- 2017年04月07日 17:53
米軍はなぜ今シリアを攻撃したか:トランプ政権による「ゲームチェンジ」は起こるか
2/2シリアをめぐって米ロの全面対決はあるか
ただし、今回の攻撃を皮切りに、米国がシリア軍への攻撃を連続的に行う公算は小さいとみられます。実際、米国防省関係者はシリア攻撃が今回限りの公算が高いと述べています。
既にトランプ政権は、3月10日にシリアに地上部隊400名を増派する決定を下しています。しかし、これはあくまで「反テロ」「反IS」が目的で、アサド政権を標的としたものではありません。
今回の攻撃に関して、トランプ政権は「化学兵器使用が死活的な国益にかかわる」と述べていますが、実際にアサド政権が米国を標的に化学兵器を用いたり、ISやアルカイダなどスンニ派テロ組織にこれを流したりすることがほとんど考えられない(アサド政権はシーア派が中心を占めている)以上、シリアが米国にとって安全保障上の脅威になる可能性は小さいといわざるを得ません。
そのなかで今後もシリア軍への攻撃を重ねれば、これまで以上に人員や戦費を必要とする(それはトランプ政権が嫌う「コスト負担」を増やすことにつながる)だけでなく、「ロシアとの正面衝突」という、米ロを含めて誰にとっても避けなければならない事態に行き着きかねません。これらに鑑みれば、「今回限り」という国防相担当者の発言も、それなりに真実味があるといえます。
焦点としての「アサド退陣」
トランプ政権はシリアの軍事施設を攻撃することで、ロシアとの蜜月に、少なくとも表面的には終止符を打ちましたが、これとの正面衝突が考えにくいとすると、シリアをめぐる米ロ関係はどこにむかうのでしょうか。
焦点となるのは、トランプ政権が「アサド退陣」を明確に求めるかです。
先述のように、トランプ政権は当初、「IS掃討」を最優先に掲げる一方、「アサド退陣」にはこだわらない姿勢を示していました。これは、ロシアとの関係改善を念頭に置いたものだったといえます。しかし、3月6日の会見で、ティラーソン国務長官は「アサド退陣」に関して「措置が進行中」と発言。対ロシア政策の変化をうかがわせました。
この発言だけでは、トランプ政権が明確に「アサド退陣」を求めたことにはなりません。しかし、「それを求める公算が大きい」と示したことは確かで、それだけでも大きなインパクトをもちます。
単独で、しかも一方的に行った今回の攻撃で、トランプ政権は「国際法を遵守したオバマ政権と異なり、レッドゾーンを超えた場合には実力行使も躊躇しない」姿勢をみせました。つまり、もしトランプ政権が「アサド退陣」を正式に表明すれば、一国主義的な行動をもってしてもやりかねない、という危機感をロシアにもたせたことになります。
ロシアとしても、米国との正面衝突を避けることは大前提です。したがって、トランプ政権が「アサド退陣」を求め始めた場合、プーチン大統領がこれまで通りの強面を貫くことには相当のリスクがともないます。ロシアは既に、先月イラクのIS拠点モスルで発生した、有志連合の爆撃によって民間人100人以上が巻き添えになった出来事をめぐり、米国を強く非難してきました。今回のシリア軍事拠点攻撃をめぐっても、恐らくロシア政府は、「モスルの問題に対する煙幕」などの批判を展開することが予想されますが、いずれにせよプーチン大統領は、「トランプ政権が本当にアサド退陣を求めるか」の本気度を探っていることでしょう。
トランプ政権にとって最上のシナリオとは
ただし、先述のように、米ロの正面衝突は誰にとっても、それこそ米国にとっても避けないところです。したがって、トランプ氏にしてみれば、「アサド退陣を求めることもあり得る」ことを示唆して、しかし「アサド退陣」を明確に示さないうちにプーチン氏が「折れて」くれれば、それに越したことはありません。その場合、少なくとも、IS封じ込めとシリア内戦の終結をめぐる「ロシア独走」の状況は大きく変化するとみられます。
しかし、仮に「ロシア独走」を抑え、さらにIS壊滅に成功したとしても、フセイン政権を打倒した後のイラクで米国が負担しなければならなかったコストに鑑みれば、「国内重視」のトランプ政権がシリア再建に全力で取り組むことは想像しにくいといえます。その一方で、内戦を終結に導いた後のシリアをロシアに全面的に任せて、アサド政権が内戦発生以前にもっていた力を復活させることは、(仮にウクライナ情勢やエネルギー開発などその他の問題でロシアと取引がなければ)米国にとって何の得にもなりません。
だとすると、トランプ政権にとって最上のシナリオとは、アサド政権の延命を認めてロシアとの決定的対立を回避しつつ、「これだけ争えばもはや一つの国としてやっていくことは不可能」と理由をつけることでシリアを分割し、クルド人地域などでの影響力を確保することといえます。つまり、シリアをロシアと「分け合う」という選択です(シリアとともにISの活動拠点となってきたイラクをめぐっては、米国政府内部で既に「分割」が議論されてきた)。
もちろん、そこにはいくつものハードルがあります。
- ロシアがアサド延命という「最低限の利益確保」で満足できるか、
- アサド政権やこれを支援するイランからの反発をロシアが抑えられるか、
- 下手にイスラーム圏を分割すれば、これまで以上にイスラーム過激派を刺激することになる、
などです。そのため、トランプ政権としても、これらのリスクは計算に入れる必要があります。
しかし、分割にともなうリスクより、ロシアとの全面対決や国内で「親ロシア派」とみなされることによるリスクの方が大きいとトランプ氏が判断した場合、「のるかそるか」の賭けに出る可能性は大きくなります。少なくとも、今回のシリア軍事拠点の攻撃が、ロシア当局者にそこまで考えさせたとしても、不思議ではないのです。少なくともシリアの文脈だけで考えれば、ロシアに及ぼすであろう心理的効果こそが、今回の攻撃のもつ最大の効果といえるでしょう。
ISの台頭以来、シリアをめぐっては多くの勢力が入り乱れてきました。ISは各国にとって「共通の敵」でありながらも、その打倒に各国は自らの利益を連動させる傾向が顕著でした。そのなかでロシアは、ISの拠点の攻略という既成事実の積み重ねにより、「アサド政権勝利によるシリアの安定回復」という道筋をつけてきました。今回の米軍による攻撃は、この流れを一変させる潜在力を秘めたものです。その意味で、トランプ政権は、その動機づけはともあれ、ロシア有利で進んできたシリア情勢を一変させる「ゲームチェンジャー」として名乗りをあげたといえるでしょう。
※Yahoo!ニュースからの転載- 六辻彰二/MUTSUJI Shoji
- 国際政治学者



