- 2017年03月29日 12:39
コンゴ民主共和国における長距離徒歩交易 木村大治 / 人類学・アフリカ地域研究
2/22013年に、私の所属する大学院に高村伸吾君が入学してきた。彼は入学前、キンシャサでコンゴの人たちに日本語を教えるプロジェクトに携わっており、キサンガニからコンゴ川をカヌーで下った経験を持っていた。現地語であるリンガラ語も喋れる。最初はワンバに連れてきてみたが、村の中での細かい調査よりも、広域を歩き回る方が向いているように感じられた。
そこで、彼と一緒にワンバからキサンガニ方面に行き、交易の目的地である市場を見てみることにしたのである。もちろん歩いては無理なので、2台のバイクで運転手を雇って行くことになった。バイクならかろうじて、昔の自動車道路沿いに走ることができる。ただし道は相当遠回りになり、約500kmの行程である。バイクで行ったことのある人に、入念に道の様子を聞き、また経験を積んだ優秀な運転手を雇った。
道中は予想どおり大変だった。近くに村のない森の中の道を走っていると、嵐に吹き倒された大木が道を塞いでいる。昔なら道路整備の重機が片付けたのだろうが、今は巨木を避けて道の方が迂回するのである。われわれはバイクを降りて歩き、運転手はモトクロスのように道なき道を走る。何度も川にぶつかるが、まともな橋が架かっているところはほとんどない。
浅い川はバイクで突っ込んで渡り、われわれは靴を脱いでざばざばと水に入る。深い川では近くの村人たちが待ち構えていて、バイクを神輿のようにかついで渡してくれる。もちろんお礼は相応に払わねばならない。かろうじて丸木が一本橋の形で渡っているところはバイクを押しながらそろそろと渡すのだが、バランスを崩して水に落ちそうになることもしばしばである(写真3)。
写真3. バイクを渡す
途中の小さな町で2泊し、3日目の午後、ワンバの村人たちがよく口にしていたヤフィラの市場に着く。近づいてまず聞こえてきたのは、籠もったエンジンの音だった。市場の入り口付近に、近くに住むトポケの人たちが作った米を籾摺り・精米している小屋 (rizerie) が立ち並んでおり(写真4)、米が一杯に詰まった大きな袋が並べられていた。
写真4. 精米小屋(撮影:高村伸吾)
着いた日はちょうど、週1回の市日にあたっており、市場はゆらめくような熱気に包まれていた。近所のおばちゃんたちが持ってくる野菜や芋、ヤシアブラ、ワンバからも来ているであろう蒸留酒などの地元産品から、洋服、鍋、靴、薬、ラジカセといった工業製品まで、この地域で手に入るありとあらゆる品物が、数百メートルにわたって続く店々に並べられている(写真5)。
写真5. ヤフィラ市場(撮影:高村伸吾)
人混みはかき分けて通り抜けるのが難しいほどだ。市場の向こう側の道を下るとロマミ川の川辺に出るが、そこには数百艘の丸木舟が集まっていた(写真6)。川を伝って商品を運んで来ているのだ。この日は知り合いには会わなかったが、別の市日にこの市場を訪れると、ワンバ地域の若者が「キムラサン!」「ダイジ!」などと声をかけてきた。彼らはたしかに、森を抜けてここまで来ている。
写真6. ロマミ川の川辺(撮影:高村伸吾)
この後、高村君はヤフィラの近くの町イサンギに拠点を構え、この地域の市場のシステムを調査することになった。キサンガニ西部の80以上の市場をすべて訪れ、その規模や売っている商品、いつ開設されたかなどをひとつひとつ調べていくという過酷な調査だが、それによって、内戦によって崩壊した流通ネットワークがどのような形で再生してきているかが徐々に明らかになりつつある。
この旅で、ワンバ地域からヤフィラまでの長距離徒歩交易の道筋が、自分で歩いたわけではないがリアルなものとして見えてきた。しかし彼らは実際、どのようなルートで、そしてどのぐらいのスピードで森の中を歩いているのだろうか。何とかそれを知りたいと思い、次の年の調査で、ある方法を試してみることにした。ヤフィラに歩いていく若者にGPSを持参してもらい、村に帰ってきたときに回収してルートのデータを分析するのである。
私が家を建てているヤリサンガ村で、一番実直で信頼できるディヤマン氏にその仕事を頼み、前払いに5万コンゴフラン(約5000円)を渡し、データが回収できたあかつきにはさらに5万フラン払うという約束をした。依頼した直後に私はフィールドを後にしたが、ワンバに滞在して調査をしていた大学院生の横塚彩さんにGPSを回収してもらい、後に日本で無事に入手することができた。そこから取り出したデータが図2である。
図2. 徒歩交易の道筋 (Takamura 2015 より引用)
ディヤマン氏らは9月14日から10日かけてヤフィラに着き、帰りは5日ほどで村に帰り着いている。森の中の道にもかかわらず、直線的な行程になっているのが印象的である。長い年月の間に最短距離のルートが選ばれたのだろうか。行きは重い荷物を背負っているので行程がはかどらないが、帰りは荷物が軽いので早く歩けるのだという。帰りは“butu, moi, butu, moi”「夜も昼も、夜も昼も」歩き続けたと言っていた。このGPS調査は、今後、別のいくつかの地域からも試みるつもりである。
