- 2017年04月12日 18:01
「見えない通貨=信用」にはメンテナンスが必要。だから挨拶や礼儀作法は超重要
2/2“基軸通貨”に相当するコミュニケーションの作法を押さえよう
それでも、日本国内にいる限り、ローカルルールの違いはそれほど顕著ではありません。ローカルルールの習得にエネルギーを費やすより、どこへ行っても人と人の間の「信用」を媒介できるような、“基軸通貨”に相当するような作法やプロトコルを押さえておけば、どこへ行っても役立つはずです。

- 作者: 熊代亨
- 出版社/メーカー: ヴィレッジブックス
- 発売日: 2017/02/28
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
- この商品を含むブログ (1件) を見る
先日出版したこの書籍では、コミュニケーション能力を身に付けるための基礎として、「挨拶や礼儀作法」「ありがとう」「ごめんなさい」についてそれなりページを割きました。
コミュニケーションに苦手意識を持つ人が「コミュニケーション能力が高い」と言ってまず連想するのは、魔法のように場の空気を操る人や、やたら人に好かれやすい人かもしれません。
でも、そういった「コミュニケーションの派手な効果」はコミュニケーション能力が発揮されている状況のごく一部、いちばん目立ちやすいものでしかありません。サッカーの試合に喩えるならゴールの瞬間やドリブルで三人抜きを決めた瞬間みたいなもので、もっと地味なディフェンスやパスワーク、泥臭く走り続けることだって本当は重要なわけです。「高いコミュニケーション能力」=「派手な成功・誰にもわかるモテやすさ」と考えてコミュニケーション能力を高めようとするのは、地味なプレーを無視してスーパープレーだけを“上手なサッカーのお手本”とみなすのと同じく、間違っています。
そしてどんなスポーツにも地味な基礎練習が必要なのと同じように、コミュニケーションにも基礎の基礎に相当するものがあります。挨拶と礼儀作法は、その最たるものです。
「挨拶と礼儀作法なんて誰でもやってるじゃないか」と思う人もいるかもしれません。確かに、挨拶が全くできない・礼儀作法が全然なってない人は少ないでしょう。ですが、いつでも挨拶がきちんとでき、礼儀作法を自由自在に使いこなせる人は、実のところ、決して多くはありません。十代~二十代前半の、まだ社会経験の乏しい年齢のうちは特にそうです。いつでもどこでも出来るようになりたいなら、この基礎を練習する必要があります。
『認められたい』より抜粋
挨拶や礼儀作法、「ありがとう」「ごめんなさい」は、誰が相手でも頻繁に用いるものです。コミュニケーションの作法やプロトコルとして、これほど汎用性が高く、これほど頻繁に用いなければならないものも無いでしょう。さきほどから述べている「見えない通貨=信用」をメンテナンスするためにも必須です。
だから、「コミュニケーション能力を向上させたい」と思っている人が最初に着眼すべきは、「見えない通貨=信用」をメンテナンスするのに必要不可欠な、挨拶や礼儀作法のたぐいではないでしょうか。
もし、あなたが挨拶や礼儀作法をあなどり、「ありがとう」「ごめんなさい」もキチンと言えない人だとしたら、日常的なコミュニケーションのなかでどんどん「信用」のメンテナンスに失敗して、あなたの「信用」はボロボロに剥げ落ちるでしょう。「信用」の低下は、集団内での立ち位置を悪くし、情報や技能を融通してもらうチャンスを低下させ、人間関係のトラブルやストレスが生じるリスクを増大させます。
もちろん、こういった基礎だけでコミュニケーション巧者になれるわけではありませんし、ローカルルールが強い集団内では、ローカルルールにも注意を払うべきでしょう。ですが、挨拶や礼儀作法、「ありがとう」「ごめんなさい」のたぐいは、人間同士が「信用」をやりとりする際の“基軸通貨”に相当するものですから、これらをスキルアップせずに放置しておいて、やれ、人間関係がうまくいかない、コミュニケーション能力が身に付かないと嘆くのは、筋の悪い悩み方だと言わざるを得ません。
「信用」の幻惑術は、いつか必ずメッキが剥げる
こういう事を書くと、「そんなコミュニケーションはだるい」「メンテナンスフリーに「信用」を勝ち取りたい」といった声が聞こえてきそうです。
なるほど、世の中には、基礎的なコミュニケーションの作法やプロトコルを押さえずに、人気者になったり、「信用」をかき集めているようにみえる人物もいるでしょう。
しかし私は、「信用」の獲得やコミュニケーション能力の向上に都合の良いショートカットは無いと思っています。時間をかけ、実践を積み重ねてゲットするのが正攻法で、それ以外は邪道だったりインチキだったりするのではないでしょうか。
むろん、ある種の対価を支払えば、「信用」に値する、コミュニケーション能力の高い人物の装いを一時的につくりだすことはできます。
ここで言う対価とは、先行者利益とか、若さや時間とか、特殊な才能とか、そういったものです。そういった対価を支払う意志と能力のある人は、正攻法によらずに「信用」を稼げるかもしれません。
ですが、正攻法によらない「信用」の稼ぎ方は、先行者利益がなくなってしまったり、若さや時間が失われてしまったり、才能が枯れたりすると通用しなくなってしまいます。とりわけ、先行者利益や若さを「信用」に両替して調子に乗っている人は要注意です。
また、インターネットの片隅で、一時的に・局所的に「信用」を稼ぐだけなら、プライバシーや社会的信用を切り売りするのも有効で、現に、やっている人を見かけます。ですが、そういった人々の末路については、述べるまでもないでしょう。
結局、「信用」をショートカットして獲得しているようにみえる人の大半は、「信用」の目利きが利かない人間を幻惑し、彼らから一時的な「信用」を集めて砂上の楼閣を築いているに過ぎません。そういう“やくざな商売”で生計を立てたいならともかく、まっとうに人の間で生きていこうと思うなら、真似するべきではないでしょう。
挨拶や作法は、若いうちから身に付けておいたほうがいい
私は、借金玉さんのブログに挨拶や作法についての言及が多いことに、すごく納得感を覚えます。私もそういった部分が全然ダメで、30代になる直前になって、やっと重要性に気づいたクチですから。
「信用」も、コミュニケーション能力も、一朝一夕で得られるものではありません。それだけに、日頃の積み重ねや実践がモノを言いますし、挨拶や礼儀作法のような基礎的な作法やプロトコルの精度によって、意外なほど人生は左右されるのだと思います。
- シロクマ(はてなid;p_shirokuma)
- オタク精神科医がメディアや社会についての分析を語る



