まさに寝耳に水の菅総理の浜岡原発全面停止の要請。
これまで民主党政権もそれなりに震災対応で努力していると受け止めて政権の批判を避けていた私にさえ、総理が政治主導の演出のために思いつきでいたずらに不安をあおっているようにしか見えません。
確かに地震、津波の脅威に常にさらされている我が国のエネルギー政策をどのように考えていくかは、政治が取り組んでいかねばならない大きな課題です。
まず第一に、今回の震災で明らかになった原発の持つリスク、それから国民の安全・安心を守ることは政府の大きな責務です。
その一方で、電力の安定供給、さらには安価な供給なくして日本経済の今後はあり得ません。産業の空洞化をこれ以上深刻にしないためにも安価な電力の安定供給は復興の最重要課題です。
さらに、今の中東情勢、世界的な資源高騰の流れを見れば(たとえば今の緩和的な金融環境で世界的な好景気の時期にサウジの体制に変動があれば、原油はとてつもない水準に高騰する可能性がある)、少なくとも当面は原子力発電は我が国のエネルギー供給にとって不可欠です。我が国の将来に責任を持つのもまた政治の責務なのです。
あらゆることにおいて100%安全ということが有り得ない中で、必要性とリスクの、あるいは他の選択肢との比較考量を行い、その場しのぎでなく人気取りでもなく、たとえ一時的には批判されようが長期的に見て一番妥当な決断を下すのが政治の本当の責任です。
原発については、今回の震災でいくつかのことが明らかになりました。少なくともこれまでの基準で地震への備えはかなり高度な安全レベルにあったこと、逆に津波についてはあまりにも安全レベルが低かったこと。そして、津波により事故が発生した状況にあっても綱渡り的状況ではありますが、チェルノブイリとは、死者が出ていない、あるいは放出された放射性物質のレベルといった点で全く異なる状況にとどまっていることも冷静に受け止めねばなりません。そして原発を停止しておけば安全ということでもないことも明らかになりました。
このような状況下でリスクと受益とのバランスを考えどこで線を引くのか、そのことについてはまさに熟慮の上での決断が必要です。
ユッケであれば、食べなくては生きていけないものではないわけで、またリスクもただちに健康に影響を及ぼすわけで、一切食べないという判断も可能です。しかし、原発の問題はそれとは大きく異なります。
そんな中、今日のようにいたずらに国民の不安をあおって政治主導で原発の停止を命ずれば、結果として新たな風評被害すら生み出しかねない。
総理大臣が「ただちに原発を止めねばならないほど東海地震が切迫している」と全世界に向けて発信したことは、我が国から一層ヒト・モノ・カネ・産業が逃げ出すことにもつながりかねません。また連鎖的に原発反対の風潮の中で少しでもリスクがあれば閉鎖ということにでもなれば、完全な日本経済崩壊、途上国レベルの生活水準への転落というシナリオへの引き金ともなりかねません。
今のところ、外国のメディアもマーケットも、グリーンピースが喜んでいるくらいでまだあまり反応していませんが、今後の動きを注視することが必要です。すでにあるメディアでは"Quake expected"という部分が小見出しになっています。
そうした様々な意味で、まさに熟慮が必要な問題です。リスクをゼロにというなら問題は単純ですが、エネルギー政策は、ことの性質上リスクをゼロにすることは不可能で、それとうまく付き合っていくことが求められます。火力発電にしても、風力発電にしても水力発電にしてもリスクはゼロではありません。また経済的な崩壊は、体感はしないかもしれませんが気が付いたら取り返しがつかない、という事態も予想されます。
明らかにその比較衡量をしていないように思われる(少なくとも記者会見ではまったくそのような説明すらなかった)今回の総理の決断、我が国の将来を考えたとき、本気で危惧せざるを得ません。
津波対策を突貫工事で東日本大震災直後から開始するといった対策をとらないままに、停止要請というパフォーマンスに走った今回の対応は明らかに異常です。
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- 2011年05月07日 00:08




