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「不機嫌」「不愛想」「ふてぶてしい」落語家・春風亭一之輔を表す3つの「ふ」

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共同通信社

現在の落語界を牽引する人気者、春風亭一之輔(39)が4月10日、NHKのドキュメンタリー番組「プロフェッショナル 仕事の流儀」に登場した。あらゆる職種の才人に密着し、仕事へのこだわりを通して、「プロ」とは何かを問い続けるNHKの看板番組だ。

この番組に落語家が登場するのは実に9年ぶり。2008年10月14日放送の「柳家小三治編」以来だ。しかも白刃の矢が立ったのは功名成したベテランではなく、売り出し中で上り調子の30代という攻めのキャスティングに心躍った。

2008年柳家小三治編の「遺恨マッチ」

さらに、口さがない落語ファン、要するに面倒くさい落語好きにとってこの番組、小三治編の「遺恨マッチ」という意味もあり、見逃すことのできない放送となった。

なぜ遺恨マッチなのか? 2008年の小三治編は真夏につとめる池袋演芸場でのトリに、不安定な体調を抱えながらも芸に向きあう小三治の真摯な姿を追い、全編で名場面名言が飛び交う見ごたえある内容だった。

しかし、当時この番組はVTRの合間にスタジオパートがあり、司会の茂木健一郎(脳科学者)と住吉美紀アナ(現在はフリー)がゲストとのトークを交わす構成だった。そこでNHKは落語界の至宝(文字通り2014年に重要無形文化財=人間国宝に指定された)小三治に「えっ、そんなことをさせるんですか!」という演出を入れたのだ。

<2008年10月14日放送 「プロフェッショナル 仕事の流儀」(NHK)より採録>
~番組半ば、前半のVTR後のトーク場面にて~

住吉「ちょっときょうは落語の技を見せて頂けると聞いてるんですけれども」
小三治「おおおお・・・」
住吉「よろしくお願いします」
小三治「ああああ・・・落語の技ねぇ・・・」
(中略~扇子と手ぬぐいで煙管を吸う仕草を披露)

茂木「あの小三治さん、お蕎麦食べるところリクエストでいいですか(笑)」
小三治「お蕎麦ですか」
茂木「はい」
小三治「ふふ、お蕎麦食べるとこってね(照れ笑い)。上手くねえんだよ俺あんまり」 
茂木「そんなそんな」
小三治「うーん、いや、それはお蕎麦は(左の手の平で形を作り)どんぶりをこう持ちますわね」
住吉「(うなずく)」
小三治「それであの(扇子を箸にして蕎麦をたぐりあげる)、熱ければこれをフッフッフッ~、ズッズズズ~(蕎麦をすする、もぐもぐと噛む)」
住吉「はは、すごーい」
小三治「というようなことで、いいでしょうかね」
茂木・住吉「(拍手)」
住吉「今の、よだれが出てきそうでした」
茂木「ホントおいしそうでしたね」
小三治「ああ、そうですか(笑)」
住吉「蕎麦をすするその口も、横で見ていて、ああなっていたんだっていう」
小三治「(笑)あのね、横から見るためにはやってない」
住吉「アハハハハ」
茂木「そうですね」
小三治「でもよく言われるのは、あのう、蕎麦の食べ方が上手いからといって上手い噺家ではない、ということをよく言われます」

扇子手ぬぐいを様々な小道具に見立てる落語の仕草の代名詞「蕎麦をすする」は、多くの落語初心者に「落語とは?」を伝えるのに、とてもわかりやすい場面のひとつだろう。

だが、それは入門的な表現のひとつであり、若手落語家に演じてもらうならありだろうが、小三治のような大ベテランにそれを頼むことは(落語界を知る者としては)ありえない。無茶だ。相撲界なら横綱に「ここでシコふんでもらえませんか?」と頼むようなものかもしれない。もし、こういう無茶なリクエストがまかり通る治外法権が日本にあるとすれば「徹子の部屋」だけだ。

補足すればこの場面、茂木住吉の両氏に非は無い。番組側があえて視聴者に必要な場面と判断し、小三治本人の了承も得て用意されたシーンだ。

だが、この「蕎麦仕草要求事件」は落語ファンの間で「おいNHK、なにをする、やめろ!」という忘れ難いトラウマとなった。ファンにとって雲上の師を地に引きずり下ろす不敬を目の当たりにした思いだった。

果たして一之輔にも、全国の落語初心者にも対応するため、みなさまのNHKが企図する蕎麦的演出が突きつけられるのか。その不安をよぎらせながら放送を見た。

一之輔が醸す「不機嫌」「不愛想」「ふてぶてしい」の3つの「ふ」

<2017年4月10日放送 「プロフェッショナル 仕事の流儀」(NHK)より採録>
(多忙な日々を送る一之輔に取材スタッフが話しかける)