このように、書けばあっさりと書ける長距離徒歩交易だが、それが実際過酷なものであることは繰り返すまでもない。私たちにいろいろな村の知識を教えてくれるパパ・エドワールが語った、“Ezali mpasi, mpasi mingi monsieur” 「それは大変な、とても大変なことなんだよ、ムッシュー」という言葉が耳に残っている。それでも彼らは懸命に、生活のための交易路を作り上げてきたのである。今後のこの国の社会経済情勢の変化の中で、この異常とも言える形態が消滅していくのかどうか、私にはまだ読みきれないでいる。
また、交易品としての蒸留酒や干し肉の増産が、ワンバ地域の生態にも影響を与えつつあり、その影響の評価は、私が現在もらっている科学研究費の中心的なテーマでもある。そこでは、地域の生態(ecology)と広域的な経済(economy)を接合して見ることを試みているわけだが、両者がeco (ギリシャ語でοικος「家」の意)という言葉でつながっているのは、単なる語呂合わせではない。双方が、自分の棲まう場所(つまり「家」)と、そのまわりの「環境」の関係を考える、という意味で同じ志向性をもっているのである。私は元来、生態人類学を基礎とした研究をおこなってきたが、長距離徒歩交易に出会うことによって、地域の生態と広域の経済を接続して考える必要性に、いまさらながら気づかされたのである。
コンゴは現在、再び騒乱への瀬戸際に立っている。東部の戦闘状態は収まる気配を見せていない。2011年に再選されたカビラ大統領は、2期以上は務められず2016年末で任期満了のはずだが、大統領選挙の用意ができてないことを理由に、いまだその職に居座っている。反政府側との緊張状態が続いており、それが引き金になり再び内戦が起こったら、せっかく回復しかけている国内流通もまた元の木阿弥になってしまうだろう。われわれの調査も継続できるかどうか危うくなってくる。
こういった、コンゴの現代史という巨大な流れの中で、私自身が何ほどの役割を果たすことができるか心許ないが、ともあれ、多くの人にこの状況を知ってもらおうと、この記事を書いた次第である。
参考文献
Kimura, D. (ed.) 2015. Present Situation and Future Prospects of Nutrition Acquisition in African Tropical Forest. African Study Monographs Supplement Issue 51. (http://jambo.africa.kyoto-u.ac.jp/asm/suppl/asm_s51.html)
Takamura, S. 2015. Reorganizing the Distribution System in Post-conflict Society: A Study on Orientale Province, the Democratic Republic of the Congo. In: Kimura, D. (ed.) Present Situation and Future Prospects of Nutrition Acquisition in African Tropical Forest. African Study Monographs Supplement Issue 51.
(http://jambo.africa.kyoto-u.ac.jp/kiroku/asm_suppl/abstracts/pdf/ASM_s51/04%20Takamura.pdf)
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画像を見る等身大のアフリカ/最前線のアフリカ(アフリカ地域研究者報告)
シリーズ「等身大のアフリカ/最前線のアフリカ」では、マスメディアが伝えてこなかったアフリカ、とくに等身大の日常生活や最前線の現地情報を気鋭の研究者、 熟練のフィールドワーカーがお伝えします。偶数月は「等身大のアフリカ」、アフリカ各地の現地事情をさまざまな角度から紹介します(協力:NPO法人アフリック・アフリカ)。奇数月は「最前線のアフリカ」、アフリカに関する最新の時事問題を解説します。
「等身大のアフリカ/最前線のアフリカ」第4期編集委員会
湖中真哉(静岡県立大学国際関係学部)
松浦直毅(静岡県立大学国際関係学部)
西崎伸子(福島大学行政政策学類)
画像を見る人類学・アフリカ地域研究
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科教授。理学博士。京都大学大学院理学研究科博士課程修了後、福井大学助教授、京都大学助教授などを経て現職。アフリカ熱帯林の農耕民、狩猟採集民の研究を進めている。主著に『共在感覚 -アフリカの二つの社会における言語的相互行為から』(2003年、京都大学学術出版会)、主編書に『森棲みの生態誌 -アフリカ熱帯林の人・自然・歴史 I』、『森棲みの社会誌 -アフリカ熱帯林の人・自然・歴史 II』(2010年、京都大学学術出版会)がある。



