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中国の『新型農村合作医療』総点検(7)―給付手続きの簡素化

日本の健康保険は国民皆保険体制をとっており、その利便さを形容するに、「保険証」一枚で、誰でも、どこでも、いつでも治療を受けられるといった文言はあまりにも有名である。

対して、中国の医療保険制度はかなり利用しづらい部分があるとされ、国民の顰蹙を買っている。特に新型農村合作医療の給付手続きは非常に煩雑で、入院治療や地域外病院への転診などには多くの書類提出が求められる。例えば、医療証、身分証明書、戸籍謄本、退院小計、入院領収書原本、入院費用明細書、自費項目署名用レシート、出産認可書(入院分娩の場合)、外傷調査書(外傷治療の場合)、疾病証明書、県級病院以上の医療機関の疾病証明(外来大病や慢性病の場合)などとなる。ここでは、江西省Y市Y区が定めている給付手続きを見てみよう。

(1)指定病院の入院で医療費の額は少ないなら直接給付、高額なら区の新型農村合作医療管理センター(以下、管理センター)で審査を受けてから郷・鎮の新型農村合作医療管理所(以下、管理所)で給付を受ける。

(2)指定病院の入院からほかの病院への転院(市外公立病院への転院なら管理センターの審査と認可を受ける)では、指定病院で直接給付を受ける。医療費は高額なら管理センターの審査と認可を受けてから管理所で給付を受ける。非指定公立病院なら、管理センターの審査と認可を受けてから管理所または転院前の病院で給付を受ける。

(3)非指定公立病院の入院は、管理センターの審査と認可を受けてから管理所で給付を受ける。

(4)郷・鎮と村の指定医療機関での外来診療は、管理所で給付を受ける。

(5)区・市級医療機関での外来診療は、療管理センターで給付を受ける。

(6)5種の大病(悪性腫瘍、脳卒中後遺症、尿毒症、精神病、系統性の紅斑性狼瘡)の外来診療を受けた場合、管理センターの審査と認可を受けてから年末に給付を受ける。

また、G県では2005年の規定によれば、外来診療の場合、県内指定病院で直接給付され、受給金額は新型農村合作医療証に記録される。入院の医療費は、地元の郷・鎮の衛生院や県外病院では3000元未満なら管理所が審査し、給付する。3000元以上なら、管理所が審査したうえ、県新型農村合作医療管理局(以下、管理局)に報告し、7日の勤務日内に患者に給付する。県医療機関での入院医療費は退院時に病院から直接給付される(「G県新型農村合作医療工作簡報」2005年第2期)。

このような煩雑な手続きは、患者とその家族に多大な迷惑をかけているのはいうまでもない。筆者が2009年の夏にG県で行った調査でも明らかになったように、保険給付の手続きを知っている住民は少なく、大半の者はそれについて「少ししか分からない」や「まったく分からない」としていた。最大の問題は、患者とその家族は保険給付を受けるために多大な労力と時間そして交通費をかけなければならないことだった。

それを改善するために、近年、「直通車」と呼ばれる新たな給付手続きの導入が力強く進められるようになった。

「直通車」とは、退院当日に同医療機関で直接給付されるということで、その目指す目標は、「治療を受けた病院で給付を受ける(精算する)」ことおよび、「退院の日に給付を受ける(精算する)」ことである。

2007年、江西省は全国に先駆けて直接給付の全面的普及を始めた。同年10月、省腫瘍病院は全省の省級病院の中で初めてこのサービスをスタートした。「江西日報」09年2月5日付の記事によれば、あれ以来、以下のような点で改善を見せ、成果を収めている。

(1)給付手続きが速くなったこと。1月23日、省腫瘍病院、8日間入院していた豊城市湖塘郷嶺下村の住民Cさんが退院する。午後4時25分、Cさんの夫が転院証明書、医療証、戸籍謄本などを持って病院外来1階の直接給付事務室まで来た。書類などが揃っているため、担当者はすぐ給付額を算出した。3、4分後、手続きは完了した。続いて約100メートル離れている窓口に行って、書類を提出した。数分後、1292元が渡された。大変満足しているC さんの夫によると、妻は2月前にほかの病院にも2回入院したが、今になっても、医療費給付の手続きがまだ終わっていない。