スタッフ「マネージャーさんとかつけない?」
一之輔「面倒くさいじゃないですかそんなひと横にいたら。この(取材の)状態が面倒くさいと思ってる人間が、マネージャーなんかいたら。・・・マネージャーに金払うぐらいだったら自分が全部もらいますよ。フフフ」

NA「ひねくれ者は毒ばかり吐く」

番組冒頭から一之輔が醸す「不機嫌」「不愛想」「ふてぶてしい」の三つの「ふ」が取材スタッフを小刻みに威嚇していた。何か余計なことは頼みづらい空気が流れていた。そしてそんな一之輔を早々に「毒ばかり吐くひねくれ者」と見切ったスタッフの冷静な視線に同意した。

それにしても一之輔、普通「プロフェッショナル」のようなブランドが確立されたドキュメンタリーに密着されれば、そのブランド揚力で地面から数センチ浮き足立ってもおかしくない。ましてや芸人だ。「見られるなら、良く見られたい」と笑顔率&社交率が割り増しても当然だ。なのに、いきなりスタッフに毒づく姿にも感心した。と思いきや、そのあと一之輔は(上から目線ながらも)取材スタッフに缶コーヒーを渡し、吐いた毒の中和をしていた。そこに一之輔の人間くささが映っていた。9年の月日を経て、小三治編とは明らかに違う落語家版「プロフェッショナル」への期待が高まった。

      ▼

ところで、「プロフェッショナル」という番組は基本的に次の構成が基本になっている。

(1) 人物/仕事におけるこだわりや主義を紹介
(2) 来歴/幼少期からの半生、仕事で自身を確立するまでの苦悩や挫折を紹介
(3) 挑戦/取り組むことになったハードルの高い依頼にどう立ち向かうかに密着
(4) シメ/プロフェッショナルとは?の言葉

「一之輔編」もこの構成を追いながら、(1)では「初天神」「鰍沢」「夢八」などの演目を通じ、一之輔の高い職能を炙り出していた。招かれた現場、限られた持ち時間の中で、いかにして観客を満足させるか。そのためにどういう判断がなされ、芸のエネルギーを注ぎ込むのか。

そして番組後半の(3)に入ると、「一月半ば、一之輔は難しい仕事に悩み続けていた」というナレーションを皮切りに、古典落語を主とする一之輔が創作落語「手習い権助」に取り組む姿を追い始める。

ここで、一之輔の落語家としての「仕事」ぶりにさらに踏み込んでいく。既に二百席もの古典落語の持ちネタがあり、日々の高座でかける十八番ネタも多い一之輔が、なぜ創作という手間暇がかかる作業に挑むのか。カラオケボックスにこもり創作に没頭する一之輔が語った。

一之輔「なーんでこんなくだらないこと、頭抱えて考えてんだろうな、フフフ(笑)。でもそれ絶対生きてくると思うんでね。そういうもの考えるのはね、古典やる上で創作(をすることは)、ちょっとここ、こうしたほうがもっと面白くなるんじゃないかとか、全部(古典に)つながってくると思うんで。落語に関することでね(仕事の)話もらったらやりますよ、そりゃ」

古典につながる、だから創作にも向きあう。言うは易いが行うは難い。ましてや多忙な日々において仕事の効率を考えれば避けて通っても誰にも文句を言われない分野だ。

一之輔による創作落語「手習い権助」がネタおろしされたのは、2017年2月2日「一之輔・天どん ふたりがかりの会 新作江戸噺十二ヶ月(笑)」(座・高円寺2)。この会は春風亭一之輔と三遊亭天どんの両名が、江戸が舞台で季節を感じる新作落語を十二ヶ月分の十二本、江戸時代に実際にあった行事や風習を題材に創るという企画だ。編集できれいにカットされ、放送上見事に透明化していた三遊亭天どんと、創作をしのぎを削りあっている。

「手習い権助」は、二月「初午」の時期に江戸の子ども達が手習い(読み書き)を始めると良いとされた風習が背景で着想が始まった。なお、この会で一之輔が過去に発表した新作江戸噺は、「はなし亀(がめ)」「長屋の雪見」「吟味婆(ぎんみばばあ)」「時太鼓(ときだいこ)」「手習い権助」と、現時点で計五席を数える。

この情報に筆者が通じているのは、筆者自身がこの落語会「一之輔・天どん ふたりがかりの会 新作江戸噺十二ヶ月(笑)」を制作しているからだ。(参照 らくご@座HP http://rakugo-atto-za.jp/) 

そして「プロフェッショナル」は、一之輔がこの「手習い権助」をネタおろし以後、自身が納得するネタにまで磨き上げていけるか、修正と口演の試行錯誤を繰り返す様子を追いかけた。そして寄席(鈴本演芸場)の高座にかけたところで手応えを得て、

一之輔「これ(手習い権助)は(今後も)できそうだ。できそう。もうちょっと何か、クスグリ(ギャグ・笑い)を整理して」

と、ひとつの山を越えた表情を捉えて、エンディングとなった。

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