- 2017年03月27日 06:50
素行の悪い企業トップにあまり寛容になれない理由
2/2◾️自浄作用が働かない米国
資本主義も、民主主義も、かつて信じられたように世界共通の統一概念ではなく、各国の事情によって千差万別といってよいようなバリエーションがあることは今では常識と言っていい。もちろん、米国には米国の資本主義自由市場があり、民主主義がある。世に言う、『グローバル市場』というのが『米国流』の概念であることも、今ではさほど違和感なく受け入れられていると思う。そして、それを前提に昨今注意しておくべきことは、どうやらその米国流にはおそるべき『歪み』があると考えられる点だ。
米国では、できるだけ市場の規制をはずして自由な競争を推し進めた結果、企業は豊富な資金をつぎ込み優秀な弁護士やロビーイストを抱え込み、政治家と結託して、自分たちの有利なようにルールを書き換えた。その結果、企業の力は強くなりすぎ、普通の国民・市民の政治的な対抗力は弱まり(ほとんどなくなり)、貧富の格差が極端に広がり、中間層は疲弊し、およそ民主主義が機能しているとはいえない状態になりつつある。このような現状については、クリントン政権で労働長官を務めた、ロバート・ライシュ氏の一連の著作を始め、最近では優れた分析を多数手にすることができる。米国企業のトップの多くは、上記で見た通り聖人君子はあまりいなさそうだ(まったくいないかもしれない)。民主主義を信奉しているかどうかも怪しい。弱者や貧困層のことど気遣ってくれるとは考えにくい。だが、市場の、社会のルールは彼らが書いている。こうなると、リーダーの素行が悪さや人格的な問題はあらためて大変気になってくる。
米国史上にも、短期的な利益を度返しして、社会に利益を還元するような優れた企業経営者はたくさんいたし(今もいる)、そのような行動は、その企業のブランドイメージの向上につながり、長期的にその企業を繁栄させてきた。さらに、SNSが普及した現代では、企業や企業トップが不正をしたりすればすぐに世に知れるところとなり、逆に本当に誠意があってユーザーとのコミュニケーションを大事にしていれば、企業のファンを増やし、良い口コミが市場に溢れることになり、企業の安定的な成長につながる、そのように私など信じていたし、そのような考えを持つ人は米国でも少なくないと思っていた。しかしながら、どうも今の米国では、社会の浄化の仕組みが機能しなくなっているのではないか。企業は社会的な存在であり、社会に調整能力があれば、どんなとんでもない経営者でも、徐々に社会に調和していかざるを得なくなるはずである。だが、昨今その社会の調整能力は少々疑わしくなってきている。
ロバート・ライシュ氏の『暴走する資本主義 』*2の書評で、編集者の松岡正剛氏はこのあたりの事情について次のように述べている。
それなら、どうするか。CSR(企業の社会的責任)を求めるというのは、どうなのか。コーポーレート・ガバナンス(企業統治力)によってバランスをとるというのは、どうなのか。これはこれまで、スーパーキャピタリズムに対するひとつの有力な回答のひとつになってきたものだった。
スターバックスは世界のコーヒー生産量の70パーセントを購入し、マクドナルドは牛肉と鳥肉の市場の半分を動かしているのだから、その責任たるやたしかに重大である。そうではあるのだが、これについては著者のほうが疑問を呈する。あまりに失敗が目立つからである。
企業として社会的貢献をはたしていたと思われてきたデイトンハドソンやリーバイストラウスは、この20年間で敵対的買収を受けたり、工場閉鎖を余儀なくされている。メセナ企業として知られていたポラロイド社は倒産し、労働基準においてはトップクラスのマーク・アンド・スペンサーは買収され、やはりCSRの先駆者と見られていたボディショップのアニタ・ロディックは顧問に追いやられ、ベン・ジェリーズ(アイスクリーム・メーカー)はユニリーバに買収された。
これは大変な事態だ。やはり今の米国では、現状の仕組みを変えないと、自浄作用は働かなくなっているようだ。ところがその仕組みづくりが一部企業に牛耳られているのでは如何ともしがたい。ロバート・ライシュ氏は国民の政治意識に期待し、カナダの経営学者のヘンリー・ミンツバーグ氏は、民意を代表する存在として、NGO、社会運動、社会事業などから構成される『多元セクター』が第三の柱になる必要があると説く。だが、いずれもそんなに簡単にうまくいくようには思えないから困ったものだ。
◾️対岸の火事と済ませるわけにはいかない
幸か不幸か日本ではまだ、『リーダーとして成功した人物は、人格も優れていて、市民として公共の利益を代表するリーダーともなり得る』という神話がわずかながらとはいえ生き残っているように思うが、ただ、それも風前の灯かもしれない。昨今の経営者には、かつての経営者のモラルを期待することがどんどん難しくなっている。しかも、市場では旗色の悪い日本資本の企業が競争に敗れ、米国資本の企業が主流になると(そうなりそうな気配も濃厚にあるのだが)、本当に米国で起きたことが日本でも再現されることも覚悟しておく必要がある。そう考えると、既存の既得権益者の壁を打ち壊してくれる『創造的破壊企業』であったとしても、Uberのトラビス・カラニック氏素行の悪さについても、あまり寛容にはなれない。
また、今回はトランプ大統領の登場で、土壇場でTPPは阻止されたが、米国の業界団体の後押しでTPP案に織り込まれていた、ISD条項が本格的に日本でも猛威を振るうようになっていれば、この懸念は一気に現実となった可能性もあった。ISD条項とは、要は「例え国が定めた制度だとしても、自由貿易を邪魔するならそれを外すように訴えられる」ことを決める条項だ。これがあれば、企業が貿易や経済活動を邪魔しているという理由で各国政府を訴え、国が負けると制度廃止や損害賠償を求められる。これにはすでに数多くの事例があって、メキシコやカナダが環境保護のために禁止したり輸入制限しようとした措置に対して、米国企業が訴訟を仕掛けた結果、政府の側が負けて当該の法律を撤廃したり、多額の賠償を迫られることになった。このごとく、日本も対岸の火事と傍観してはいられない。火事は油断すると日本にも燃え移りかねない。ロバート・ライシュ氏同様、今の米国の現状を嘆くノーベル経済学者のジョセフ・E・スティグリッツ氏も、『ISD条項で日本国の主権が損なわれる』と述べていたという。
日本の場合、今でもマインドだけ『昭和』が生き残り、現実と整合しなくなっていると、社会学者の西田亮介氏は著書『不寛容の本質』*3で語る。西田氏によれば、油断どころか幻想の中にいるのが今の日本ということになる。気がつくと日本も大火事、とならないよう、火の用心につとめたいものだ。
*1:
- 作者: ジェフリー・フェファー
- 出版社/メーカー: 日本経済新聞出版社
- 発売日: 2016/07/22
- メディア: Kindle版
- この商品を含むブログを見る
*2:
- 作者: ロバートライシュ,雨宮寛,今井章子
- 出版社/メーカー: 東洋経済新報社
- 発売日: 2008/06/13
- メディア: 単行本
- 購入: 11人 クリック: 170回
- この商品を含むブログ (95件) を見る
*3:
不寛容の本質 なぜ若者を理解できないのか、なぜ年長者を許せないのか (経済界新書)
- 作者: 西田亮介
- 出版社/メーカー: 経済界
- 発売日: 2017/02/10
- メディア: 新書
- この商品を含むブログ (2件) を見る
- SeaSkyWind
- IT関連ビジネスを中心に思想などを社会学等文化系の語り口で