同病院は直接給付の手続きを速やかにできるため、専用の窓口を設け、職員4人を配置した。「書類が揃っているなら、1回のみで手続きを完了することの割合は100%に達しており、省衛生庁が求めている90%以上という目標を超えている。」と、同病院新型農村合作医療事務室の責任者が説明した。

(2)給付額が多くなり、給付割合が高くなったこと。余江県馬セン鎮金荘村の住民Wさんの親戚によれば、今回Wさんの入院は5185元かかったが、1690元の給付となった。永修県雲山郷の住民Lさんの家族によれば、Lさんの入院は6222元かかり、給付は2051元。豊城県石灘鎮の住民Xさんの入院は4万111元かかったが、1万3256元の給付を受けた。患者たちは、給付割合はだいたい33%ぐらいで非常に満足していると言っているらしい。

省腫瘍病院長の説明によれば、現時点まで、同病院で農村住民に直接給付した金額は1000万元を超えており、給付割合は33.8%に達した。給付割合は直接給付が実施される前より10%以上伸びた。

(3)直接給付の範囲が広くなったこと。省腫瘍病院の直接給付範囲は、最初は1市の4県・市・区であったが、現在は10市の73県・市・区に拡大されている。まだ1年あまりしか経っていないが、同病院で直接給付を受けた農村住民は3135人に達したという。

また、2011年1月15日付の「江西省新型農村合作医療簡報」(第1期)によれば、同腫瘍病院は2007年に「直通車」を始めた以来3年間、全省102の県・県級市・区をカバーしており、計1万5346人もの農村住民に給付手続きを行った。立て替えに必要な資金は5537.2万元に達した。同病院の取り組みは今も省内でもっとも進んでいる先進的なものとされる。

江西省X市は2008年6月に江西省内すべての指定病院において直接給付を実現した。これまでに、患者は省病院に入院した場合、その給付手続きは非常に煩雑であった。退院後、まず戸籍所在地の管理所で審査を受ける。そのため、数回も行かなければならないケースがある。その次に、管理局の再審査を受ける。このように、長い場合は1カ月以上もかかる。しかし、直接給付の実現によって、制度は患者にとって大変便利なものとなった (「江西新型農村合作医療簡報」2008年第14期)。

「2008年新型農村合作医療関連政策及び具体的な業務に対する要求」という資料によれば、G県2008年の関連規定では、

(1)入院治療の患者は、かかった医療費の全額を一旦支払っておかなければならない。退院後、医療証、身分証明書(16歳未満は除外)、戸籍謄本、転院証明書、入院医療費領収書、医療費明細書、退院小計、自費項目了解同意書といった書類を提出して、医療給付を受ける。そのうち、医療証、身分証明書、戸籍謄本など3つの証明書原本を提出してチェックされる。3つの証明書のコピーは控えとして保存される。指定病院に入院した場合、当該指定病院がその医薬費を審査し、所定の基準で給付すべき金額を立て替える。16歳以上の者は身分証明書がなければ、身分証明書(または臨時身分証明書)を取得してから給付手続きを行う。年間複数回入院した場合、医療証に記載されている受給記録をコピーして書類に添付する必要がある。

(2)外傷を受けた、または中毒した患者については、指定病院では治療担当医師が患者の罹患過程に関する詳細な状況を記録し、入院記録、退院小計において外傷患者の発生原因、場所、時間、致傷過程をはっきり記述しなければならない。同時に、指定病院は患者入院後の3日内に管理局に報告しなければならない。もし所定の報告を怠って、患者の医療費給付が出来なくなったなどの結果を生じさせたら、全責任は当該病院が負わなければならない。

