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プーチンより愛を込めて 欧米はトランプ大統領とブレグジットの「空白」を克服できるか

イギリスとEUの亀裂を狙うプーチン

[ロンドン発]イギリスのメイ首相は3月29日、欧州連合(EU)に対し離脱交渉の開始を通告したことを下院に報告した。そして「欧州の安全保障は冷戦終結以来、最ももろくなっている。欧州市民の繁栄と防衛のための協力を弱めると、その代償は高くつくだろう」とEUを離脱しても欧州と決別するわけではないと改めて強調した。

AP

交渉期限は2年。残るEU加盟27カ国はイギリスとの関係より欧州の結束を優先させる姿勢を鮮明にしており、交渉は難航が予想される。EUを離脱するイギリスは北大西洋条約機構(NATO)を通じた安全保障で欧州に協力する考えだ。がしかし、離脱交渉がこじれてイギリスとEU間に亀裂が入るとロシアの大統領プーチンにつけ入るスキを与えてしまう。

2013年以降、活発化したロシアの軍事行動

プーチンは2012年5月に大統領に返り咲いてから軍事行動を活発化させている。シリアのアサド政権による化学兵器使用をめぐり当時のアメリカの大統領オバマが13年9月にシリアへの軍事介入を撤回。「アメリカは世界の警察官ではない」と宣言してからプーチンは牙を剥き始めた。

欧州のシンクタンク、欧州外交評議会(ECFR)のマーク・ゲレオティ客員研究員の報告書「ヘビーメタル外交:2014年以降、欧州におけるロシアの軍事力の政治利用」はロシアの軍事行動をまとめている。ウクライナやシリアでの軍事行動はプーチンの野望をくっきりと浮かび上がらせる。

13年3月、核兵器搭載可能なロシアのミサイル爆撃機と戦闘機がサンクトペテルブルクからフィンランド湾に飛行しスウェーデンに対して核攻撃シミュレーションを実施

14年2月、ロシア系武装勢力がウクライナ・クリミアの地方政府と議会、空港を占拠

14年4月、ウクライナ東部でウクライナ軍と親ロシア派武装勢力の戦闘始まる

14年9月、エストニア領でロシア軍がエストニアの内務機関員を拉致

14年10月、ロシア軍機がポルトガル周辺を含む国際空域を飛行

15年6月、バルト海にあるデンマーク・ボーンホルム島への核攻撃シミュレーションを実施

15年9月、ロシアがアサド政権支援のため空爆を開始するなどシリアに軍事介入。中東における軍事作戦は旧ソ連時代を通じて初めて

15年11月、トルコ領空を侵犯したロシア軍機がトルコ軍機に撃墜される

16年3月、3万3千人のロシア軍がデンマーク、フィンランド、ノルウェー、スウェーデンを敵国に想定した軍事演習を実施 16年4月、ロシア軍機がバルト海でアメリカのミサイル駆逐艦のそばを通過

16年10月、親ロシアの傭兵がモンテネグロでクーデタを計画していた疑惑が浮上

16年10~11月、ロシア空母アドミラル・グズネツォフが北欧・西欧諸国の沿岸や地中海を航行してシリアに向かう

16年10~11月、ロシア軍はカリーニングラードに核弾頭を搭載できる戦域弾道ミサイル「イスカンデルM」(射程700キロメートル)を持ち込む。さらに対艦ミサイルも配備

欧州に流れ込むロシアのプロパガンダ資金

AP

17年9月にもロシアはベラルーシと合同の軍事演習を予定しており、旧共産圏諸国のバルト三国やポーランドだけでなく北欧諸国をも揺さぶっている。スウェーデンは徴兵制を7年ぶりに復活させた。「アメリカ・ファースト(第一)!」を唱え、孤立主義に傾くトランプ政権を尻目にプーチンは中東・北アフリカ外交を活発化させているのだ。

