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日本解凍法案大綱 12章 初めての株主総会

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それに中川税理士が問題ないと言ったとしても、それは税務上の、それも実務的なことに過ぎない。税理士さんなのだ、弁護士とは専門分野が違う。税務上はとおっても、法的な分析が十分とはかぎらないからなあ)

と思ってしまうのだった。もちろん、中川税理士が目の前にいたから、そうは言わない。

「梶田さん、私も弁護士ですから一応お話をうかがわないわけには行きませんので、こんな失礼なことをうかがうのをお許しください」

やわらかい声でそう前置きをしてから、前原弁護士は、

「なにかそう思われてしまうような、誤解であってもですね、相手にそういうふうに思われてしまいかねないようなことって、思い当たりますか?」

と問いかけた。

「え?」

一瞬、梶田健助は意味がわからなかった。自分の弁護士に、まるでお巡りさんに尋問されるような目に遭わされるとは考えもしなかったのだ。

直ぐに前原弁護士が質問した理由が健助に不正なことがあるかという趣旨なのだと理解すると、

「いいえ」

と、できるだけ穏やかに答えた。それが紳士としての、この種の無礼な質問に対する回答の仕方だと思ったのだ。少しも思い当たらないということを強調するには、答は単純なほうがいい。

「そうですか。いや、そうでしょう、そうでしょうね」

前原弁護士はそう答えると、少し間を置いてから、

「先ほど、最近、会計帳簿の閲覧をされたというお話がありましたね。

そのときには相手は何を見て行ったのですか?」

とたずねた。

「ああ、なにか経費の明細とか言ってました。私はよくわからないのですが、中川先生がおわかりです。中川先生のお手伝いをしている経理の人間に聞いてみましょう。後でご報告します」

「なんでもありませんよ」

中川税理士が口を添える。

そう二人に言われて、前原弁護士は一応の納得がいったのか株主総会の説明に移った。

前原弁護士は、以前には大手の法律事務所にいて株主総会の仕事をたくさんこなしていたとのことで、株主総会の実務に詳しかった。議事の進行のしかたから机のならべ方まで、実際の現場で必要になりそうなことを一切合切、こまごまと丁寧に教えてくれた。

最後に、

「向島運輸の株式の51%を持っている会社、梶田さんが社長をされている会社です。その向島不動産という会社の株はどなたが持っているのですか?」

と訊かれた。

「家内と私の会社です。ま、子どももいますが」

とありのままを答えると、前原弁護士は、

「そうですか。奥様と。それなら安心ですよね」

と答えた。

帰り際に報酬についてたずねたら、株主総会のこともありますし後でと言葉を濁した。

向島運輸株式会社の株主総会は、いつもと違って取締役が集まる会議室ではなく、その隣の大きな会議室に設営された。事前にも当日にも前原弁護士が会社まで来てくれて、いちいち点検してくれ、リハーサルまでやったから、梶田健助は自信を持って当日に臨むことができるような気がした。

(大船に乗った気分だな)

梶田は声に出さないで自分に言い聞かせた。微笑みがうかぶ。

前原弁護士には議長の梶田の後にいてもらうことにしていた。当日の出席の話になったとき、梶田健助は、こいつは金がかさむな、と感じた。前原弁護士が金額について言葉を濁していた理由がやっとわかった気がしたのだ。どれほどの世話なるか、なにひとつ理解していない依頼者と報酬の話をしてもらちがあかない。前原弁護士は15年の経験で知っているのだ。

梶田健助は、これまで不動産の取引でトラブルがあってもすべて税理士に頼って解決してきていた。訴訟は自分からしかけることなど考えたこともなかったし、訴えるといわれたときにも中川税理士に頼んで円満に処理してもらっていた。

健助にしてみれば、今回初めて弁護士に頼んでみて、案外弁護士も親切に対応してくれることに軽い驚きを感じたほどだった。弁護士といえばいかめしいのはもちろん、いかにも尊大な態度の白髪混じりの男に違いないという思い込みがあったのだ。

会議室に机が並らべられている。学校のように、先生の席が一列だけあってその他の席はすべて先生の席に向かっている。いわゆるスクール形式だった。

梶田健助が議長として先生の列に座った。定款で社長が議長になることに決まっているのだ。左右に取締役の肩書きがついた部下がそれぞれ3人ずつ座っている。社長の席の向かい側の3列目に三津田沙織が座って総会の開始をまっていた。議長席との間に2列が空き、後ろにも2列が空いている。取締役と従業員で株主の者はいるが、三津田沙織のほかには株主としてだけの出席者はいない。いつもと同じだった。

梶田の後には総務課長と経理課長、それにその部下が2人、前原弁護士とともに小さな机を前に控えていた。

三津田沙織は88歳だったが、グレーと黒の小さな四角を不規則に組み合わせた上品な柄の洋服に身を包み、遠慮がちの化粧をほどこした顔の唇に、ここだけは別といった趣の明るい紅色のルージュを引いていた。今日のためだった。灰色の細長い事務テーブルの前に置かれた折りたたみ椅子の上に小柄な体をそっと軽く乗せるようにして、まっすぐに正面の梶田健助を見てしずかに座っている。

創業者が未だ健在であったころ、三津田沙織はわけがわからないながらも、いつもその隣にいた。あのころはロの字型の席の配置だった。夫が死んで40年。昔はそういう人がいたとは知っていても、当時の沙織の姿を覚えている者は、梶田健助とその妻の紫乃を除けば、一人もいない。ただそうした連中も、三津田という姓に創業者を思い出し、きっとその妻だった女性なのだろうと半ば好奇の眼差しを向けていた。

沙織は、社長の梶田健助の隣に妻の紫乃が座っていることにすぐに気がついた。ああ、そうなのか、この会社では社長夫人に収まっているのは、今は梶田紫乃なのだと思うと、今の我が身に引き比べての感慨があった。

夫が創った会社なのに。私は誰ともしれない株主席に座っている。取締役という肩書きが印刷された大きな短冊形の白い紙が梶田紫乃の席の前に垂らされている。梶田紫乃は、この会場でいるべき場所のある人間だった。

それに引き比べて自分は、と三津田沙織は思った。落魄という二字が頭に浮かんだ。慌てて持参したA4の紙3枚のメモを机の上に広げ、黙って読み始めた。桃井弁護士がつくってくれたものだ。もう何度も読み、桃井弁護士と何回もリハーサルを重ねてあった。Q&Aもすっかり暗誦していた。

沙織はもう一度視線を前に座っている梶田紫乃に移した。紫乃が結婚する前からよく紫乃のことは知っていた。梶田紫乃のほうは遠くの壁を睨むように見つめ、決して沙織とは視線を合わせようとしない。

 (13章に続く。最初から読みたい方はこちら

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