(3)指定病院及びその職員関係者は患者の戸籍謄本、身分証明書(またはその他の証明書)、医療証を厳格にチェックしなければならない。指定病院及びその職員関係者の職務上の過失によって生じた医療費の不正請求は、当該指定病院が全額負担し、さらにその責任は関係部門から追及される。

(4)病状などにより県外病院へ転院して入院治療を受ける必要のある者、出稼ぎ、親戚・友人訪問中で緊急入院する必要のある者は、7日内に管理局に報告しなければならない。また、退院後1カ月内に給付手続きを行う際、登録手続きを済ませなければならない。入院期間の所定期日内に報告せず、または給付手続きを遅延した場合、いずれも医療費給付の申請を放棄したと見なし、医療費の給付手続きを行わない。

これほど煩雑な、かつ厳しいルールを定めていることを見て、おのずと「なぜ」と疑問が湧いてくるだろう。保険基金の安全を守り、不正請求を防ぐことが最優先されるあまり、患者の立場や利便性をおろそかにしてしまうような点はまず指摘できる。もちろん、それだけではない。社会全体のインフラ整備、社会システム間の有機的な連携などにはいまだに大きな欠陥があることも無視できない要因である。

現在地方政府や新型農村合作医療の担当部署などは、いたるところで生じるモラル・ハザードへの対応に追われている感すらある。2007年4月 16日から21日にかけて、G県財政局、会計審査局、衛生局、農医局などは監督検査グループを結成し、県人民代表大会、県政府の幹部責任者が率いて、県内 23の郷・鎮、街道事務所および指定医療機関に対して、新型農村合作医療資金の使用状況を検査した。その結果、以下のように医療機関のルール違反などの問題点が存在していることが分かった。

(1)一部の郷・鎮衛生院は患者の医療給付に便宜を図るため、外来診療でも十分な患者を入院治療にしてその医療費を給付させている。

(2)一部の指定病院の医師は患者の身分証明書、戸籍謄本、医療証を厳格にチェックしていなかった。

(3)一部の指定病院は不合理な薬を投与し、不合理な検査を行い、過剰なサービスを提供している(G県人民政府「郷・鎮・街道の新型農村合作医療資金管理使用状況調査報告概要」)。

一方、こうした状況の改善を図り導入された給付手続きの「直通車」は、新型農村合作医療制度の持続可能を保障し、農村住民の信頼と加入意欲を高めるためのカギを握っており、ひいては制度の成敗を決める重要な取り組みになるといっても過言ではないと、関係者が高く評価している。

給付手続きの「直通車」は2004年から段階的に進められている。最初は県・県級市・区レベルにおいてスタートしたが、2010年11月現在、全国95%の県・県級市・区で実現した。

また、2009年から、中央省庁の衛生部は「直通車」制度を省・自治区・直轄市レベルの指定病院に拡大させ始めた。2010年11月現在、全国の半分以上の地区級市レベルの指定病院と3分の1以上の省レベルの指定病院においては同制度が確立した。全国での完全実現は2012年を目途にされている。さらに、新型農村合作医療の全国情報ネットワークの構築も進められており、それを土台にする省・自治区・直轄市間の「直通車」は近い将来可能になると見られる。

一方、これで問題がすべて解決されているわけではない。「直通車」の導入は給付の効率化をかなり前進させているとはいえ、とりわけ域外の非指定病院では医療費をいったん立て替えなければならないというもう一つ大きな問題はいまだに解消される気配がない。

償還払い方式をとっているため、患者はまず医療費を全額支払い、後で精算する。数千元ないし数万元という高額の入院医療費となると、所得が一般水準にある住民は支払いがかなり難しくなる。しかし、豊かな住民は支払い能力があるため、より多くの給付を受けることになる。このような逆進制の強い制度設計の中で、当然新たな不平等が生まれる。その結果、医療保険の整備によって防貧の機能を果たすという制度当初の方針に反することは明白である。いっそうの改善は、今後も引き続き求められている。
(執筆者:王文亮金城学院大学教授編集担当:サーチナ・メディア事業部)

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