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ゲシュタポか、それとも政治将校か?

≪国会議員講演会に防諜部隊投入、自衛隊員監視、防衛相直轄部隊が「不当調査」≫

という昨日の産経一面の見出しに、驚かれた方も多かっただろう。

≪北沢俊美防衛相直轄の防諜部隊「自衛隊情報保全隊」が、陸上自衛隊OBの佐藤正久自民党参院議員や田母神俊雄元航空幕僚長の講演に潜入し、現職自衛官の参加状況を監視していることが23日、分かった。複数の防衛省・自衛隊幹部が明らかにした。本来任務とは乖離した不当調査の疑いがあり、憲法で保障された思想・信条の自由を侵害する監視活動との指摘も出ている≫

情報保全隊というのはその名の通り、外敵の諜報活動から部隊を守るためにある。それを、民主党政権維持のために、“私的に”使うというのだから、自由と民主主義を基調とする我が国の軍隊にはなじまない。それどころか「ゲシュタポ」か「政治将校」を自衛隊内に誕生させることになり、明白な「憲法違反」であろう。

ゲシュタポは、1933年にプロイセン州の秘密警察としてゲーリングが発足させ、1934年に親衛隊(SS)のヒムラーとハイドリヒが指揮権を握り、1936年に活動範囲を全ドイツに広げて保安警察の一部局から国家保安本部の第IV局に改組された。

≪第二次世界大戦中にはドイツ国防軍が占領したヨーロッパの広範な地域に活動範囲を広げ、ヨーロッパ中の人々から畏怖された。その任務はドイツおよびドイツが併合・占領したヨーロッパ諸国における反ナチ派やレジスタンス、スパイなどの摘発、ユダヤ人狩りおよび移送など(インターネット)≫を担当した悪名高い組織である。

それが「民主主義」を標榜する日本の政党によって、自衛隊内で“試行”されているのである。

産経がすっぱ抜いた形だが、田母神事案以降、自民党政権末期にもそれらしき行動は各所で見られていた。しかしそれは内部部局の一部の独走だろうとささやかれていた。それほど航空幕僚長たる田母神氏を、不名誉な形で野に放ったことを文官たちが恐れていた証拠である。ウイキリークスのように「何を言われるか」と戦々恐々だったのだろう。

彼の講演会を理由をつけては妨害したり、参加者の中にどんな人物がいるかなど、調査していたというが、今回の民主党政権のように「国家組織」である『情報保全隊』を使ってまで監視する事はなかったようだ、という。

まあ、突然航空幕僚長を“追放”した付けが回って、自民党政権は崩壊したのだから、少なくとも当時の政府には罰が当たったとはいえる。

 敵の情報部隊と対峙すべき保全隊が、身内の調査をするようでは、この組織は長くはない…と嘆いていた後輩がいたから、いずれは大事になると思っていたが、入間基地で任務に服していた隊員の胸ぐらをつかんで乱暴した横柄な民主党議員の事件や、航友会長発言を封じようとした民主党政府の度量の狭い行為が、どんどんエスカレートして、ついにゲシュタポ並みの行動をとるに至ったというのだから、今後、自衛隊はうち向きになって、外敵と真っ当に戦える組織とは言えなくなる気がする。

昔から、自衛隊に対する「各種工作」は、敵だけではなく自国民の中の宗教団体や左翼組織などが執拗に仕掛けていて、特に夫が出勤した後の官舎地区には「組織的なネットワーク」を張っていた。幹部の行動を監視したり、スキャンダルさがしである。

選挙前になると、どの政党がビラ配りしたか、とか、どの家にどの候補者が入ったかなど、立川基地で問題になったような事案は、電気工事作業員を装った労働組合員たちによって監視され、それを政党機関紙などが報じるというパターンが全国各地で起きていた。

三沢基地では冬季の暖房は必需品、それを格安で自宅にまで届ける組織が暗躍していて、申し込むとなぜか家族全員の名前とご主人の職名まで申込用紙に記入させていた。そういう点では、自衛隊幹部及びその家族自身が「防諜意識」に欠けていたと私は感じている。

