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教科書に「聖徳太子」復活で物議 歴史家は「崇拝も過小評価も問題」と警鐘を鳴らす

3月20日付の朝日新聞の報道によると、これまでは小学校でも中学校でも「聖徳太子」と表記していたが、文科省は学習指導要領の改訂案で、小学校では「聖徳太子(厩戸王〈うまやどのおう〉)」、中学校では「厩戸王(聖徳太子)」と表記することにしていた。

ところが、「小中で表記が異なると教えづらい」といった声が寄せられたり、国会でも「連続性がなければいけない」「歴史に対する冒とくだ」と批判されたりしたため、文科省は改訂案を取り下げた。結局、

小中ともに「聖徳太子」に戻し、「古事記や日本書紀で『厩戸王子』などと表記され、後に『聖徳太子』と称されるようになったことに触れる」

ことにしたという。

表記に揺れが生じているのは、歴史学の研究が進み、新しい発見が生まれているからだ。歴史家の山岸良二氏が昨年5月、東洋経済の記事で語ったところによると、聖徳太子という名前は「(厩戸王という実在の人物)の功績を称える人々が後世になり彼に贈った名前」なのだという。文科省の改定案はこうした研究成果を踏まえたものだと考えられる。

「イチロー(鈴木一朗)」と表記するか、「鈴木一朗(イチロー)」とするか

結局のところ、どのような表記が妥当なのか。昨年『聖徳太子:実像と伝説の間』(春秋社)を刊行した、駒澤大学の石井公成教授はキャリコネニュースの取材に対し、「唯一絶対の正解はありません」と語る。

例えば野球のイチロー選手を社会の教科書に載せる場合を考えるとわかりやすいという。

「イチローのことを海外で活躍する日本人の例として社会の教科書に載せる場合、『イチロー(鈴木一朗)』と表記するのと、『鈴木一朗(イチロー)』と表記するのではどちらがよいのでしょうか。没後になって、神がかっているプレイヤーだということで、例えば『神ロー』という呼称が生まれたとします。以後、1000年に渡ってその名で呼ばれ、手本として影響を与え続けたとしたら、1000年後の教科書にはどう表記すべきでしょうか」

複数の呼び方があったり、後に呼び方が増えたりした場合、どの名前を採用するのか正解はないということだろう。

「さしあたっては『聖徳太子(厩戸皇子)』とし、厩戸皇子は『日本書紀』に見える名、聖徳太子の語はおそらくそれより少し後になって見える名であって、以後、この名前で広く知られた、と説明するのが無難と思います」

なお文部科学大臣の答弁にあった「厩戸王」という名前は、戦後しばらくして研究のために広島大学の小倉豊文教授が用いた仮称であり、『古事記』にも『日本書記』にも登場しないという。そのため「厩戸皇子」の方が適切だ。

戦前は国家主義に利用され、戦後は反動で過小評価が進んだ

「聖徳太子」の名前をどう表記するかは、そもそも聖徳太子をどう評価するのかという歴史観とも深い関りがある。石井教授によると「戦前は聖徳太子を国家主義の立場から利用していたが、戦後には揺り戻しが生じた」という。

「昭和初期から戦時中にかけて、聖徳太子は『和』を説いた人として尊敬されました。これは君臣が『和』して一体となって欧米との戦争に勝つということで和が協調されたのです。しかし戦後は、聖徳太子は話し合いを説き、平和の和を説いた民主主義の象徴だということに変わりました。

また戦後には、国家主義への反省から聖徳太子を評価しすぎるのをやめようという潮流も生まれました。大山誠一教授に代表される「『聖徳太子』はいなかった。いたのは厩戸王だ」という主張がその極端な例です。文科省の改定案を作成した人々の意図はわかりませんが、改定案はこうした流れに位置付けることができるのではないでしょうか。

そうした動きに対して『新しい歴史教科書をつくる会』などの右派から反対が起こっています。しかし彼らも自分たちのイメージ優先で、史実を直視していないのではないでしょうか。「厩戸王」という名前が史料にはないことに気が付いていないのですから。「聖徳太子」を過小評価する人々も称賛する人々もどちらも史実を軽視しているといえます」

「新しい歴史教科書をつくる会」は、「これまでの歴史教科書が日本の戦争責任を過度に強調してきた」などと主張し、独自の教科書作成を行ってきた。「聖徳太子」については「律令国家形成の出発点となった聖徳太子を抹殺すれば、日本を主体とした古代史のストーリーはほとんど崩壊します」と主張している。

「聖徳太子は当時、蘇我馬子・推古天皇に次ぐ権力者でした。誇張された伝説が多いのは確かですが、彼が優秀だったのは事実です。彼の業績を全て否定することはできません。戦前の国家主義に近い形での崇拝も問題ですが、国家主義を警戒するあまり過小評価に陥るのも史実に反します。事実の積み重ねによる冷静な判断が必要です。そして長い間『聖徳太子』という名前で親しまれてきたことを考えると、この呼称をなくしてしまうことも難しいでしょう」

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