プーチンはイギリスのEU離脱やトランプ政権誕生の「空白」を突いて(1)エジプト、イラクのクルド人勢力との経済関係を強化(2)アメリカとの関係が疎遠になりつつあるシリアのクルド人民防衛隊(YPG)といった地域の治安部隊との関係構築(3)エジプト西部に特殊部隊を派遣――するなど、アメリカやNATOの影響力を骨抜きにしようとしている。

ロシアと欧米の愛憎関係は複雑だ。国際的な調査報道NPO「犯罪組織・汚職告発プログラム(OCCRP)」とロシア紙ノーヴァヤ・ガゼータが32カ国61人のジャーナリストと協力してロシアのオリガルヒ(新興財閥)、バンカー、旧KGB(ソ連国家保安委員会)のFSB(ロシア連邦保安局)関係者によるマネー・ロンダリング(資金洗浄)を調査した。

銀行取引7万件の調査に参加した英紙ガーディアンの報道によると、「グローバル・ローンドロマット(セルフサービスのコインランドリー)」と名付けられたシンジケートには約500人が関与。10~14年の4年間に少なくとも200億ドルがロシアから持ち出されていた。実際の金額は800億ドルにのぼるとも言われる。

プーチンのいとこが役員を務めるモスクワの銀行も不正に加担していた。手口は、ロシアの銀行口座からモルドバの銀行口座に送金が行われるが、融資案件はデフォルト(債務不履行)となり、資金は即座にラトビアの銀行口座に移されていた。

名目上は高額のダイヤモンドや毛皮の代金として処理され、HSBCやロイヤル・バンク・オブ・スコットランド(RBS)、ロイズ、バークレーなどイギリスに本店や支店を置く17行が総額7億4千万ドルの送金を行っていた。ロンドンの法務局で登記されたペーパーカンパニーもマネー・ロンダリングのために使われていた。

ECFRのゲレオティ氏は「トランプのセックス・スキャンダルをロシアの情報機関がつかんでいるとされる『トランプ文書』が本当だとしても、クレムリンはアメリカの大統領を思い通りにできるとは考えていないだろう」と指摘する。

ゲレオティ氏によると、プーチンの野望は大きく、ロシアの東欧支配を正当化する新ヤルタ会談の開催、クリミア併合の承認、すべての対ロシア制裁の解除を実現することだ。トランプがロシアに秋波を送る理由がユーラシア大陸における「中露分断」であったとしても、ロシアがアメリカと同盟を結んだり、地政学的に中国と敵対したりすることはあり得ないとみる。

オランダ総選挙ではイスラム排斥と反EUを唱える極右政党の勝利は阻止されたが、間近に迫るフランス大統領選ではEU離脱の国民投票実施を掲げる右翼ナショナリスト政党「国民戦線」党首マリーヌ・ルペンが決選投票に進むのは確実だ。そして9月には独首相メルケルが4選を目指すドイツの総選挙が行われる。

ゲレオティ氏は「欧州の政治グループや政党を支援するためロシアの情報機関が関与し、マネー・ロンダリングされた資金が使われている」と警鐘を鳴らす。ロシアのプロパガンダ資金はロンドンの国際金融機関やペーパーカンパニー、ラトビアの銀行を経由して、偽ニュースやEU懐疑主義をまき散らす政治グループや政党に流れ込んでいる。

プーチンの野望を封じ込めるには、アメリカと、イギリス・ドイツ・フランスを柱にした欧州がスクラムを組むことが不可欠だ。にもかかわらず、イギリスのEU離脱で少なくとも2年間の「政治空白」が生まれる。メイとメルケルは膝を交えて話す関係とはとても言えない。

アメリカと欧州、ドーバー海峡を挟んでイギリスと欧州大陸の間に大きな亀裂が入ろうとしている。フランス大統領選をめぐってロシアの銀行は資金不足の国民戦線に融資しており、ライバルの中道政治運動「前進!」の前経済産業デジタル相エマニュエル・マクロン陣営は執拗なサイバー攻撃を受けている。

フランス大統領選を見据えたプーチンの次の一手が怖い。

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