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憲法は、国家が失敗しないための「貼紙」 木村草太(憲法学者)×出口治明(ライフネット生命保険会長)(前編)

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保険って、憲法と似ていると思うんです」

出口:この対談は、僕がいろいろな先生方に教えを請うという場です。今日は木村先生から「日本国憲法」のお話をうかがうことを楽しみにしてきました。よろしくお願いします。

木村:まずは、日本国憲法というよりも、「憲法とは何か」というところからお話をしましょうか。

 憲法とは、国家権力が過去にしてきた失敗を繰り返さないために、その失敗をリスト化して禁止したもの。言ってみれば貼紙のようなものなんです。

出口:なるほど。

木村:たとえば、小学校には「廊下を走らない」という貼紙がしてありますね。子どもたちが集まると廊下を走り出してしまうのは、人類普遍の原理です(笑)。それを繰り返させないために貼紙をするわけです。

 どんな団体や組織にも失敗しがちなことはあります。たとえば、学校の場合は廊下を走らないですが、国家の場合は「戦争をしないようにしよう」とか「人権侵害をやめよう」とか。憲法は、そのような貼紙だと思えばいいんです。

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木村草太さん(左)、出口治明さん(右)

出口:すごくわかりやすくて面白い! 実は僕、恥ずかしいんですが、大学は憲法ゼミだったんですよ。

木村:えっ、そうなんですか?

出口:でも憲法自体は全然勉強しなかった。表現の自由を勉強していたんです。

木村:なるほど、そうでしたか。

出口:僕は単純に考えれば、どんな社会でも権力は必要だと思っています。国家がなぜ作られたかといえば、権力をひとところに集めて治安を維持し、住みやすい世の中をつくるためですよね。そして、ルールを決めていった。連合王国の、マグナカルタ以降の慣習法のように、みんながルールを意識すればいいのですが、近代国家の憲法は、みんなに向けて明文化したほうがいいということですよね。

木村:その通りです。たとえば会社でも、失敗しやすいことや気を付けなければいけないことがあると思うんです。出口さんが会長を務めるライフネット生命はどうですか?

出口:あります、あります。当社の場合、マニフェストという形でパンフレットに書いています。たとえば「生命保険を、もっと、わかりやすく」とか。

木村:それは、非常にいいフレーズですね。保険というのは難しい商品なので、放っておくとどんどんわかりにくくなってしまいますから。ところで出口さんは、子どもたちに保険が大事なものだと伝えるとき、どんな説明をしますか?

出口:うちの会社にはよく小学生が遊びにくるのですが、紙芝居などを作って説明しています。「きみが交通事故に遭ってケガをしたとする。病院に行ったら、薬を塗ったり包帯を巻いてもらったりするよね。そうするとお金を払わなければいけない。入院すればもっとたくさんのお金が必要になる。不時の出費は大変だよね。でも、保険に入っていればそこでお金がもらえるから、普段の生活には変わりないんだよ」などと。

木村:なるほど。

出口:保険の本質は、ロス・ファイナンシングです。社会で生きていると、何かしらロスが起きる。たとえば火事で家が焼けたら、建て直さなきゃいけません。お金持ちなら自分でファイナンスできますが、持っていない人は建て直せません。そのときの手段が保険なんです。

木村:「本当に困ったときのことを想像してみよう」というところから教えているわけですね。

出口:ええ。困らなければ必要のないものですから。

木村:普段は気づかないけれど、いざというとき頼りにできる。そういう意味で、保険は憲法と似ているなあと思うんです。テレビなら買ったその日に見られますが、保険は買ったからといってすぐには使えません。でも、事故や病気など本当に困ったときに、救われるものです。

出口:たしかに憲法も、争いごとなどなくて、社会がうまくいっているときは関係ないですねえ。

木村:憲法のありがたみは、人権侵害されたり、逮捕されたりして初めてわかるんですよ。出口さんが、「困ったときのことを想像してみよう」と伝えているのは、すごく参考になります。憲法も、単に条文を教えるだけではなかなか伝わらない。「憲法って、こういうときに使うんだよ」ということを合わせて教えないと、と思います。

「日本国憲法は標準装備度が高いんですよ」

出口:では、日本国憲法はどのようにとらえたらいいでしょうか。

木村:他国との一番の違いは、できた時代です。フランスの人権宣言やアメリカの憲法は、18世紀の終わりに作られたので、憲法に何を盛り込まなければいけないか、まだよくわかっていなかった時代なんですね。その後、修正や改正を繰り返してようやく、書いておかなくてはいけないものが書き込まれた感じです。

出口:連合王国の慣習法に近いやり方ですね。成文にはしていますが、ちょっとずつプラスして憲法を作っている。

木村:そうです。フランスもアメリカも、どんどん建て増しをしている。一方、日本国憲法ができたのは第二次世界大戦後です。「憲法には、こういうものが必要だ」と、だいたいわかっていた時期ですね。そのため、「軍隊をコントロールする」「人権を保障する」「権力を分立する」「人権保障のために裁判所に違憲立法審査権を付与する」といった立憲主義の基本メニューが最初から装備されています。

 連合王国の憲法は、昔からの慣習法としてあった憲法を修正しながら使っているので、標準装備が整っていないところがある。たとえば、憲法裁判所や最高裁判所による人権を守るための違憲立法審査の仕組みがありません。法律でOKしたことについて、国民は基本的に文句を言えないんです。アメリカでもドイツでも日本でも、人権侵害を侵す法律があった場合、国民はダメだと言えるのに。

 出口さんはロンドンに住んでいたことがあるそうですね?

出口:はい、あります。

木村:私の理解では、連合王国の人たちは「自分たちは自由の祖国である」という意識を強く持っている。非常に人権意識が高い印象ですが、どうでしょうか。

出口:その通りだと思います。

木村:なので、「私たちの議会が人権を侵害するなんて、ないんじゃないか」という考え方だったのです。

出口:議会の歴史そのものが、自由を勝ち取るための戦いだったので、そこに対する信頼感が高い。わざわざそんな仕組みを入れなくても、我々はマネージできるという考え方なんでしょうね。

木村:そうなんですよ。ただ、EU化の流れの中で、連合王国もヨーロッパ人権条約に加入することになりました。加入国の国民は、自国の人権侵害について、ヨーロッパ人権裁判所に訴えることができるんです。連合王国は、この条約に加入するとき非常に楽観的で、「自分たちは自由の祖国なのだから、国民が人権裁判所にお世話になることなどない」とプライドを持っていた。ところが実際は、人口当たりの人権裁判所に出訴した割合と、裁判所で国の側が敗訴した割合が、いずれもヨーロッパワースト1位なんですよ。

出口:ええっ、まったく知りませんでした。

木村:イギリス人としては「こんなはずじゃなかった」というところでしょう。ドイツやフランスなどには、自国内に憲法裁判所、憲法院や違憲立法審査権を持つ裁判所などがあるので、人権問題が起きたらまずそこで訴えます。しかし、連合王国の場合は議会が最高決定者なので、問題が起きたら即座にヨーロッパ人権裁判所に行くんですね。連合王国の自由の歴史はすごく大事ですし学ぶべきところがありますが、標準装備が入ってないがゆえに問題が起きるのです。

出口:そういう面で、日本国憲法は非常に標準装備度が高い、と。

木村:そうです。後からできた方がやっぱり装備が整っていると思いますね。

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