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- 2011年11月08日 21:10
陸山会」裁判の東京地裁判決について(5):西松建設総務部長兼経営企画部長証言問題
(1)小沢一郎氏の元秘書ら3名の「陸山会」裁判については、これまで、ブログで書いてきました。
検事調書不採用で小沢一郎元秘書ら3名は「陸山会」裁判で「無罪確実」!?
「陸山会」裁判の東京地裁判決について(1)
「陸山会」裁判の東京地裁判決について(2):「西松建設」違法献金事件
「陸山会」裁判の東京地裁判決について(3):土地取得をめぐる事件
「陸山会」裁判の東京地裁判決について(4):虚偽記載・不記載の一覧表(不記載・虚偽記載総額約18億5261万円)
(2)西松建設違法献金事件については、すでに上記「「陸山会」裁判の東京地裁判決について(2)」で書いています。
ただ、西松建設の総務部長兼経営企画部長(O氏)が、法廷で、新政治問題研究会と未来産業研究会が西松建設の隠れ蓑(ダミー)だったことを否定し、政治団体としての実体があった旨、証言していました。
「西松建設」は社内の内部調査の結果(西松建設内部調査委員会「調査報告書及び外部諮問委員会所見について」)を自社のHPに公表し、両政治団体が同社のダミーだったことを認めて、西松建設前社長は有罪判決が出てしましたし、自民党の二階俊博・前大臣の秘書が略式起訴されていました。
ですから、西松建設の総務部長兼経営企画部長の法廷での証言は信用できないのではないかと疑うのが自然でしょう。
ところが、当時、この証言を根拠に、被告人大久保氏の無罪を主張したり、あるいは検察を批判する意見が、インターネット上でも散見されました。
すでに「「陸山会」裁判の東京地裁判決について(2)」で、西松建設違法献金事件についての検察側の冒頭陳述内容や判決の概要を紹介しているので、いまだに西松建設の総務部長兼経営企画部長の法廷での証言を信用している者が大勢いるとは思いますが、それでも、未だにその証言を信じ込んで、この点での有罪判決を不当判決と思い込んでkる者が以内とも限りません。
そこで、以下では、この点について、9月26日の東京地裁判決は、どのように判示しているのかを、紹介することにします。
(3)一応念のために、判決の概要を紹介しておきましょう(実際の判決は分量が多いので、紹介しません)。
判決は、まず、
新政治問題研究会と未来産業研究会は、西松建設が社名を秘して政治献金を行うための隠れ蓑だったものであり、両政治団体名義の政治献金は、西松建設が自ら決定し、両政治団体を通じて実行していたことが認められるので、両政治団体名義の各寄附を行なった主体は、西松建設であることは明らかである、
と判示しました。
次に、
1. 献金総額、受け皿団体及び献金元の特定、献金額の割り振りといった重要な事項は、被告人大久保は、毎年、西松建設を訪れ、同社経営企画部長のみと打ち合わせていたのであって、両政治団体の役職員とあったことは一度もなく、接触を図ろうとしたことも一切なかった、
2. 両政治団体の献金の減額・終了交渉において、同経営企画部長は、「西松建設の業績悪化」が理由であることを明確に被告人大久保に伝えており、これに対し被告人大久保被告は「まあ、お宅が厳しいのはそうでしょう。…」などとやりとりており、このこと自体、被告人大久保が両政治団体名義の政治献金が西松建設の意思決定と同社の資金によって行われていることを認識していたことの証左と言える、
3. 小沢一郎の秘書で1999年から2001年ころまで小沢事務所の経理事務を担当していた者は、捜査段階において検察に対し、両政治団体は西松建設がその名前を表に出すことなく政治献金を行う際の隠れ蓑にすぎないと思っていた旨認めており、被告人大久保も、捜査段階において検察官に対し、これと同旨の供述をしており、いずれも信用できる、
として、
判決は、両政治団体が西松建設の隠れ蓑であると被告人大久保は認識していたと結論づけました。
(4)両政治団体が西松建設の隠れ蓑であったことについては、実際の判決を読むと、西松建設の複数の役員らの証言があることがわかります(ただし、私は検事調書を読んでいませんし、裁判を傍聴してはいません)。
また、同社総務部長兼経営企画部長は、法廷で、両政治団体が西松建設の隠れ蓑であったことを否定する証言を行なったことについて、判決は、
1. 両政治団体は西松建設が政治献金をする道具にすぎず、政治団体としての実体がないことを認めていた捜査段階の同部長の供述と矛盾する、
