記事

もし日本語が英語に取って替わられたら?アイルランドで起きた言語交替 『英語という選択』 嶋田珠巳教授インタビュー - 本多カツヒロ (ライター)

1/2

 数百年後、毎日話す言葉が日本語ではなく英語になっていたら……。これだけ英語の早期教育が叫ばれ、小学校での英語の教科化が決定した日本ではあながちあり得ない話でもないのかもしれない。

 事実、アイルランドは世界に名だたる文学などを擁していたにもかかわらず、わずか200年ほどでアイルランド語よりも、英語が多くの人の日常の言葉となってしまったのだ。

 そのような言語交替はどのように起きるのか。また現在のアイルランドで話している英語はどんな英語なのか。『英語という選択 アイルランドの今』(岩波書店)を昨年上梓した明海大学外国語学部教授で、言語学が専門の嶋田珠巳氏に話を聞いた。

――お恥ずかしながら、アイルランドと聞いてアイリッシュパブやギネスビールくらいしか思い浮かばなかったのですが、どんな国なのでしょうか?

リンク先を見る
『英語という選択――アイルランドの今』

(嶋田珠巳、岩波書店)

嶋田:一般的には馴染みが薄い国ですよね。アイスランドと間違えられることもよくあります(笑)。

 大学時代、初めてアイルランドに留学生として滞在しました。その時は、海外での生活自体も初めてでカルチャーショックを受けることもしばしばありました。アイルランドは、雨が多い国なのですが、雨が降り始めても、外に干してある洗濯物を取り込まないんです。日本人の私からすると、取り込まないのは抵抗があったので、ホストマザーに聞くと「いちいち雨の度に取り込んでいたら埒が明かない」と。

 また、アイルランドにおいてパブは重要な場所で、人口が少ない町でも、教会が1つ、パブは3つほどあるイメージです。その地域の情報を得たいならまず行くべき場所と言えるでしょう。パブは情報交換の中心で、日本人の私が話を聞きに行けば、翌日には街中に知れ渡っていたりします。パブには常に人が集まって会話を楽しみ、音楽や演劇、口承文学を楽しむことができます。アイルランドでは、こういったパブでの楽しみを「クラック」と言います。

 そしてアイルランドの人たちは、パブで音楽が流れているときには、大きな声で話しますが、だいたいいつも恥ずかしがり屋で、優しくて、人なつっこい人たちが多い印象です。日本とは島国という共通点もありますし、国民性にも親近感を感じました。

――アイルランドというとイギリスに近く英語圏だと思っていたのですが、元々はアイルランド語を話していたと。

嶋田:現状を見ると、英語圏と言っていいと思います。日本の留学フェアなどへ行くと、アメリカやオーストラリアといった英語圏の国々と並んでブースを設けています。そういうところは英語産業でも売り出そうという非常に現実的な一面を垣間見れますね。

 現在、アイルランドの憲法では、第1公用語がアイルランド語、第2公用語が英語となっています。アイルランド語は、日本の小学校から高等学校にあたる一般の学校で国語として教えられていますが、日常生活でアイルランド語を使用しているのは人口の1.8パーセントほどに過ぎません。

 一方、英語は、国民全員が理解し、話すことが出来ますし、アイルランド語を毎日使用している人たちも英語を使わなければ生活出来ませんから、事実上は英語圏とみなして良いでしょう。

 元々、国全体でアイルランド語を話していたにもかかわらず、英語が主流となった背景は17世紀にまで遡ります。その頃からイギリス人の入植と植民地支配が始まり、初めは入植者とのコミュニケーションのために、一部の人たちが英語を使用しているに過ぎませんでした。その後、ジャガイモ飢饉でアイルランド語を話す多くの人々を失ったこと、学校での英語による授業の実施、イングランドへの出稼ぎ、さらには英語を習得することが経済的優位性に繋がるなどの複数の要因により、英語がコミュニケーション言語の主流になったという歴史的経緯があります。

――第1公用語であるアイルランド語を、毎日使っていないにせよ、多くのアイルランド人はどの程度アイルランド語を話すことが出来るのですか?

嶋田:英語を学校で習っても、日本人がみんな英語を話せるわけではない状況に似ているところがあります。政府は、民族の言葉の継承のために小中高等学校でアイルランド語の授業を行っています。その中身は詩や物語が中心です。アイルランド語には豊かな文学の歴史がありますから。しかし、アイルランド人は「小学校からアイルランド語を学んでいるのに、ポエムばかり読ませるから、話せない」と愚痴をこぼします。日本人が「文法ばかり教える日本の英語教育が悪いからいつまでたっても英語が話せない」と言うのと似ていますね。また、アイルランド語の文法は、英語を話す彼らにしてみればフランス語よりも難しいわけです。もちろん授業となると成績がつきます。成績が悪いと、アイルランド語自体を嫌いになってしまうこともあります。この点も、日本の英語教育と似ていますね。

 ただ、アイルランド語を話せたとしても、彼らには話す場所がないのが実情です。アイルランド語使用地域として政府が指定し、経済的支援などのサポートをしている「ゲールタハト」へ行っても、みんな英語を理解出来ますから、アイルランド語で話す必要がないというのがなかなか苦しいところで……。

――しかし、最近ではアイルランド語で授業を行うアイリッシュスクールが人気があると。

嶋田:アイリッシュスクールはゲールタハトだけでなく都市部にもあり、最近人気があります。アイルランド人は、元々、海外へ出ていくのも、また海外から入ってくる人たちへも寛容な国民性なのですが、公立学校に英語もままならない移民が近年増加した結果、英語の補習が行われているという状況が出てきています。そうなると学校の教育レベルが下がると心配する親が一部にはいて、そうした親はアイリッシュスクールに子どもを通わせています。

――ゲールタハト以外に、政府はアイルランド語保護のために、どのような政策を打ち出しているのでしょうか?

嶋田:例えば、小中高等学校では教科としてアイルランド語の授業を行い、日本のセンター試験に相当するテストでアイルランド語で書かれた問題を選ぶと、点数が10パーセント上乗せになったり、アイルランド語使用地域であるゲールタハトの学校に勤務する教員には特別な手当が支給されたりします。

 また、道路標識は英語とアイルランド語が併記され、テレビのニュース番組でも特定の時間はアイルランド語で放送しています。しかし、アイルランド語を聞き流して理解できる人は多くありませんから、番組では英語の字幕が助けになります。

あわせて読みたい

「言語」の記事一覧へ

トピックス

ランキング

  1. 1

    池袋事故 プリウスが欠陥なのか

    諌山裕

  2. 2

    ゴーン氏弁護人 TBSに法的手段も

    高野隆

  3. 3

    音喜多氏「むちゃくちゃ悔しい」

    おときた駿(東京都議会議員/北区選出)

  4. 4

    10連休給食なし 痩せる貧困の子

    BLOGOS編集部

  5. 5

    「お疲れ様」と言い過ぎな日本人

    サイボウズ式

  6. 6

    中国が世界でばらまく広告の正体

    WEDGE Infinity

  7. 7

    AAA 知っているのは西島くらい

    渡邉裕二

  8. 8

    10連休の寝だめが招く健康リスク

    BLOGOS編集部

  9. 9

    スリランカ爆破の裏に当局の失態

    WEDGE Infinity

  10. 10

    橋下氏 政治家は実行してなんぼ

    橋下徹

ランキング一覧

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。