ではありません。彼らの台頭は、困難な状況に置かれた人々の「英雄願望」がその登場を促した点で、ナポレオンと一致するといえます。ただし、トランプ氏やルペン氏の最優先事項は、基本的にそれぞれの「国家の存立」や「国民の利益」を何より優先させることにあり、国籍にかかわらず「人間の解放」をもたらすと期待されたナポレオンとは根本的に異なることも確かです。
- 六辻彰二/MUTSUJI Shoji
- 国際政治学者



