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【独占インタビュー】オウム「中川死刑囚」が語った「金正男VXガス暗殺事件」の真相

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事件直後の「正確な分析」

――金正男のVXガスによる殺害も、中川死刑囚はその症状をみて、正確に言い当てていたようですね。

 2月13日に金正男が殺害されましたが、2月22日に、中川死刑囚は弁護士を通して、私に手紙を送ってきました。まだマレーシア政府が発表していない段階です。それはこんな内容でした。

「先日、金正男氏がマレーシアで殺害され、VXが使用されたのではないか、という報道がありました。 正確な情報が入手出来ませんが、報道されている金氏の症状からしてVXであっても矛盾はないと思います。金氏は目の痛みを訴えていたようで、目にVXを付着させたのであれば、痛みは当然ですし、呼吸が速く、症状が早く出て空港内で亡くなってもおかしくないと思います。単に皮膚に付けただけでは、教団が行った事件の時は発症までに1~2時間はかかっていました。また、金氏は口から泡を吹いていたそうです。VXは気道の分泌物を増加させますので、これもVXの症状と考えて矛盾はありません。VXは猛毒と言われますが、サリンと比較すると気化しないので取扱いは容易です。私がVXを取扱った際には、長袖の普通の服に手袋をつけただけでした。ですので、金氏の件での実行犯が自分の手袋に薬液を塗ってそれを金氏に付着させたという報道も、薬液がVXであればおかしくありません。これがサリンであれば、実行犯も確実に中毒します。VXは肝臓で代謝されるので、マレーシアの当局が血液や尿、顔面への付着物のサンプルのほか、肝臓のサンプルを残していれば良いのですが。脳が残っていれば神経細胞に結合したVXを直接検出できるかも知れません。地下鉄サリン事件の被害者の脳からはサリンが検出されました」

米軍開発の「バイナリ―システム」

――中川死刑囚は、かなり正確にVXガスのことを理解しているようですね。トゥさんとしては、今回の金正男へのVXガスの使用をどう見ていますか。

 VXガスは極めて毒性が強いので、どのように運ぶかが問題になります。オウムは注射器のなかに溶液を入れて、アイスボックスにしまって運んだそうです。そして、被害者の首にたらして皮膚から吸収させたこともありましたし、1994年12月に起きた会社員・濱口忠仁さん殺人事件の場合は、濱口さんが柔道の有段者で暴れたため、針のついた注射器からそのままVX溶液を後頭部にかけたのだそうです。

 VXガスは、神経毒とマスタードガス(皮膚をただれさせ、消化管や造血器に障害を起こす)の両方の特性を持っており、極めて毒性が強いので、そのまま貯蔵していると、ちょっとした扱いのミスで死んでしまいます。サリンはすぐに気化しますが、VXガスは空気に対する比重が1対9とかなり重いので、床にこぼれても2時間ぐらいは危険な状態で残っているのです。

 そのVXガスに対して、第2次世界大戦後、米軍がバイナリーシステム(混合型兵器)を開発しました。具体的には、VXガスを2つの成分に分けます。それぞれの状態では、毒性はほとんどないぐらいの弱さです。ところが、それが爆弾として投下して爆発した時にちょうど混合するようにして、VXガスになるのです。

 マレーシアでの暗殺事件でも、最初の女性が金正男氏の顔に液体を塗りつけ、そのうえに別の女性がまた液体を塗りつけました。数滴あれば、VXガスは生成され、殺傷できます。あの瞬間、VXガスが金正男氏の顔のうえで生成されたのでしょう。明らかに北朝鮮は米陸軍の真似をしています。

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北朝鮮はこの本を参考にしたのか

 私は1988年に日本で出版した著書『身のまわりの毒』(東京化学同人)のなかで、VXガスのバイナリーシステムについて図解つきで説明しています。中川死刑囚は、北朝鮮はオウムの真似をしたのではないかと言っています。その可能性もありますが、もしかすると北朝鮮は、私のその本を読んで今回の襲撃方法を考えたのかもしれません。

――確かに、マレーシアでは、最初はスプレーを噴射し、次にハンカチで口を押さえていました。猛毒の化学兵器を使ったのなら、2人の女性もただではすまなかったはずです。バイナリーシステムならば矛盾しませんね。

 北朝鮮はサリンを、1995年の時点で大量に保有していたと言われています。サリンとVXは同じ神経ガスなので作り方も似ています。当時ミサイルはなかったでしょうが、いまはミサイルの弾頭に毒ガスを詰め込んで発射できる態勢を整えているでしょう。

日本との不思議な縁

――あなたは米国で毒性学や生物・化学兵器の専門家として名声を確立していますが、出身は台湾で、日本語も流暢です。そして、お父さんの杜聡明氏は薬物学の専門家で、台湾の医療界にも大きく貢献した人です。

 私は化学の視点から毒物を研究しましたが、父は薬理の視点から毒物を研究しました。父はアヘンの管理などが専門でした。学生時代は愛国意識の強い人で、中国革命を成し遂げようと、当時の権力者である袁世凱を暗殺するため、台北から神戸を経て大連に渡り、北京の袁世凱の邸宅の水源にコレラ菌を流そうとしました。しかし、警備が厳しすぎて諦め、命からがら台湾に戻ってきました。この時、父と一緒に2人で袁世凱暗殺に向かったのが翁俊明さんという方で、日本でも有名なジュディ・オング(翁倩玉)さんのおじいさんにあたります。

 父は日本の教育を受けましたし、母親も日本に留学していましたので、家庭では日本語を使っていました。私は台湾大学の理学部を卒業したあと、米国に留学しました。米国で結婚した相手も日系人でしたので、日本語はずっと使っていました。しかし、本格的に日本に通い始めたのはオウムによるサリン事件が起きてからです。そんな日本で、サリン事件の解決に貢献できて、日本政府から旭日中綬章をいただいているのですから、不思議な縁を感じます。

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