- 2017年04月06日 09:33
あれから四半世紀…桜田淳子の〝芸能界復帰〟は問題なのか?
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桜田淳子のイベント出演に賛否両論
元歌手で女優の桜田淳子さんが、7日に東京・銀座の博品館劇場で開催を予定している映画音楽のイベント「スクリーン・ミュージックの宴」にゲスト出演することが物議を醸している。
イベントの中で僅か15分間、歌とトークを行うだけなのだが、どうやら、その僅か15分でも「出るのは問題だ!」というのである。で、何が問題なのかというと、彼女が〝霊感商法〟で知られた「世界平和統一家庭連合(旧統一教会)」の信者で、同教会の〝広告塔〟だと言われていたからだ。
個人的には「単なるゲスト出演なのだから…」とは思うのだが、現実は、そんな単純なことではなさそうで、全国霊感商法対策弁護士連合会は「タレント活動復帰」と見ているのである。いずれにしても、彼女が出てくるのは「賛否両論」かもしれないが、実際には「賛」よりも「否」の声の方が大きいようである。そこで、ここでは敢えて「賛」を唱えることにした。
振り返れば、桜田さんは13年11月に博品館劇場で〝デビュー40周年〟と銘打った記念公演を行っている。その時にも弁護士連絡会は「タレント復帰反対」を訴えていた。が、実際にはチケットは即日完売、会場には往年のファンが詰めかけ熱烈な声援を送っていた。
敢えて言うが、コンサート自体に宗教色を漂わせているわけでもなく、ファンも懐かしんでいたし、それ以上に盛り上がっていた。そのどこが問題なのか?要は、会場は演者と自らの意思で来たファンだけの空間でしかないわけで、そもそもニーズに応えたエンターテインメントだったと思う。そこに何ら問題はないはずである。それは今回、予定しているイベントでも同じだろう。
桜田さんは、58年秋田に生まれた。73年に日本テレビ系「スター誕生」で、番組史上最高得点を上げグランドチャンピオンとなった。しかも、これも番組最多の25社のプロダクション、レコード会社から〝獲得希望〟があったが、桜田さんは森田健作(現千葉県知事)のファンという理由からサンミュージックを選んだ、73年に「天使も夢みる」でデビュー。当時、ホリプロ所属だった山口百恵、森昌子と共に〝花の中三トリオ〟を結成して人気となった。その後、歌手以外に、映画やテレビドラマでも人気となり、80年にはミュージッカル「アニーよ銃をとれ!」で芸術祭優秀賞を受賞している。因みに今回、予定しているイベントでは、「アニーよ銃をとれ!」の主題歌「ショウほど素敵な商売はない」も歌うことになっていると言う。
「統一教会問題」発覚から25年
統一教会問題が発覚したのは92年のことだった。
十年一昔というが、もう25年——四半世紀も前の話である。
彼女は韓国ソウルで行われた教会の合同結婚式に参加したことから大きな話題になった。信者になったのは、実姉の橋本恭子さんの影響だと言われている。
この時に合同結婚式に参加したのは桜田さん以外にバドミントンの元女王・徳田敦子さんや元新体操選手でタレントの山崎浩子さんなどもいたのだが、脱会などもあって、結局、批判の中心人物は人気や知名度で桜田さんだけになった。
「合同結婚式」に参加したのも奇妙だったが、もう一つは、彼女が事務所の相澤秀禎社長(その後、会長=故人)に「壺を売った」ことが芸能界を駆け巡った。このことも、あるいは批判の一因となったことは否めない。
確かに、相澤さんに壺を売ったのは事実のようだったが、当時、相澤さんに尋ねたところ、笑い話程度のことで深くは考えていなかった。ただ、芸能的には「面白いネタ」だったものが、いつの間にか、この問題が教会の「霊感商法」に結びついてしまったような気がする。
「事務所の恩人である社長までに高額で壺を売った」。
ということで、教会と結びつけて徐々に桜田さん批判に繋がっていったといってもいいかもしれない。
しかし、教会にとっては彼女は〝広告塔〟だったことは間違いないだろうが、彼女が率先して教団をアピールしていた記憶はない。そもそも、93年4月に東京・日比谷野外音楽堂で行われた「信教の自由と人権を守る東京大会」に出席したのが最後で、その後の教会主催のイベント、キャンペーンには出て来ていないはずである。と言うより、93年の7月には「芸能界引退」を宣言している。
「合同結婚式に参加して以来、桜田さんと教会との関係が大きな問題となり、霊感商法への関与も噂されるようになった。そういったことが引退を決意させる引き金になった」(事務所関係者)。
彼女はCMを5本やっていたが、教会問題で、その全てが契約解除となり女優の仕事もなくなった。
もちろん、芸能関係者の中には「才能があるのに…」と惜しがる声もあった。しかし、「桜田淳子=霊感商法」というイメージは芸能人にとっては破滅を意味していた。
引退後の彼女は、東京を離れ福井県敦賀市に移住した(現在は都内に在住)。
この間に「芸能界への復帰は水面下で検討された」ようだが、相澤さんは「霊感商法」というイメージを背負わされている以上「脱会しなければ世間を納得させられない」と、復帰には消極的だったと言われる。彼女も、おそらく相澤さんの気持ちを汲んで来たはずである。そういったこともあっては、ステージ復帰は13年5月に相澤さんが亡くなった以降だった。もっとも、時期のタイミングも引退宣言して20年目だった。ある意味では「ひと区切り」だと理解した。
そして、今回…である。
- 渡邉裕二
- 芸能ジャーナリスト