そればかりか、宴会の場、2次会の“飲み屋”で、VIPたちが平気で“仕事の話”をするのだからあきれてものが言えないこともあった。

しかしそれらは不注意のそしりは受けても、今回の「組織を活用した監視」行動とは比較になるまい。

いまや組織内に「政治将校」が生まれて息がつまりそうです、と言った後輩がいたが、今回の報道で「想像以上に内部ががんじがらめになっている」ことが証明された。

その昔、上海で中国軍将校たちと食事した時、空軍からはパイロットとナビゲイターだったが、陸には歩兵と全く部隊勤務をしたことがない、という「政治将校」が私のテーブルにいて、周りから浮いていたことがあった。

政治将校とは、いうまでもなく共産主義国において、政府=共産党が軍隊を統制する為に各部隊に派遣している将校のことを指す。共産党政府の指示から逸脱する行動をとる軍司令官を罷免する権限を有していて、ゲシュタポ同様軍とはまったく異なる指揮系統に属し、≪プロパガンダ、防諜、反共思想の取り締まりを担う軍隊内の政治指導者≫でありレーニンが考案した組織である。

以前書いたと思うが、防大の学生時代、「民主主義下の自衛隊の在り方」というガイダンスがよく行われたが、民主的手法(選挙)で「自由民主主義に相反する政権」が誕生したときの我々の在り方について、議論は紛糾したものであった。つまり、わが国体を崩壊させようとする勢力が政権を握ったとき、われわれはそれに唯々諾々と従うべきか否かと。

私は我が国の文化と国体を守るのが「実力組織」の使命だ、と思っていたから、その政権は排除すべし!といったのだが、嫌なら制服を脱ぐべし、それが民主主義下の自衛隊の在り方だ、という同期も多かった。脱いでどうなるものでもなかろうに…。

自衛隊創設以来半世紀以上たって、とうとう昭和34年当時の「ガイダンス」の問題が提起される状況に至ったか!と深く考えさせられる。

付け加えておくが、この「方式」は何も自衛隊にだけ適用されるものではない。自由奔放な、私に言わしめれば、第4の権力を謳歌している報道機関に対しても、やがて適用されることになるだろう。政権と相いれない主張をするメディアは排除され、強制収容所に入れられることになるだろう…。それとも「プラウダ」か「人民日報」に鞍替えするか?

政府を守るために言論の自由を封じ、情報を統制し、抗議活動を排除して人民を完全に奴隷化している隣国を見るがよい。

1949年政権を奪取した時点では、中国共産党では中国人民政治協商会議が政治を担当した。まだ共産党独裁体制は確立されていなかったが、≪「新民主主義論」のもと共産党、中国民主同盟、中国農工民主党、中国国民党革命委員会≫などが同会議の中心であった。

1950年に土地改革法が成立して全国で土地の再配分が行われると、地主に対して積年の恨みを抱いていた貧農などによって運動は急進化し、短期間で土地改革は完了した。つまり、当時の中国共産党は貧農の味方だったのだが、今や逆に農民を虐待し、自分は当時の“地主”的立場に変わって、皮肉にも自分たちの権益を保護する立場に変貌した。いまや大陸では、毛沢東の“立党の精神”は失われたのである。

わが国でも政権を奪取した民主党政府は、口当たりのいい≪マニュフェスト≫で国民をだまし、政権奪取後はそのどれ一つとして実行しないばかりか、国家財政を破たんに向けて突き進んでいる。国民は「貧農化」し、おまけに“軍隊”内には「ゲシュタポ」「政治将校」が誕生している。やがて看板の「民主主義」も嘘で、国民をゲシュタポ同様監視し、投獄する政府に豹変する予感がする。これが共産革命でなくてなんだろう。

産経以外の他紙がこの件をどう報道しているか知らないが、言論界の皆さん、この問題がゆめゆめ≪自衛隊≫だけの内部の出来事だと勝手に思い込んで「油断めさるな!」とご忠告申し上げる。

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