2. 同部長は、両政治団体の預金口座の銀行届出印を自ら保管し、出金手続の際には同社営業管理部長に払戻請求書を持ってこさせていたが、銀行届出印を自ら保管していた理由については曖昧な供述に終始している、
3. 同部長は、直属の上司だった者が西松建設から7億円の損害賠償請求訴訟を起こされており、役員であったものとして、自分も代表訴訟の対象になることが心配で、嫌だなと思っていた旨発言したことがあると認めているから、
同部長には、両政治団体が西松建設の隠れ蓑であったか否かについて記憶に反する供述を行う理由があるので、
同部長の供述はこの点で信用できない、と判示しました。
(5)さらに、判決を読むと、総務部長兼経営企画部長は、法廷で、
両政治団体がその年にいくらの献金を行うかについての打ち合わせの席上、被告人大久保に対し、「社内で調整します。」とか「上に諮ります。」と言うなどして西松建設の上司の決裁を得る旨告げていた旨証言しているし、そのように言った理由について、組織人として当たり前のことで、1500万円もの金額を自分の一存であちこち頼んだり、寄附すること自体決められないので、上司である管理本部長に報告して承諾を得ていた、
などと証言していました(速記録あり)。
(6)以上、西松建設違法献金事件に関する判決の概要を紹介しました。
判決を読むと、西松建設総務部長兼経営企画部長の法廷での証言は、一方では、新政治問題研究会と未来産業研究会が政治団体としての実体があり、西松建設の隠れ蓑(ダミー)ではない旨述べていますが、他方では、それと矛盾する証言もしていたのです。
判決が証言を忠実に紹介しているとすれば、裁判を傍聴し西松建設総務部長兼経営企画部長の法廷での証言を聴いた者が「西松建設違法献金事件で被告人大久保が無罪になるのは確実」と吹聴していたのであれば、それは、あえてデマを流したとしか思えません。
(7)なかには、検察が被告人大久保氏の追起訴の件で裁判所に訴因変更を求めた当時、「被告人大久保の無罪が確実になったから検察は訴因変更を強行使しようとしている」旨、言い張る意見がインターネット上ではありましたが、これも、デマの類だったのではないでしょうか(あるいは、そのデマを信じたもの)。
私の見方は、むしろ、その正反対です。
そして訴因変更は、私の予想を超えて、「小沢事務所と業者の癒着」を説明するために成功したのです(これは別の機会に書きます)。
(続く)
検事調書不採用で小沢一郎元秘書ら3名は「陸山会」裁判で「無罪確実」!?
「陸山会」裁判の東京地裁判決について(1)
「陸山会」裁判の東京地裁判決について(2):「西松建設」違法献金事件
「陸山会」裁判の東京地裁判決について(3):土地取得をめぐる事件
「陸山会」裁判の東京地裁判決について(4):虚偽記載・不記載の一覧表(不記載・虚偽記載総額約18億5261万円)
(2)西松建設違法献金事件については、すでに上記「「陸山会」裁判の東京地裁判決について(2)」で書いています。
ただ、西松建設の総務部長兼経営企画部長(O氏)が、法廷で、新政治問題研究会と未来産業研究会が西松建設の隠れ蓑(ダミー)だったことを否定し、政治団体としての実体があった旨、証言していました。
「西松建設」は社内の内部調査の結果(西松建設内部調査委員会「調査報告書及び外部諮問委員会所見について」)を自社のHPに公表し、両政治団体が同社のダミーだったことを認めて、西松建設前社長は有罪判決が出てしましたし、自民党の二階俊博・前大臣の秘書が略式起訴されていました。
ですから、西松建設の総務部長兼経営企画部長の法廷での証言は信用できないのではないかと疑うのが自然でしょう。
ところが、当時、この証言を根拠に、被告人大久保氏の無罪を主張したり、あるいは検察を批判する意見が、インターネット上でも散見されました。
すでに「「陸山会」裁判の東京地裁判決について(2)」で、西松建設違法献金事件についての検察側の冒頭陳述内容や判決の概要を紹介しているので、いまだに西松建設の総務部長兼経営企画部長の法廷での証言を信用している者が大勢いるとは思いますが、それでも、未だにその証言を信じ込んで、この点での有罪判決を不当判決と思い込んでkる者が以内とも限りません。
そこで、以下では、この点について、9月26日の東京地裁判決は、どのように判示しているのかを、紹介することにします。
(3)一応念のために、判決の概要を紹介しておきましょう(実際の判決は分量が多いので、紹介しません)。
判決は、まず、
