記事

大学入学式に親は出るべき?

1/2

おおかたの学校ではそろそろ卒業式も終わるころだろう。まもなく入学式シーズンだ。大学も当然入学式を行うわけだが、この時期になると決まって出るのが、入学式に親が出席することへの批判だ。かつては「親離れできないいまどきの子ども」への批判が定番だったが、最近は逆に「子離れできない親」への批判が増えてきているように思う。

昨今、大学の入学式に親が出席することはごく普通になっている。

「大学入学式に母親の7割出席 16年春、父親は3割」
日本経済新聞2017年1月13日
http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG10HDY_T10C17A1CR8000/ 2016年春の大学入学者の保護者のうち、母親の67.2%、父親の29.1%が子供の入学式に出席したことが、全国大学生活協同組合連合会(大学生協、東京)の調査で分かった。比較可能な08年の調査以降、いずれも最高だった。

この記事の元ネタである全国大学生活協同組合連合会のリリースをみると、親の出席率は08年から16年にかけて約10%ポイント上がっている。

こうした状況への批判は探せばあちこちで見つかる。「最近の○○はだめ」というのは世相をdisる際の定番だが、これで始まる話はまず疑ってかかるべし、というのが山口家代々の家訓(適当)なので、例によって、大学で契約してる朝日新聞の記事データベースで調べてみた。以下、論文ではないので厳密な議論ではない。あらかじめ念のため。

戦前は大学の入学式が記事になること自体が少なく、あっても学長の訓示を伝えるものばかりで、親の出席状況がわかるものはほとんどない。ようやく見つけたのが1940年のこの記事。おそらくこれが一番古い。

「わしは百姓の小伜だ…」 商相・工大入學式に人情訓話
1940年4月17日
藤原工業大學の入學式は十六日午後二時から日吉台の仮校舎で行はれたが、時めく藤原商相も學園の理事長として式に出席 しんみりした話で父兄は思はずホロリとさせた。

「藤原商相」は米内光政内閣で商工大臣を務めた藤原銀次郎氏。藤原氏が理工系人材育成のため私財を投じて1939年に設立したのが藤原工業大学で、現在の慶大工学部の前身にあたる。この記事からは、戦前の大学の入学式に「父兄」(実際には母も多かったろうが)が出席していたこと、それをおかしなこととはとらえていないことがわかる。となれば、他の大学で同じようなことがあったとしてもおかしくはなかろう。

とはいえ、家父長制であった当時の家制度の下では「親離れ」「子離れ」という概念自体がちょっとちがう感じがする。それに、昭和初期だと大学進学率自体がせいぜい5%ぐらいで、大学に行くというだけで相当のエリートだから、子息の大学進学は本人だけでなく家全体にとっての名誉だったろう。入学式に「父兄」が出席するのも、それほどおかしなことではなかったのではないか。

戦後になってしばらくすると、大学の入学式についての記事が増え、親の出席について触れたものも出てくる。

東京大学きょう入学式 小学校なみ父兄付添う
1953年4月11日
学生に必ず父兄がつきそってきたところなどは小学校の入学式とあまり変らぬ風景だったが、(以下略)
息子自慢の付添組 明るい東大の入学式
1956年4月12日
息子自慢の父兄に付添われたのが圧倒的に多く、小学校か中学校の入学式といった感じ。写真キャプション「東大の入学風景 お母さんに付添われ式場に行く新入生」

いきなり揶揄する論調になっている。同様の記事はこの後も続く。東大が多いが他の大学の名もちらほら。この変化はどうしたことだろうか。

戦後、家制度は少なくとも公式にはなくなり、個人の自由が重んじられる社会になった。もちろん制度が変わっても慣習はそうすぐには変わらないだろうが、次第に、大学へ行くことが家ではなく個人の問題と考えられるようになっていっただろう。戦後の記事に、戦前にはみられなかった、大学新入生が親に付き添われて入学式にやってくることを揶揄する論調が現れたのは、そうした社会の変化を反映したものではないかと推測する。

ところが、揶揄されるようになっても大学の入学式に出席する親は減るわけではなく、むしろ逆に増えたようだ。何が親の足を入学式に向けさせたのだろうか。

入学式はパパ同伴 いまの〝一流大学生"?
1977年4月7日
東大、早稲田、慶応など、いわゆる“一流校”の入学式に出席する親が年々、増えている。とくに父親の姿が目立つ。六日行われた慶大の入学式では、新入生の半数近くに付き添いがおり、その約三割は父親だった。早大も似た傾向で、東大にいたっては新入生一人に付き添い二人の時代。父親の姿も当然目立つ。

この記事は「最近の入学式は、受験戦争の勝者の祝賀会、といったムードが強まった」と指摘する。戦後は大学の数も増えたが、進学希望者もそれ以上に増えた。いわゆる「受験戦争」の時代だ。このことばが朝日新聞に初めて登場するのは1964年(昭和39年)12月20日の記事だが、その後80年代ごろまではいわれ続けたと記憶している。

大学進学はこの「激戦」を勝ち抜いた証だ。受験をサポートした親としては、入学を祝う式典である入学式に、共に勝利を勝ち取った親が出席して何の不思議があろう、ということだろう。とはいえ、記事に揶揄する論調がみられるのは、これを書いた記者を含め、何かおかしいと感じる人も少なからずいたということかと思う。かつてはこれを「親離れできない子」の問題として語るものが多かったわけだが、これは今の目からみれば「子離れできない親」の問題でもある。つまり、「子離れできない親」は最近現れたのではなく、少なくとも戦後の早い時期から相当数いたということになる。

こうした記事はその後もしばしば出てくる。そして2000年代以降、大学入学式に親が出席する傾向はさらに加速しているようで、この時期から、入学式に出席する親が近年増加、との記事がみられるようになる。

大学入学式、親も咲く 「ともに喜びたい」同伴急増 席確保に学外会場 【大阪】
2009年04月02日
大学の入学式が一家のイベントになっている。子どもに同伴する父母らが増え、大阪大や京都大は今年から、学外の大規模施設を借りて式を実施。1日に大阪市中央体育館(港区であった大阪大の式には、前年より1千人以上多い約4100人の父母らが参加した。大阪大の新入生は院生も含め約6300人。(中略)立命館大(京都市)も1日、大阪市西区の京セラドーム大阪で入学式を開催。院生を含めた新入生約9千人に対して、父母らの数は約8千人。この数年で父母らの参加が急増したという。

あわせて読みたい

「大学」の記事一覧へ

トピックス

  1. 一覧を見る

ランキング

  1. 1

    BLOGOSサービス終了のお知らせ

    BLOGOS編集部

    03月31日 16:00

  2. 2

    なぜ日本からは韓国の姿が理解しにくいのか 識者が語る日韓関係の行方

    島村優

    03月31日 15:41

  3. 3

    「いまの正義」だけが語られるネット社会とウェブ言論の未来

    御田寺圭

    03月31日 10:09

  4. 4

    カーオーディオの文化史 〜ドライブミュージックを支えた、技術の結晶たち〜

    速水健朗

    03月30日 16:30

  5. 5

    BLOGOS執筆を通じて垣間見たリーマンショック後10年の企業経営

    大関暁夫

    03月31日 08:27

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。