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橋下徹の言論テクニックを解剖する - 中島岳志

 11月27日に実施される大阪のW選挙に際して、橋下徹氏の言動に注目が集まっています。大阪都構想を実現すればすべてがうまくいくかのような幻想をふりまき、既得権益を徹底的にバッシングすることで支持を獲得するあり方は、非常に危険だと言わざるを得ません。また、そのような独断的で断言型の政治家を「救世主」と見なす社会のあり方も問題だと思います。(「ハシズムを支える社会」の問題については『創』12月号で詳しく論じています。)

 多くの人は、橋下氏の言論術に翻弄されています。彼は「ありえない比喩」を駆使し、「前言撤回」を繰り返しながら、人々の心をひきつけて行きます。私たちは、一歩引いたところから、橋下氏の言論戦術を解剖し、冷めた目で客体視する必要があります。

 その時に、非常に参考になる本があります。2005年に出版された『図説・心理戦で絶対に負けない交渉術』(日本文芸社)という本です。これは、さまざまな交渉の場面での実践テクニックを提示したものですが、著者はなんと弁護士時代の橋下氏本人です。橋下氏自身が自分の言論テクニックを披露し、手の内を明かしているのです。

 橋下氏の言論のあり方を分析するには、この本が最も役に立ちます。私たちは、今や日本で最も危険な政治家となった橋下氏の言行を、冷静に解剖する必要があります。以下では、彼の言論を客体化するために、彼自身が提示する「交渉術」を読み解いていきたいと思います。


 橋下氏が本書の中で最も強調するのが「仮装の利益」という概念です。彼は次のように言います。
 交渉において相手を思い通りに動かし、説得していくには、はっきり言って三通りの方法しかない。

 “合法的に脅す”“利益を与える”“ひたすらお願いする”の三つだ。そのなかで、最も有効なのは“利益を与える”ことである。

 この場合の利益には二通りある。一つは文字通り相手方の利益。もう一つは、実際には存在しないレトリックによる利益だ。不利益の回避によって感じさせる“実在しない利益”とも言える(6頁)。
 橋下氏は「実際には存在しないレトリックによる利益」を作為的に創出することによって、相手に要求を飲ませるべきであると述べています。そして、この「仮装の利益」をより有効に起動させるためには、「譲歩の演出法」が重要になると説きます。
 相手方に利益を与えるということはこちらの譲歩を示すということだ。譲歩とそれに伴う苦労は、徹底的に強調し、演出すべきだ。譲歩とはよべない些細なことであっても、さも大きな譲歩であるように仕立て上げるのである。そうすることで、相手方の得る利益が大きいものであると錯覚させることができるからだ。これも交渉の技術である(10頁)。
 橋下氏は、譲歩に伴う苦労を徹底的に演出せよと説きます。相手に譲歩するために、多大な労力と努力を伴ったことを強調することが重要で、本当に苦労したかどうかは別問題だといいます。
 大きな利益を得た、と相手方に感じさせるように、こちら側の苦労を強調するのである。その演出に、タフネゴシエーターは腕をふるっている。詐欺にならない程度に、ではあるが(10頁)。
 さらに橋下氏は、交渉に際して「譲れるもの・譲れないものを明確に分別しておく」ことが重要であると説きます。彼は、あらゆる主張を「譲歩できるもの」と「譲歩できないもの」の二種類に徹底的に分別し、「二者択一の法則で自己の利益を絞り込む」必要があると言います。
 物々交換の基本にのっとって、自分の主張を絞り込んでいく。どうしても通したい主張と、譲歩できる主張を明確に区別する必要がある。
 
 できることならこの主張も通したい、交渉の流れのなかで判断しよう、そんなグレーゾーンを持ったままで交渉に臨むことだけは避けたい。それが交渉をこじらせ、長期化させる原因にもなるのだ(12頁)。
 以上のような「交渉テクニック」から見えてくる政治手法は、どのようなものでしょうか。

 橋下氏は、はじめにハードルを高く設定した提案を掲げます。もちろん、この提案の中には「譲歩できるもの」と「譲歩できないもの」が含まれています。

 突然、提案を突き付けられた利害関係者は、当然反発します。そして、橋下氏が提示した提案に依拠しながら、問題点を列挙し抵抗します。

 しかし、この時点ですでに勝負は決しています。それは橋下氏の舞台に乗ってしまっているからです。橋下氏の提案に基づいて交渉がスタートさせることこそが、彼の「交渉テクニック」だからです。

 橋下氏は、ここから「譲歩できるもの」のカードを切っていきます。そして、このカードの付与によって「仮装の利益」を分配していきます。「実際には存在しないレトリックによる利益」のため、橋下氏側にダメージはありません。「譲歩の演出」によって相手が利益を得たと錯覚させることが目的であり、この錯覚を駆使することによって「本当の利益」を獲得していくのです。

 結果、相手はあたかも「利益を得たかのような感覚」を持ちながら、実際は重要なものを損なっているという結果が生じます。これが、橋下氏が繰り返し用いる政治手法です。


 私は、橋下氏がこのテクニックを駆使する貴重な瞬間を、目の前で目撃しました。私は大阪の朝日放送(ABC)が制作する夕方の報道番組にレギュラー出演しているのですが、そのスタジオで橋下氏と二度、議論を交える機会がありました。