新政治問題研究会と未来産業研究会は、西松建設が社名を秘して政治献金を行うための隠れ蓑だったものであり、両政治団体名義の政治献金は、西松建設が自ら決定し、両政治団体を通じて実行していたことが認められるので、両政治団体名義の各寄附を行なった主体は、西松建設であることは明らかである、
と判示しました。
次に、
1. 献金総額、受け皿団体及び献金元の特定、献金額の割り振りといった重要な事項は、被告人大久保は、毎年、西松建設を訪れ、同社経営企画部長のみと打ち合わせていたのであって、両政治団体の役職員とあったことは一度もなく、接触を図ろうとしたことも一切なかった、
2. 両政治団体の献金の減額・終了交渉において、同経営企画部長は、「西松建設の業績悪化」が理由であることを明確に被告人大久保に伝えており、これに対し被告人大久保被告は「まあ、お宅が厳しいのはそうでしょう。…」などとやりとりており、このこと自体、被告人大久保が両政治団体名義の政治献金が西松建設の意思決定と同社の資金によって行われていることを認識していたことの証左と言える、
3. 小沢一郎の秘書で1999年から2001年ころまで小沢事務所の経理事務を担当していた者は、捜査段階において検察に対し、両政治団体は西松建設がその名前を表に出すことなく政治献金を行う際の隠れ蓑にすぎないと思っていた旨認めており、被告人大久保も、捜査段階において検察官に対し、これと同旨の供述をしており、いずれも信用できる、
として、
判決は、両政治団体が西松建設の隠れ蓑であると被告人大久保は認識していたと結論づけました。
(4)両政治団体が西松建設の隠れ蓑であったことについては、実際の判決を読むと、西松建設の複数の役員らの証言があることがわかります(ただし、私は検事調書を読んでいませんし、裁判を傍聴してはいません)。
また、同社総務部長兼経営企画部長は、法廷で、両政治団体が西松建設の隠れ蓑であったことを否定する証言を行なったことについて、判決は、
1. 両政治団体は西松建設が政治献金をする道具にすぎず、政治団体としての実体がないことを認めていた捜査段階の同部長の供述と矛盾する、
2. 同部長は、両政治団体の預金口座の銀行届出印を自ら保管し、出金手続の際には同社営業管理部長に払戻請求書を持ってこさせていたが、銀行届出印を自ら保管していた理由については曖昧な供述に終始している、
3. 同部長は、直属の上司だった者が西松建設から7億円の損害賠償請求訴訟を起こされており、役員であったものとして、自分も代表訴訟の対象になることが心配で、嫌だなと思っていた旨発言したことがあると認めているから、
同部長には、両政治団体が西松建設の隠れ蓑であったか否かについて記憶に反する供述を行う理由があるので、
同部長の供述はこの点で信用できない、と判示しました。
(5)さらに、判決を読むと、総務部長兼経営企画部長は、法廷で、
両政治団体がその年にいくらの献金を行うかについての打ち合わせの席上、被告人大久保に対し、「社内で調整します。」とか「上に諮ります。」と言うなどして西松建設の上司の決裁を得る旨告げていた旨証言しているし、そのように言った理由について、組織人として当たり前のことで、1500万円もの金額を自分の一存であちこち頼んだり、寄附すること自体決められないので、上司である管理本部長に報告して承諾を得ていた、
などと証言していました(速記録あり)。
(6)以上、西松建設違法献金事件に関する判決の概要を紹介しました。
判決を読むと、西松建設総務部長兼経営企画部長の法廷での証言は、一方では、新政治問題研究会と未来産業研究会が政治団体としての実体があり、西松建設の隠れ蓑(ダミー)ではない旨述べていますが、他方では、それと矛盾する証言もしていたのです。
判決が証言を忠実に紹介しているとすれば、裁判を傍聴し西松建設総務部長兼経営企画部長の法廷での証言を聴いた者が「西松建設違法献金事件で被告人大久保が無罪になるのは確実」と吹聴していたのであれば、それは、あえてデマを流したとしか思えません。
(7)なかには、検察が被告人大久保氏の追起訴の件で裁判所に訴因変更を求めた当時、「被告人大久保の無罪が確実になったから検察は訴因変更を強行使しようとしている」旨、言い張る意見がインターネット上ではありましたが、これも、デマの類だったのではないでしょうか(あるいは、そのデマを信じたもの)。
私の見方は、むしろ、その正反対です。
そして訴因変更は、私の予想を超えて、「小沢事務所と業者の癒着」を説明するために成功したのです(これは別の機会に書きます)。
(続く)



