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東日本大震災を経験した人たちの「言葉」を集める――新しい文芸誌の創刊に向けて / 文芸評論家、藤田直哉氏インタビュー

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――とはいえ、そもそも「素人」に文学作品が書けるものなのでしょうか?

書けないかもしれません。

しかし、「うまく」書けるものなんていうのは、ぼくはあまり信用していません。プロの作品であれ、どんな芸術であれ、ぼくが作品を判断するときの基準にしているのは、既存の表現では不可能な何かを表すために、他から与えられたのではない技術なり文法なりを発明しているのかどうか、です。

すでにある認識の枠組みや、世界観、言葉をなぞって表現すれば、いくらでもうまく言葉にすることはできるし、そんな作品をつくることは簡単なんですよ。しかし、それは文学の言葉ではない。文学の言葉というのは、これまでに言葉にされたことのないことを言葉に変換する、苦行のような創造行為の中にしかありません。

それは苦行としかいいようのない行為です。ですが、似たような何かを抱え込み、言葉にしたくてもできない多くの人たちが、その言葉の発明によって救われるかもしれない。そのような言葉によって、概念なり想いが初めて世に広まり、人びとのあいだで共有されることになるかもしれない。それこそが、文学がもつ「力」なんです。

だから、うまい必要なんてないんです。未知の何かを言語にしようとする営みが、うまいものであることは稀なことです。うまくあることよりはむしろ、経験や思考や感情の「真実」を、徹底的に正確に記述しようとすることの方が、はるかに重要だと僕は思っています。

――ただ、書くことによって、癒えかけた悲しみを思い出してしまわないでしょうか?

それはあると思います。強制的に思い出させる行為は、ある種の暴力なのかもしれません。「そんなことをする権利がお前にあるのか」という問いを自分自身にするとき、いつも立ちすくんでしまいます。

しかし、思い出すのは、きっと悲しみだけではないはずなんです。「リアル」や「人間の真実」は、決して悲しいことや陰惨なことばかりではないはずです。

たとえば、この企画を考えるために、ノーベル文学賞作家・アレクシェービッチの書いた『チェルノブイリの祈り』を読んだんですよ。これは、チェルノブイリの事故に関わった人たちにインタビューしてつくられた本です。

この本の最初に置かれたエピソードは、「愛」の話です。

チェルノブイリの火を消しにいった消防士の夫が被曝して死んでいく壮絶な話で、身体の描写はグロテスクですらあるんですが、その夫を愛する彼女の姿は感動的だし、その語り口は恋のそれです。

中には、滑稽なシーンもあります。医者が「中枢神経系が完全にやられています」と言ったとき、彼女は「まあ、いいか、彼はちょっぴり神経質になるんだわ」と答えるんです。悲惨と滑稽が同居している。

ぼくはこれを読んで、ここにも、どんな意味にも回収できない「人間の真実」を見たような気がしました。意味に回収することが困難な、ごろりとした細部の手触りがそこにあるような気がしました。

このエピソードは、分かりやすい政治思想があるものでもないし、センセーショナルでもないです。むしろ、矛盾や葛藤を含みこむ、人間の姿がそのままある。

書くということは、対象化し、言語化し、経験の意味を理解しようとする営みです。震災という経験を精神的に咀嚼し、簡単には解決のつかないさまざまなことを、解決がつかないままに対象化し、距離を置くことです。決して悲しみに呑み込まれてしまうことと同義ではないはずです。

――新しい文芸誌はどんなものになりそうですか?

冊子としての文芸誌に留まらないようなプロジェクトになるのだろう、という予感はあります。

ただ、事前に「こういうものにしたい」ということを想定しておくと、その想定を超えた言葉や事態に対する感性が鈍ってしまうと思うので、今はまだ意識的に漠然とさせています。ぼく自身が、これから訪れる様々な出会いの中で、変化しながら、必然的にこうしかないという形に辿り着くしかないものだと思っています。どうなるのかよくわからないというのは、不安でもあるのですが、楽しみでもあります。

最低限言いうるのは、どんな言葉であれ、その言葉が発せられるという「事実」「真実」を可能な限り尊重するような文芸誌でありたい。そして、ぼくの雑誌ではなくて、支援してくださった方や寄稿してくださる方みんなのものであって欲しい。

一番重要なのは、言葉を発してくださる方々です。どういう言葉を発したいのか、それ次第ですべてが変わります。

――文芸誌が完成した暁には、どんな人に手にとってほしいですか。

震災の意味を理解しようとするすべての人に読んで欲しいですね。それが何だったのか、精神的、あるいは思想的、あるいは霊的な意味の次元において、震災という経験の理解を試みた人々の内奥の軌跡は、きっとそれを読んだ人たちに何かをもたらすはずです。

さらに言えば、非当事者――ぼくのような――こそが読まなくてはならないのではないかと思います。多分、プラスであれマイナスであれ、ステレオタイプで想像しているイメージの部分が「非当事者」には多いと思うんですよ。しかし、そうではないような「現実」「事実」「真実」に触れることで、そのイメージが裏切られ、より正確なものに近づくことがきると思います。

復興を考える人や、未来を構想する人たちにも、ぜひ読んでいただきたい。流通しにくいがゆえに無視されがちなそれらの「現実」「事実」「真実」を欠いては、きっと復興も空虚なものになってしまいます。今現在、実際に生きている人間の真実の姿を正確に見つめ、その小さな声に耳を傾けることが、より良い未来のために必要なことだと確信しています。

ご支援ください!

藤田直哉氏によるクラウドファンディング「東日本大震災を経験した人の言葉を集めた文芸誌を作りたい!」をどうぞご支援ください。⇒ https://camp-fire.jp/projects/view/24404

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