 一度目の議論の時(10月11日)です。この時は、橋下氏と大阪維新の会が提出した「教育基本条例案」が議論の中心でした。ゲストには、この条例案に反発する教育委員の陰山英男氏がお越しになり、橋下氏と激しい論争を繰り広げました。

 陰山氏は、橋下氏自身が選任した大阪府の現職の教育委員です。橋下氏は、そんな陰山氏とさえ議論せず、9月21日、いきなり頭ごなしに条例案を府議会に提出しました。怒ったのは陰山氏をはじめとした教育委員たちです。特に陰山氏は強い反発を示し、教育委員の辞任も示唆しました。

 教育基本条例には、いくつかのポイントがあります。

 まず一つは「教育行政における政治主導」です。教育が時の権力者によって左右されることを防ぐため、政治が教育に介入することには極めて厳しい制限が加えられてきました。橋下氏はこの制限にメスを入れ、「教育現場に民意を反映させる」と説きながら、教員人事などへの政治介入を模索します。

 2つ目は、教育現場への競争原理の導入です。「学区制の廃止」「3年連続定員割れの高校は統廃合」「学力テストの学校別成績公表」などがそれにあたります。

 3つ目は、教員人事システムの見直しです。「全校長の公募制」「教員に対する相対評価による免職」「学校運営協議会による学校評価と教員評価」などが提示されています。

 特に重要なのは「教員の相対評価」という問題です。「絶対評価」と異なり「相対評価」では、特定の評価に対する割合が定められます。条例案では5段階の最低ランクのD評定を、全体の5%必ずつけなければならないとされています。そして、このD評定が2年連続となった教員は研修を受けなければならず、そこでも評価されなければ免職になります。

 この教員評定を行うのは校長です。しかし、校長は独自の判断だけで教員の評価を行うのではありません。保護者を中心とする学校運営協議会の教員評価を基に、評価を下すというのです。この人事評定のあり方を、橋下氏は「教育現場に対する民意の反映」と主張します。

 陰山氏はまず、この教員評価のあり方に疑問を呈しました。彼は「民間企業でこんなことをやってうまくいったところがあるのか?」と問い、相対評価では誰かに無理やり「貧乏くじ」を押しつけることになると批判しました。また、こんなことをしていては「教員の志願者は減る」と論じ、学校現場にける優秀な人材の確保が困難になると主張しました。

 また、「全校長の公募制」については、「これまでの経験上、公募で優れた校長を確保するのは難しい」とし、売名や名誉職を求める人物の排除は困難であると論じました。

 陰山氏の批判は、ツイッター上でなされました。そして、この書き込みの後、スタジオでの対論となったのです。

 橋下氏は、スタジオでの討論の中で、突然、「譲歩」を示しました。彼は急に、「教員評価は必ずしも相対評価でなくてもいい」と発言し、「相対評価」の部分を撤回しました。また、「校長の公募」を「必ずしも全校長でなくてもよい」と発言し、「全」の部分を撤回しました。

 突然の「譲歩」に対して、陰山氏は驚きと戸惑いの表情を浮かべました。そして、勢いに押される形で橋下氏の提案に同意し、橋下氏も「これが本当の熟議ですよ」と誇らしげに語りました。番組終了後、陰山氏は番組スタッフと私に「まだ課題はあるが、重要な譲歩を引き出せた」と満足そうな表情を浮かべ、「橋下氏はやっぱりどこか可愛げがあって憎めない」と笑顔を見せていました。

 のちに陰山氏は冷静になったのでしょう。結局、大阪府の教育委員会は、「教育基本条例案」の全面撤回を求め、その要求に応じなければ全員辞職することを発表しました。教育委員会は、橋下氏の舞台に上がること自体を拒否したのです。これは条例案そのものを議論の俎上に載せないとすることで、橋下氏側にイニシアティブを握らせない方針と見ることができるでしょう。橋下テクニックに乗らない賢明な判断だと、私は思います。

 もうお分かりだと思いますが、橋下氏の一連の政治行動・言論は、彼自身が示す教科書通りの策略によって組み立てられています。

 まず「教育基本条例案」というハードルの高い提案を行い、そこから「相対評価」「全校長」といった一部分を突然譲歩することによって、相手に「仮装の利益」を与えます。その時、自分たちの側が相手の主張に応じて、重要な部分を譲歩したかのように「演出」し、「仮装の利益」の効果を最大化します。相手は「実際には存在しないレトリックによる利益」を真の利益と思い込み、その譲歩に応じて、自分も譲歩しなければならないと「錯覚」してしまいます。結果、橋下氏が事前に設定した「譲歩できるもの」と「譲歩できないもの」の二分法にはまりこみ、彼の思い描いた結末が落とし所となるのです。

 私たちは、橋下氏の手法やテクニック、交渉術を熟知する必要があります。そして、この「術」を客体化することを通じて、橋下氏の巧みな操作を見破らなければなりません。テレビを見ながら、「今は○○というテクニックを使ったな」と冷静に分析することができれば、彼の主張の「おかしさ」を的確に見抜くことができるようになります。

 まだまだ、橋下氏のレトリックを見破る方法はあります。続きはまた、次回に。

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